第24話:Synchronicity (共鳴と覚醒)
約束の3週間後、木曜日。「国立マーチング・フィルハーモニー」の巨大な演奏施設は、休館日の静寂に包まれていた。
だがその最奥、最高峰の防音設備を備えた第一練習室の重厚な扉を、沢江と紗江の手引きによって4人の影が潜り抜けた。
楽団員の沢江とタケルにとっては、普段の見慣れた景色だったが、他の2人は違った。
本来なら入ることさえ許されない特別な空間。
設備に圧倒されるのも無理はない。
ノアと杏は目に写る全てのものに感動と興奮をしていた。
子供のようにはしゃぐ2人を見つめながら、沢江は懐かしさを感じていた。
しかし、これから始まる誘惑と狂気の音楽には心を許すまいと、すぐに気を引き締める。
「……私は、ここで見守るだけにさせてもらうよ。これ以上ロックやメタルに干渉すれば、本当に楽団員として戻れなくなりそうだからね。」
沢江はそう言ってアンプから距離を置き、扉近くで腕を組んだ。その表情は、楽団員としての最後の理性を必死に保とうとしているように見えた。
タケルがドラムセットの前に座り、ノアがマイクボリュームの調整をする。そして杏は、鉄心から受け継いだレスポールをアンプに繋ぎ、ボリュームノブを回した。
それぞれが軽く音を出していく。
ウォーミングアップ、いやアイドリングというべきだろうか。
「……じゃあ、1曲目はあれで」
タケルが短く告げ、ヘヴィメタル好きなら誰もが知っているであろう、激烈なフィルインが鳴らされた瞬間、すべてが始まった。
『Painkiller』――。
タケルの叩くドラムは、怒涛の勢いで大気を切り裂いた。楽団員のローディとしての仮面を脱ぎ捨てた男の真の姿。
大地を這うような重低音と野生的なグルーヴ。
そのビートに乗せて、杏のレスポールから「悪魔の咆哮」のような歪んだディストーションが炸裂する。彼女はJASAが「不快」として排除した高周波のソロを正確無比に、かつ凶暴に紡ぎ出していく。
「……ペインキラアアアアアーー!!」
ノアの喉から放たれたハイトーン・シャウトは、人間の限界を超えていた。農場で鍛え上げたその声は、練習室の強化ガラスを微振させ、聴く者の脳髄に直接「自由」という名の劇薬を流し込んでいく。
まるでロブハルフォードが憑依したかのような狂気の叫び。
続いて『Eagle Fly Free』――。
怒涛のツーバス連打で畳み掛けるタケルの疾走感溢れるドラム。
鋭く、そして切れ味のあるバッキングと緻密なソロが織り成す極上のギター。
まるで大空を飛んでいるかのような解放感を感じさせながらも、決して揺るがない空の王者を体現するかのようなボーカル。
畳みかける2曲の演奏が終わった時、室内の温度は明らかに数度上がっていた。
機材から立ち上る微かな熱気の中、杏、タケル、ノアの3人は、生まれて初めて味わう圧倒的な多幸感と高揚感に包まれ、肩で息をしていた。脳内信号チップが弾き出すどんな疑似快楽よりも強い、「生きている」という全能感。
だが、最も激しく揺さぶられていたのは、壁際で凝視していた沢江だった。
(……な、なんだこれは……身の毛がよだつ……!)
沢江の耳には、JASAが誇る最新の「軍用ノイズキャンセリング」が装着されていた。ノイズと断定されないレベルにまで音を遮断し、脳内チップへの影響を完璧に防いでいたはずだった。
しかし、防げなかった。
大気の振動、彼らの放つ狂気的な熱気、そして目に見える音の躍動が、沢江の「本能」を直に殴りつけていた。
沢江は必死に平静を装い、冷汗を拭った。
「……素晴らしいな。初セッションでここまで合わせてくるなんて…。ただ、キメの部分や細かい修正点はあるから、そこをサポートさせてくれ」
誰にも気付かれないよう、技術的なアドバイスに徹する沢江。だが、彼の心の堤防は、もう決壊寸前だった。
ーーーー
同じ頃、更生センターの最下層である異変が起きていた。
鉄心は、新型脳内信号チップの極秘実験を受けていた。無数の電極を頭部に繋がれ、意識を強制的に遮断された「被検体」として、カプセルの中に横たわっている。
その時、実験室のモニターが異常な波形を感知し、赤く点滅を始めた。
『警告。被検体の脳波、急激な異常活性化』
『心拍数上昇。JASA規定周波数からの「逸脱」を確認』
数百メートル上の練習室で杏たちが鳴らした爆音。その微弱な振動、あるいはロックの魂が持つ「周波数」が、時空を超えて鉄心の脳とシンクロしたのかもしれない。
しかし、そんなことは誰にも知ることは出来なかった。
意識を奪われているはずの鉄心の右手が、まるでギターのネックを握るようにピクリと動いた。本能の赴くままに何かに引き寄せられているようだった。
「バカな、意識を完全に遮断しているはずだぞ! 鎮静剤を打て! 」
研究員たちがパニックに陥る中、通常の5倍の薬剤が投与され、ようやく鉄心の脳波は収束へと向かった。
この「被検体・佐々原鉄心の生命危機」のアラートは、JASA最高責任者である真、そして紗江のデバイスへ同時に通知された。
自席で通知を受け取った真は、腫れの引いた頬の傷をさすりながら、苦渋の表情を浮かべた。
一方、ラボで通知を見た紗江の瞳には、兄の真とは違う「光」が宿っていた。
(……父さんと、杏ちゃんたちの音が……共鳴した……?)
それは科学的には説明のつかない、けれど確かな「反撃の狼煙」だった。
紗江は父の身を案じ、胸を締め付けられながらも、同時に確信していた。
これはおそらくシンクロニシティという現象。
これを利用すれば、JASAの強固な支配を内側から破壊できる。ロック、メタルの文化を取り戻し、そして――父をこの地獄から解放できる、と。
「待っていて、父さん……。私たちの音は、もうすぐ届く」
地下深くで、消えかけた火種が、世界の調律を焼き尽くす巨大な業火へと変わり始めていた。
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メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。
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