第19話:Memory Remains(消えない記憶)
鉄心の体が、警備兵たちの手で引きずられていく。
静まり返った執務室に残されたのは、荒い呼吸を繰り返す真と、床に飛び散った鮮血だけだった。
「……会長、医療班を呼びますか?」
AIの無機質な声に、真は答えなかった。
指先で、殴られた右頬に触れる。熱い。2076年の精緻な管理システムが「異常(痛み)」として処理を急ぐが、その奥にある「何か」が、システムの修復を拒んでいる。
(……なんだ、この感覚は……)
真の視界が不意に歪んだ。
JASAのクラウドに保存された記録映像ではない。もっと深く、脳の原生的な領域に刻まれた「個人の記憶」が、鉄心の拳という衝撃によって強制的に再起動されたのだ。
――2016年、夏の午後。
真がまだ12歳の時だった。
タバコと汗の匂いが充満したライブハウス。
ステレオ越しに聴いていた騒がしい音が、眩しすぎる光と荒々しい命を宿して真の視界を支配した。
真が初めて生のロック触れた瞬間である。
目の前には普段の父ではなく、一人のロッカー、メタラーとしてギターをかき鳴らす、
男としての佐々原鉄心がいた。
真は子供心に、鉄心の心の拠り所は騒音に似たロックやメタルなんだと、感じていた。
(父さん....まるで子供みたいだ...。)
鉄心のバンド「Beast in Dust」は出番を終え、メンバーはステージから楽屋へとはける。
ドリンクカウンターに並ぶほろ酔いな大人たちをかき分け、真はステージ裏の楽屋に入った。
ステージから戻ってきた鉄心が、幼い真をひょいと抱き上げた。
「真、見てたか? 今日のパパのソロ、世界で一番カッコよかっただろ?」
「......父さん、耳が痛い...。」
「ハハハ!そいつはしょうがねぇな!だがよ、メタルやロックはこの耳の痛みも味わってなんぼなんだよ!.....さて、もう21時前だ。お母さんと一緒に帰って、ゆっくり休め。」
「まだ、演奏するの?」
「おぅ、まだアンコールが残ってるからよ。.....あと10年したら、お前も最後まで観て行けよな。」
ステージ衣装のまま、汗だくで笑う鉄心が、真の頭をくしゃくしゃに撫でた。
真は、母:千春の温かい手に引かれ、ライブハウスの重い防音扉の外へ出た。
背後で閉まる扉の隙間から漏れ聞こえた、鉄心の咆哮と、地響きのような重低音。
あの時の躍動と、鉄心に殴られた頬に伝わる熱い脈が同じに感じた。
「……っ、う、ああ……!」
真はデスクを激しく叩いた。
思い出してはいけない。自分は世界の調律者だ。あんな「ならず者」の息子であってはならない。
だが、頬の痛みは、彼がどれだけ否定しようとも、自分が「佐々原鉄心の息子」であることを証明し続けていた。
ーーーー
鉄心の逮捕は娘である紗江にもすぐ伝わった。
「全くもう!だからあれほど熱くならないでって言ったのに!....」
紗江はすぐに、タケルへ脳内信号で連絡を送った。
鉄心の逮捕を知ったタケルは、紗江に鉄心を助けるよう懇願するが、
今度ばかりは紗江も助けられないかもしれないと伝えるしかなかった。
何せ、JASA最高責任者である真を殴ったのだから。
いくら自分の息子とはいえ、この秩序に縛られた世界で最高責任者を殴ったとなれば、世間が黙ってはいない。
50年の眠りから覚めた奇跡の被検体(表向き)は、50年前の思想を持った野蛮な遺物であると世間に知れ渡ることになる。
真の管理システムがすでに分析、特定、情報開示の準備を済ませ、後は真の指示一つですぐにでも鉄心の処罰が下される段階まできている。
「紗江さん、俺以外のメンバーはこのことを知っていますか?」
「いえ、他のメンバーは脳内信号チップの共有化はしていないから、今はタケル君だけ。
いい、タケル君...。このことは、まだ他のメンバーには絶対に言っちゃダメ。」
「...分かりました。ただ、このままだと鉄心さんは...。」
時間にしてわずか5秒程度だが、あまりにも長く感じる沈黙が二人を包む。
紗江は、閉じていた瞳をそっと開いた。
「私が会長...いや、真兄さんに会ってくる。少しでも可能性があるなら、この逮捕を何としても食い止めて見せる。」
鉄心が真の話を淡々と聞いている間に、紗江に脳内信号で送っていた言葉。
「すまねぇな、紗江。真に渡してほしいもんがあるんだ。本当は50年前の誕生日に渡したかったんだが...。今の俺じゃ、多分、あいつをぶん殴っちまう。俺のカバンの右ポケットだ...。後は頼んだぜ。」
紗江の静止を振り切り、鉄心は真を殴った。
次は、紗江が鉄心の思いを胸に真の下へ向かう。
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メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。
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