第17話:Desperado(ならず者)
音響更生センター、第3トレーニング室。
駆け込んだ紗江の目に飛び込んできたのは、拘束椅子の上で全身を弓なりに反らせ、白目を剥いて痙攣する少女の姿だった。
「バイタル、低下! 鎮静信号を最大出力で導入して!」
紗江の鋭い指示が飛ぶ。
原因は、JASAが推奨する「高純度・平坦周波数」の強制聴取トレーニング。通常、脳はこれを受け入れることで感情の起伏を失い、「更生」される。だが、彼女の脳波は異常だった。
高次認知摩擦に近い状態であり、
実際に、脳が望まない外部刺激(音や光)を強制的に浴びせられ続けると、脳内の「視床(情報の関所)」がパンクし、自己防衛のために意識をシャットダウンさせることがある。彼女の場合、無意識下で、JASAの高純度・平坦周波数に今まで以上の拒否反応を示したことで、脳がオーバーヒートを起こしたものと考えられた。
「……ここまで強い拒否反応が出たのは初めてかもしれない。いったい何が彼女に影響を与えのかしら...。」
紗江は、モニターに映る乱れ狂った波形を見て、戦慄した。
少女の容態が安定した頃、紗江はJASAの最高責任者にして、紗江の実兄、真に呼び出されていた。
「……また、この人か。紗江主任、彼女の更生率は?」
「……現在、マイナス12%。会長、彼女の脳はJASAが定める周波数に拒否反応を示しています。通常のプログラムでは……」
「ならば、無駄なリソースを割く必要はない。最終処置を執行しろ。リムビック・システム(大脳辺縁系)の一部機能を全遮断する。」
真の声には、一片の感情も混じっていない。
その処置を受ければ、彼女は呼吸をし、歩き、食事をする「生きた人形」になる。喜びも、怒りも、そして彼女自身の個性も、二度と表に出ることはない。
「待ってください! 彼女はまだ23歳です。機能遮断をすれば、二度と元の豊かな感情は戻りません! せめて、あと3ヶ月だけトレーニングの猶予を……!」
「……紗江。お前がその『慈悲』とやらで延命させた不適合者たちが、その後どうなったか忘れたわけではあるまい。……明日、執行しろ。これは命令だ。」
真はそれだけ言い残し、冷たい足音を響かせて去っていった。
ーーーーーー
その日の深夜。独り、窓から差し込む月の光は、処置室に残った紗江を見守るようにそっと照らしていた。
紗江はベッドに横たわる少女の手を握る。
弱々しく、少し冷たい手のひらが、紗江の手を握り返した。
意識が朦朧とする中、少女の唇がわずかに動く。
「……あ……あ……」
紗江が耳を寄せると、消え入りそうな声で、彼女は呟いた。
「……私はやっぱり、生まれて来ない方がよかったのかな……」
「何を言ってるの。絶対にそんなことを言わないで。」
「……苦しい。こんな世界じゃなかったらっていつも思う...。
私はただ....自分の知らない世界を見たい。自分の知らない世界を知りたい...だけなのに...。」
そういうと彼女は、静かに目を閉じて大粒の涙を流した。
「大丈夫。...この世界は絶対に変わる。もうすぐ...。」
紗江は彼女を抱き寄せる。
その言葉は、JASAが管理する「完璧な天国」への、最大の反逆だった。
紗江の目からも、一筋の涙がこぼれ落ちる。
読んでいただきありがとうございます。
今回のタイトルはEaglesの名曲「Desperado」(ならず者)です。
メタルではなく、ソフトロックにはなりますが、ロックを知らない人でも一度は聴いたことがある、
珠玉のバラードです。是非、聴いてみてください。
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