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第28話:United(絆)

最下層の特別実験室から更生センター地下のラボに戻った松木秀成は、待っていた紗江に、確信に満ちた声で告げた。


「……紗江さん、お父さんの精神はまだ完全には支配されておらんかった。少しロックな刺激を加えたら、彼の脳波は明確に反応した」

「本当ですか……!?」

紗江が目を見開く。松木はアインシュタインの物まねのようにペロッと舌を出してお茶目に頷きながら、モニターを見つめた。

「音楽による周波数のシンクロニシティ(共鳴)が影響している。40周年の祭典でのゲリラライブ……そこで、鉄心くんが『人生で最も愛した曲』を演奏するんだ。その魂の叫びこそが、彼を深い眠りから呼び覚ます最大の鍵になる」


しかし、問題はその「最も愛した曲」が何なのか、今となっては誰も知らないということだった。


その夜、紗江は手がかりを求めて実家へと戻り、数十年ぶりに父・鉄心の部屋へと足を踏入れた。

50年間、時間が止まったままのその部屋には、大量のCDや、旧時代に発刊されていたHM/HR専門誌『BURRN!』が壁一面に並んでいた。どれも手垢がつくほど読み込まれており、この膨大なコレクションの中から「一番の曲」を特定するのは不可能に近いように思えた。


「お父さん……あなたにとっての一番の曲はどれなの?」

途方に暮れ、部屋を出ようとしたその時、紗江は背後から、何かにそっと呼ばれたような奇妙な感覚を覚えた。

引き寄せられるように鉄心の書斎の古いクローゼットを開けると、そこには一冊の古びた家族アルバムと、一本の黒いプラスチックの塊――『結婚式・余興』とマジックで書かれた、古いVHSテープが遺されていた。


翌日、紗江はラボのデスクに年代物のビデオデッキを引っ張り出し、赤・白・黄色のAVケーブルをビデオキャプチャーボードへと接続した。アナログ信号をデジタルへとリアルタイムに変換し、PCの最新モニターへと映像を取り込むためだ。


デッキがガチャンとテープを飲み込み、再生が始まる。最初は激しい砂嵐のようなノイズが走ったが、キャプチャーボードが信号を変換すると同時に、モニターへ鮮明な動画データとして映像が浮かび上がった。


画面の中に映っていたのは、今から約70年前――まだ世界が調律される前に執り行われた、若き日の鉄心と、今は亡き紗江たちの母親・千春チハルの結婚式だった。

純白のウェディングドレスを着て幸せそうに笑う千春の隣で、タキシード姿の鉄心がマイクを握って照れくさそうに笑っている。


『……えー、僕がロックに目覚めたのは、子供の頃に映画で聴いたSurvivorの【Eye of the Tiger】を聴いた時でした。あの虎の目のように、どんな世界になっても這い上がってやるって、そう思ってバンドを始めました。今日は、僕の人生の最高の戦友バンドメンバーたちが来てくれています。千春へ、俺たちの最高の音を贈るよ!』


鉄心が叫ぶと同時にステージの幕が上がり、伝説のアマチュアバンド『Beast in Dust』の面々が楽器を構えた。


キャプチャーボードを通じてデジタル化されていく、粗く、しかし凶暴なほどの熱量を持った爆音。タキシードを脱ぎ捨ててレスポールをかき鳴らす鉄心を中心に、彼らは凄まじい生演奏を繰り広げていた。


最初に演奏された、魂を奮い立たせる鉄心の原点『Eye of the Tiger』。

続いて、JASAの支配を予見していたかのように、狂気的なリフが炸裂するMetallicaの『Master of Puppets』。

限界突破のハイトーンが鳴り響く、Iron Maidenの『The Trooper』。


画面の向こうで、母親の千春は耳を塞ぎながらも、世界で一番幸せそうに大笑いして拍手を送っていた。


「……お母さん、助け舟をありがとう」

モニターを見つめる紗江の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。鉄心が一番愛した音楽。それは、千春に捧げ、共に魂を震わせた『Beast in Dust』のあの3曲以外にあり得なかった。


その日の午後、スタジオに集まったタケル、杏、ノア、沢江の4人に、紗江は復元した動画データを見せながら、セットリストの追加を告げた。


「次のゲリラライブ、【紅】と【Eagle Fly Free】の他に、この3曲を追加したいの。これが、最下層で眠る私の父――佐々原鉄心を目覚めさせるための、最高のセットリストよ」


画面の中で暴れ回る鉄心のレスポールと、その圧倒的な爆音を目撃した4人の身体に、電撃のような鳥肌が走った。


「最高だ……! 鳥肌が止まらない!」

タケルがスティックを強く握りしめる。

「この『Master of Puppets』の重厚なダウンピッキング、私が完璧に再現してみせます」

杏の瞳に、鉄心のレスポールを受け継ぐ者としての強い覚悟が宿る。

ノアは不敵に笑い、長髪をかき上げた。

「『The Trooper』のハイトーンは狂気だね。JASAのスピーカーを全部ぷち壊すよ」

沢江もまた、自分のベースを愛おしそうに見つめながら頷いた。

「やりましょう。鉄心さんを……僕たちの音で連れ戻すんだ。……それから、ノア。『ぷち』じゃなくて『ぶち』ね」


「あ、ぶち……ですか。ぶち壊す、ですね」

ノアの混じりっ気のない、ちょっとした和みを挟みつつ、全員の心が完全に一つに融け合っていくのを誰もが実感していた。


「みんな、ありがとう……! よろしく頼むわ!」


メンバーたちは快く承諾し、それぞれの楽器を手に取った。JASA創立40周年の祭典まで、残り1ヶ月。世界を揺るがす5曲の「核兵器」を完成させるため、不適合者たちの、地獄のような個人練習の日々が幕を開けた。

読んでいただきありがとうございます。

メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。

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