第27話:眠れる獅子(We Will Rock You)
国立マーチング・フィルハーモニーから沢江の「臨時活動自粛」が発表され、彼は本当の意味でタケルたちと同じ「不適合者バンド」の4人目のメンバーとなった。
楽団の最高責任者でありながら、裏では旧時代の音楽を愛する不適合者だった松木秀成。彼はタケルたちの圧倒的な演奏に涙し、ひと月後に迫った「国立マーチング・フィルハーモニー最大の祭典」でのゲリラライブを提案する。JASAの楽団創立記念日であり、今年で40周年という記念すべき節目を迎えるその祭典は、世界中に同時生配信されるJASAの支配の象徴だ。そこでゲリラライブを行い、調律という名の洗脳を脳内信号チップごとぶち壊す――JASA転覆を狙う前代未聞の計画が、水面下で動き出していた。
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全体練習を終え、タケル、杏、ノア、沢江の4人がそれぞれの自宅へと帰路につく。
紗江のラボでは、松木と紗江が二人きりでモニターを見つめていた。画面に映っているのは、タケルたちの練習時の脳波データだ。
「……信じられない。」
紗江がデスク周りの機材を片付けながら、ポツリと呟いた。
「彼らのアンサンブル、脳内信号チップの介入を完全に拒絶しています。JASAの脳内信号チップは、旧時代の周波数を異常値として認識することに特化しているはず。私が偽造をしているとはいえ、チップの信号介入が拒絶されているということは、自分たちの意志でこの周波数を異常音ではないと押しとどめていることになります。」
松木は杖に両手を置き、深く息を吐き出した。
「本来、音楽とはそういうものだよ、紗江さん。
クラッシク、ジャズ、ロック、ポップス、ヒップホップ....。色んなジャンルが確立される前から、
人間は音楽を生活の中に取り入れてきた。
吹きすさぶ風の音に怒りや畏怖を、空から降る静かな雨には癒しと憐憫を、昇り輝く太陽には賛美を...。
全てが内包されていた。どんなに、騒がしくとも、心を突き動かす衝動は美しく、心地よい物なのだ。
異常など何もない。それを制御して画一的にするなど、そっちの方が異常なのだよ...。」
松木は、熱く語りだしそうになる自分を抑え、紗江に尋ねた。
「ところで……真君、いや会長は最近どうだね? 被検体が目覚めてからというもの、何やら問題が多く起こっているらしいが?」
JASAの日本最高責任者であり、冷徹な独裁者として君臨してきた佐々原真。しかし、50年ぶりに目覚めた実の父親である鉄心と接触していく中で、彼の鉄の仮面に少しずつ「歪み」が生じていることを、紗江も肌で感じていた。
「兄さんは……変わり始めています。それは確かです。でも、『JASAのトップ』という立場を捨てられない...。自分の父親を『父親』として抱きしめることもできず、ただの『貴重な被検体』として扱わなければいけない……。その矛盾が、彼の精神を内側から確実に削り、歪ませているんです。」
紗江の言葉を聞いた松木は、静かに目を細めた。
「……少し、彼らの様子を見てくるかね。楽団の責任者として、極秘実験の進捗を確認せねばならん。」
JASA更生センター、最下層。
一般の職員は立ち入ることすら許されない特別実験室で、新型脳内信号チップの極秘実験が行われていた。
松木は、生体認証、それから一部の幹部のみが知る極秘コードを入力し、実験室へと入った。
実験室には、被検体の入ったカプセルを見つめる真と、数名の研究職員のみがいた。
無数の太い電極を頭部に繋がれ、意識を強制的に遮断された「被検体」として、カプセルの中に横たわる男――佐々原鉄心。
「会長、お久しぶりです。」
松木は真に向けて静かに挨拶をした。
「松木さん...来ていらっしゃったんですね。」
真は軽く松木の方に目をやると、すぐに被検体に顔を戻した。
「この被検体が目覚めてから、どうも何かと騒がしいようで...。」
松木はそう言うと、真の横へ歩を進めアクリル越しに被検体を覗き込んだ。その瞬間、脳の奥底にある50年以上前の記憶が激しく呼び覚まされた。
(……間違いない。この男は……!)
一瞬、松木の喉から声が出そうになったが、すぐに平静を装った。
鉄心が、JASAに支配される前ー2000~2026年にかけてーに活動していたハードロック・ヘビーメタルアマチュアバンド『Beast in Dust』のメンバーであると思い出した。
知名度こそ、それほど高くはなかったが、数々のコンテストに出場しては賞をかっさらっていく、知る人ぞ知る腕利きのバンドだった。しかし、あるコンテストの際、審査員から「これから先の時代、ハードロックなんて流行らない。あなたたちの音楽には未来がない」と言い渡されたことにメンバー全員が激怒。会場で火を噴いてステージをめちゃくちゃに暴れ回ったという、危険極まりない伝説(逸話)を持つ男たちだった。
「……極秘実験は順調ですか、会長」
松木は真に尋ねる。
真は一瞬、答えに迷うように視線を泳がせたが、すぐにいつもの表情に戻り答えた。
「……ええ、順調ですよ、松木先生。脳内信号の完全統制まで、あと一歩のところまで来ています。ご心配には及びません」
「そうですか。では、私の方でも少し、データを拝見をさせていただきたい。」
松木はそう言うと、オペレーションデスクのモニターやキーボードの前に立った。データをチェックするフリをしながら、松木はあるリズムを奏で始めた。
――トン、トン、カッ。
――トン、トン、カッ。
それは、Queenのあまりにも有名な名曲『We Will Rock You』のリズムだった。モニター、キーボードを操作する指が、意図的に、しかし偶然を装って室内に小さく響く。
その瞬間、ピピッ、ピピピピッと、鉄心に繋がれた脳波モニターの波形が激しく乱れ跳ね上がった。
意識を完全に絶たれ、植物状態同然にされているはずの鉄心の脳が、その原始的なロックの鼓動に、明確に牙を剥いて反応したのだ。
松木は何事かとうろたえる様子を見せた。
真が急いで研究員に指示を送る。
「 被検体の脳波が急上昇! 意識遮断プログラムを強化しろ!」
研究員たちが慌ててコンソールを叩き、強力な鎮静信号が送られる。やがて鉄心の脳波は再び平坦な直線へと戻り、事なきを得た。
その様子を見て、松木は確信していた。
(やはり、 被検体の魂は死んでいない。JASAの科学がどれだけ縛ろうとも、音楽の力があれば、この男はいつでも目を覚ます!)
松木は真の方を振り返ると、先ほどの緊急事態に動揺した素振り織り交ぜつつ、静かに頭を下げた。
「データを見る限りは確かに順調だが、まだ安定は難しいようですな。」
真に向けて発したが、真の耳にはどうやら届いていないらしい。
肩で息をしながら、ただじっとアクリル板でしきられたカプセルの中の被検体を見つめていた。
「実験の邪魔をして申し訳なかった...。では、私はこれで失礼します。
あ、それから、1か月後の創立40周年の祭典、楽しみにしていてください、会長。」
式典という言葉で、やっと我に返った真が松木に向けて返事をした。
「あ、ええ、そうですね。...私も楽しみにしていますよ、松木先生。40周年の式典はこの上なく素晴らしい内容でお願いします。」
松木は微笑むと、実験室を後にした。
この来訪は、真に向けた挨拶であると同時に、カプセルの中で眠る佐々原鉄心への「目覚めの布石」だった。
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メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。
映画「マイケル」が公開されましたね。同監督のqueenを題材にした「ボヘミアンラプソディー」もお勧めです。
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