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第22話:Succession(継承)

更生センターの地下、紗江のプライベート・ラボ。

杏は手術台の上で、激しい頭痛と戦っていた。

紗江がタケルに施したのと同様の、脳内信号チップの「偽造」が進行している。

膨大なロックの歴史、ギター演奏についてのノウハウ。JASAの管理外にある「禁止されたデータ」が杏の脳に直接流れ込む。


「……あ、っ……ぐ、あああ……!」


「耐えて、杏ちゃん!もうすぐ終わるわ……!」


紗江はモニターの数値を見つめ、祈るように叫ぶ。身体を切り裂くような情報量の奔流。普通の人間なら精神が崩壊してもおかしくない負荷だが、杏の「拒絶反応の強さ」が、逆に外来のデータを自分の一部として飲み込む糧となっていた。

数分後、アラートが止まり、ラボに静寂が戻った。


汗だくで荒い息をつく杏。だが、その瞳には、先ほどまでの虚無感はなかった。

「杏ちゃん、よく頑張ったわ...。でも、少しでも体に異変を感じたら言ってね。」


紗江は杏の手を握り、まるで母のように声をかけた。


「...なんとか大丈夫です。」

杏は弱々しく答え、そのままフラつく足で立ち上がると、ラボの隅に置かれた「異物」に目を止めた。

かつて鉄心が愛用していた、重厚なサンバーストのレスポール・ギター。


「……手術台に横になったとき、これが見えたんです。何故だか分からないんですけど、

 これがずっと...私を見守ってくれていたような気がするんです。」

そういって、杏はレスポールを手に取った。


ずっしりと重いボディー、そしてロックのアイコンである伝説の名器。

手に触れた瞬間、杏の身体にロックの叫びが直に伝わってきた。

知るはずのないライブハウスの匂い、熱気、そして時空を超えて伝わる爆発寸前の衝動。

「鉄心さんの思いを私が受け継ぎます。」


杏の言葉に、紗江は目を見開いた。

「……ええ、そうね。父さんのギターも、きっとそれを待ってる」


それから数日間、杏は表向きは従順な「更生トレーニング」を受けながら、裏では死に物狂いでギターを掻き鳴らした。指先は裂け、弦には血が滲んだが、彼女は一度も手を止めなかった。鉄心が自分のために「実験体」になったという重みが、彼女を突き動かしていた。


一方、タケルからは、紗江のデバイスに何度も連絡が送られていた。

『鉄心さんはどうなってしまったのか?』


紗江は重い腰を上げ、タケル、ノア、そして沢江をプライベート・ラボに呼び寄せた。

集まった三人の前で、紗江はすべてを話した。鉄心が真を殴り、自ら実験体となることで杏という少女の命を救ったこと。そして、その少女が鉄心の意志を継ごうとしていること。


「……そんな、鉄心さんが……」

タケルは拳を握り、床を見つめる。ノアも言葉を失っていた。


「これは、父さんが覚悟を決めて起こした行動なの。だからこそ、皆にはここで俯いてほしくない。」


紗江の言葉に迷いは無かった。家族である父と兄の葛藤を間近でみてきた紗江が一番辛いはずだ。

それでもなお、紗江は前に進もうとしている。


「紹介が遅れたけど……、私たちの新しいギタリストを紹介するわ。」


奥の部屋から、鉄心のレスポールを抱えた杏が現れる。

タケルたちは驚愕した。その少女の放つオーラが、一見して「大人たちの人形」ではない、確かな牙を持っていることに気づいたからだ。


ノアが驚きながら声を上げた。

「あ、あのキトの!?」


少しの沈黙の後、タケルが顔を上げた。


「ノア、知ってるのか?...あと、キトじゃなくて、時ね。」


「知ってるも何も、この前、鉄心と街に出かけた時に出会った女の子ですよ!こんなとこで会うなんて!」


杏もノアを見て、はっと思い出したように言った。


「あの時、鉄心さんと一緒にいた方ですね。お久しぶりです。

 これからは、私が鉄心さんの代わりにギターを弾くのでよろしくお願いします。」


深々とお礼をする杏を見ながら、タケルとノアはお互い目で何かを悟ったようだった。

そしてタケルが口を開く。


「杏さん……俺はあなたとは初対面だが、鉄心さんがあなたを助けた理由を、なんとなく分かった気がする。存分にそのギターを弾いてくれ、俺が全力で叩いてやる。」


沢江が待ってましたと言わんばかりにスケジュールを確認する。

「『国立マーチング・フィルハーモニー』の演奏施設は毎週木曜が休館日です。その日なら、監視員も最少人数かつ、楽団員も少ないので、監視の目を潜って全体練習ができるはず。」


「決まりね。……初回の全体練習は3週間後よ」

紗江がモニターに二つの曲名を打ち出す。


1. Eagle Fly Free (Helloween)

2. Painkiller (Judas Priest)


選曲を見たタケルが不敵に笑う。

「こんなの、2076年の奴らが聴いたら脳が爆発してしまいますよ。」


「……それくらいがちょうどいい。」

杏はレスポールのネックを強く握りしめた。


「ずっと温め続けた喉をついに披露する時がきたね!」

ノアは長髪を振り乱し、華麗なヘッドバンキングをする。


3週間後。世界がまだ知らない「自由」の産声が、地下深くで産声を上げようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。

少しでも面白いと思っていただけたら、高評価やブックマークをお願いします。

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