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第16話:A Touch of Evil(悪の感触)

「いいか、タケル、沢江。……音楽は耳で聴き、ソウルで感じるもんなんだよ。」


紗江のプライベートラボ。鉄心は不敵な笑みを浮かべ、巨大なホログラム・ディスプレイの前に陣取った。

今夜は、鉄心主催の「聖域(JASA)の住人に捧げる、鋼鉄メタルの洗礼式」――つまり、歴代名曲の鑑賞会だ。


だが、そこには大きな障害があった。


「……あの、鉄心さん。私は楽団のチップ監視がリアルタイムで入っています。……もし私の脳内信号に、JASAの許可していない周波数の『音楽』が混入すれば、即座に更生センターへ連行されます。」


沢江が青ざめた顔で訴える。


「わかってるわよ。だから、沢江さんだけは『無音』設定。映像の視覚信号だけ受け取って。……音は脳内で想像してちょうだい。刺激による心拍数上昇、脳内信号はなんとかするわ。」


「...なんとかするって言われても、あんまりですよぉ。

 これじゃまるでルーのないカレーを食べてるようなものじゃないですか...。」


「それなら、ライスを楽しめばいいじゃない。それとも捕まる?」


紗江はそう言い放つと、迅速に各自の脳内信号調整をこなす。

沢江は残念そうに項垂れた。


10分後...

スピーカーから流れる爆音の重低音を浴びて、拳を振り上げヘッドバンギングする鉄心とノア。

「くぅ、 やっぱりパンテラのこのリフは最高だぜ!」


一方、タケルは紗江が書き換えた偽装信号越しに、初めて聴く「生きた音」の濁流に圧倒されていた。

(ベースやギターと重なるよう緻密に計算されたフレーズ、曲の勢いを作るグルーブ、それでいて個性を爆発させたような暴力性...、これが生きた音楽!?)


そして、沢江は。

彼は一人、無音の宇宙にいた。ホログラムの中で、長髪の男たちが狂ったようにギターを掻き鳴らし、ドラムを破壊せんばかりに叩いている。しかし、彼に届くのは「無」だ。


「…………くッ。」


凄まじい視覚情報。音を想像しようとすればするほど、音楽家としての本能が飢え、全身がムズムズと震えだす。


「……あ、あの。コーヒーを……。口を動かしていないと、耐えられません。」


沢江は用意されたコーヒーをガブ飲みし始めた。

映像がモトリー・クルーのドラムソロに差し掛かる頃には、沢江のカップは5杯目を超え、30分おきにトイレへ駆け込む事態に。


「サワウェさん、大丈夫ですか? ……もしかして、『頻尿ベーシスト』なんですか? メタルを視るとトイレが近くなる呪い?」

ノアがからかい始める。


「……ち、違う! 想像上の重低音と戦っているだけだ……ッ!」


必死で尊厳を保とうとする沢江。そんなシュールで楽しい鑑賞会が続く中、突如としてラボに赤いアラートが鳴り響いた。


『――緊急通信。音響更生センター、第3トレーニング室。収容者が意識混濁により卒倒。至急、主任の確認を請う。』


「……っ!?」

子供のようにはしゃぐ大の大人たちを見守る聖母のような紗江の眼差しが、一瞬で更生センター主任の表情に変わった。


「ごめん、鑑賞会はここまでよ。一人、かなり重度の『不適合』を起こした子がいるみたい。心拍数が危険域まで跳ね上がってるわ。私が行ってくる。」


紗江は白衣を掴むと、風のようにラボを飛び出していった。

残された鉄心たちは、静止したホログラムの映像を見つめたまま、一気に冷え切った空気に包まれる。


「……不適合、か。JASAのゴミみたいな音楽を無理やり脳に流し込まれりゃ、誰だってそうなるぜ。」


鉄心は忌々しげに吐き捨てたが、その脳裏には、数日前にショッピングセンターで出会ったあの「黒いマニキュア」の女の子の姿が浮かんでいた。


(更生センターに週3で通ってる……って言ってたな、あの嬢ちゃん。……まさかな。)


鉄心の目が、いつになく鋭く光った。


その頃、更生センターの冷たい処置室では、一人の少女が意識を失ったまま、震える指先で何かを空中に描こうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。

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