表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

第23話:Separate Ways(分岐点)

3週間の個人練習期間。それは、JASAという抗いようのない檻の中で、静かに火薬を充填していくような日々だった。


杏は過酷な更生トレーニングの合間を縫って、鉄心のレスポールひたすらに弾き続けた。

指先の皮は剥け、弦には血が滲でいる。

それでも杏はただ一心に音楽の事だけを考え続けた。


ノアは留学先の農場で、広大なトウモロコシ畑に向かってハイトーン・シャウトを放ち、喉を極限まで研ぎ澄ませていた。

他の留学生から「うるさい!」「脳内チップがバグるだろ!」と石を投げられながらも、

彼の瞳はトウモロコシ畑よりも光り輝く、ロックのステージを見据えていた。


そしてタケルは、機材運搬ローディの空き時間、沢江のプライベート・ルームで、彼と二人だけのセッションを繰り返していた。


「……沢江さん。脳内信号チップの制御で大変でしょうけど、出来ればアタックの強いダウンで弾いてほしい。

 3週間後のセッションは紗江さんが用意してくれたベースの音源で対応すると思いますが、

 このセッションの時だけは、…やはりあなたの生きたベースでドラムを叩きたいです。」


「分かった。試してみるよ」


タケルの、怒涛の勢いで突っ走る爽快感に満ちたドラム。

楽団で鍛えられた基礎に加え、爆発寸前のエネルギーを内包した音がそこにはあった。

紗江のプライベートでラボで観たHelloweenの初代ドラマーである「インゴ・シュヴィヒテンバーグ」を訪仏させる、

圧巻のドラムへと成長を遂げていたのだ。



沢江の指は「楽団の音」を忘れ始めていた。

(……楽しい。譜面通りではない、この『衝突』こそが、私の求めていたものなのか……?)

沢江の中で、タケルたちの熱狂に混ざりたいという欲望が、制御不能なほどに膨れ上がっていた。


しかし、沢江が望めば望むほど、楽団員としての立場を揺らがせ迷わせることになる。

その迷いは、残酷なまでに「国立マーチング・フィルハーモニー」の全体練習に現れた。


「……そこまで。練習を切り上げる」


楽団のリーダーであり、天才ドラマーの石田が静かにスティックを置いた。

20年間、沢江のベースと石田のドラムは、楽団の「鉄壁のリズム隊」として称賛されてきた。

だが今日の沢江の音は、他の楽団員には分からない程度ではあるが、わずかに、しかし執拗に拍を乱していた。


「沢江。別室へ来い。」


無機質な面談室は冷たく、異様なほど静かに感じられた。石田は椅子に深く腰掛け、幼馴染でもある沢江を真っ直ぐに見つめた。

「……最近、お前のベースに違和感がある。具体的に言えば、林田タケルがテストで見せた日からだな。

 あの『ノイズのようなリズム』。……あれに毒されたのか?」


沢江は言葉に詰まった。

「楽団を抜けたい」――その一言が喉元まで出かかったが、JASAの英才教育を共に学び、苦楽を歩んできた石田の期待、

 そして楽団員としての立場が、沢江の身体を強く縛っていた。



「……申し訳ありません。次は修正します。」


「修正、か。お前の口からその言葉を聞くと、酷く空虚に聞こえるな。」


石田はすっと立ち上がり、手元のタブレットを操作した。

「今日の練習音声を、楽団統括マネージャーに送った。お前がこのまま楽団に残留できる器かどうか、上層部が見極めることになるだろう」


「石田さん!? 待ってください、それは……!」


沢江が必死に謝罪の言葉を並べようとしたが、石田は振り返ることもなくドアへと歩き出す。


「俺はクビってことですか?」


沢江の一言に、石田の足が止まる。


「今までのお前の音は完ぺきだった。しかし、最近のお前をこのまま楽団に残すべきかどうかは、

 楽団のリーダーとは言え、俺の一存では決定できない。…つまり、総合的な判断を求めるだけだ。」


石田はそう告げると、沢江を一人残して面談室を後にした。


コツッコツッと石田の足音が静寂な廊下に響く。

わずかに聞こえる電子音さえも異様に大きく感じられる。


「沢江……お前の音が、俺から離れたがっているのを感じた。……寂しいものだな。」



――――


一人残された沢江は、自分の指を見つめた。

JASAの栄光か、それとも破滅的な自由か。

3週間後の全体練習を前に、沢江の心は揺らいでいた。

読んでいただきありがとうございます。

今回はJourneyの『Separate Ways (Worlds Apart)』をタイトルにしました。

WBC(ワールドベースボールクラシック)でも使われる超名曲です。

また、作中にも大好きなドラマー「インゴ・シュヴィヒテンバーグ」を登場させました。

少しでも面白いと思っていただけたら、高評価やブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ