第26話:Crying in deep red(閉ざされた愛へ)
定期演奏会の翌日、国立マーチング・フィルハーモニーから「沢江の臨時活動自粛」が突如として発表された。
表向きの理由は『定期演奏会における譜面無視、および規律違反行為に対する、最高責任者・松木秀成による正式な懲罰処分』。楽団内は騒然とし、リーダーの石田も複雑な表情を浮かべていたが、これが松木による最大の「温情」であることを知る者は、本人以外にいなかった。
「違う景色を、存分に見てきなさい。」
それが、松木が沢江に与えた、事実上の『自分探しの期間』だった。
さらに松木の計らいにより、沢江の脳内信号チップは「精神療養のため」として、一時的に楽団員専用のものから一般仕様のチップへと切り替えられた。これによって、紗江のラボでの「偽造プログラム」の書き換えが可能となったのだ。
「これで、あなたも本当の意味で私たちと同じ『不適合者』ね。」
紗江のラボで手術を終えた沢江は、頭の芯を縛り付けていた鎖が完全に消え去ったような、圧倒的な解放感に浸っていた。
「僕もやっと、こちら側の世界が見れる。」
清々しい表情の沢江を横に、紗江はデスク周りを片付けながら呟いた。
「でも、一番の驚きは、楽団最高責任者である松木さんが、不適合者だったということ...よ。」
『松木さん』―沢江はハッと思い出したように紗江に言った。
「そうだ紗江さん……。急で申し訳ないのですが、今日の全体練習を、一人、見学をさせてあげたい人がいるんです。僕からどうしてもとお願いいたしました。」
紗江は驚いて顔を上げる。
「ちょっと、この活動は簡単に口外してはいけないことは知ってるわよね?一体だ...」
紗江が「誰か」を探る前に、ラボの扉が開く。
入ってきた人物を見て、紗江、タケル、ノア、そして杏の息が止まった。
先ほどまで噂をしていた――JASAの音楽部門のトップ、松木秀成だった。
「驚かせてすまないね。今日は一人の『ただの音楽好きの老人』として、君たちの音を聴きにきた。どうか、いつも通りにやっておくれ。」
松木は皆に優しく微笑んだ。
「紗江さん、すみません。話すのが遅れてしまいました。こちら松木さんです。今日はこの方に練習を見てもらおうと思っています。」
申し訳なさそうに、頭を下げる沢江をみて紗江は言った。
「あなた...前々から思ってたけど、結構大胆なことするわね...。」
ーーーーー
第一練習室。
機材のセッティングが終わり、まずは3週間鍛え上げた『Eagle Fly Free』がスタジオに鳴り響いた。
沢江のベースが、ついに「生きた音」としてタケルのドラムと完全に融合する。JASAのメトロノームだった指が、猛烈な意志を持って弦を押さえ、アタックの強いダウンピッキングが地響きとなってラボを震わせた。杏のレスポールが吠え、ノアのハイトーンが天井を突き抜ける。
演奏が終わった時、松木は静かに拍手をしながら、じっとドラムセットの前に座るタケルを見つめていた。その目は、激しく動揺しているように見えた。
「……信じられん。まさか、こんなところで、あの男の面影を見ることに異なるとは……」
松木は震える声でタケルに歩み寄った。
「君……名前は?」
「……林田タケル、です」
「林田……! やはり、そうか……!」
松木は深く息を呑み、天を仰いだ。そして、祈るような目でメンバーを見渡した。
「君たちに、一曲、リクエストをしてもいいかね。私の脳内チップの奥底に、50年間ずっと、トゲのように刺さって抜けない名曲がある。……X JAPANの、『紅』だ。」
松木は、静かに過去を語り始めた。
「かつて、私の古い友人に『林田卓』という男がいた。僕よりも25歳くらい下の年齢だったと思う。おそらく君のお父さんだろう。彼は幼少期に観たX JAPANに衝撃を受け、将来は本物のミュージシャンを志していた。だが、JASAの支配によって、その夢は無残にも断たれた。」
林田は楽団には入らなかったが、楽団御用達の楽器メーカーに就職し、当時、機材管理課のチーフだった松木と出会った。脳内チップの監視があるため、公の場で深い話はできなかったが、二人は監視の目を盗み、かつて愛した本物の音楽の話で密かに交流を深めていたという。
「しかし、JASAの支配が強まるにつれ、楽器はJASAの調律に都合の良い、圧倒的な機能美だけを追求した『簡素でシンプルな塊』へと変わっていった。林田は、その時代の流れにどうしても耐えられなかった。彼は私に、泣きながら訴えたんだ。『松木さん、頼む。楽器の製造だけは、人の手を、職人の魂をしっかり加えたものにしてくれ。音が死んでしまう』と……」
松木は声を詰まらせ、拳を握りしめた。
「だが、当時の私は上層部の方針に逆らえなかった。彼の訴えを、却下してしまったんだ。……その後、林田は次第に精神を病み、そのまま他界した。私は、自分の保身のために、友を、本物の職人を殺したんだよ……。」
老人の激しい後悔の告白に、ラボは静まり返った。
静寂の中、タケルが口を開く。
「林田卓は僕の父です。父からは松木さんのお話を一度だけ聞いたことがありました。まだ、本物を望む人がJASAにいるって...。」
そう呟いた後、タケルは静かにスティックを見つめた。自分の家に、なぜJASAの禁止した古いドラムスティックがあったのか、父が自分にX JAPANの存在を教えてくれたのか、そのすべての謎が繋がった。
「……やろう。」
タケルが顔を上げた。その瞳には、父の無念を晴らすような、獰猛な火が灯っていた。
「杏さん、ノア、沢江さん。楽譜なら、俺のチップに入ってる。……松木さんのトゲを、俺たちの音でぶち抜くんだ」
杏のレスポールが、あまりにも切なく、美しい『紅』のアルペジオを奏で始める。
静寂の中、ノアが優しく、しかし圧倒的な感情を込めて歌い出す。
「I could not look back, you've gone away from me...」
そして、タケルの激しいドラムインとともに、スタジオの全アンプが叫び出した。
――ツインギターの代わりに、杏の超絶リフと、沢江の地を這う重低音ベースが完全にハモりながら突っ走る。タケルの叩き出す高速のツーバスは、まるで魂を削り狂ったYOSHIKIそのものだった。
ノアの叫びが、林田という男が残した「魂の遺骨」を呼び覚ますように響き渡る。
嵐のような『紅』の演奏が終わった瞬間。
「ああ……ああああ……!」
松木は子供のように大声をあげて号泣していた。
その涙は、JASAに魂を売った50年という歳月の中で、最も熱く、最も純粋なものだった。
激しいドラムのビートが、歪んだギターの音が、林田卓の魂が、世代を超えて新しい命を宿し、生きていることを証明していた。
松木は涙を拭うと、最高責任者としての、いや、一人の「音楽家」としての鋭い目つきに変わった。
「素晴らしい……完璧だ。君たちの音は、JASAの調律という名の洗脳を打ち破る、本物の『核兵器』だ」
松木は全員の顔を真っ直ぐに見据え、不敵な笑みを浮かべた。
「1か月後。国立マーチング・フィルハーモニーの最大の祭典がある。世界中に同時生配信される、JASAの象徴たるステージだ。……そこで、ライブをしなさい。私がゲリラギグのすべての手筈を整えよう。この4人で、JASAの支配をひっくり返す、最高の反逆をぶちかますんだ」
老人の口から飛び出した、あまりにも狂気的で、最高の提案。
ついに、世界を調律の檻から解き放つ『ファースト・ライブ』へのカウントダウンが始まった。
読んでいただきありがとうございます。
メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。
作者のX JAPAN愛が強すぎて、色濃く反映されてますが、温かい目でお許しください。
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