第15話:Misplaced(置き忘れられた者)
タケルが『国立マーチング・フィルハーモニー』に所属(潜入)して2週間が経とうといていた。
タケルは、ローディー(機材運搬・メンテナンス等のサポート業務)をこなしながら、沢江の密かなサポートの間で、連日ドラムを叩き続けていた。
楽団で基礎を学びながらも、この世界で絶えたと思われている音楽の再興のため、タケルは規律の中で己を高めていった。
一方、その頃。
鉄心は自宅でノアを相手にギターの基本を叩き込んでいた。……が、早々に飽きたらしい。
「ノア、外に出るぞ。……俺が眠ってた50年で、この街がどれだけマシになったか拝んでやろうじゃねえか。」
鉄心は、クローゼットの奥から引っ張り出した、手入れの行き届いた「ダブルの革ジャン」を広げる。
(……こいつはインパクトあるが、紗江に『目立ちすぎる』って怒られちまったからな。そういや、紗江が中学の時、これで授業参観に行ったら校門で止められたうえに、1か月間、口きいてくれなかったな。……こっちの『ライト』な方にするか。)
鉄心が選んだのは、50年前に街着として愛用していた、襟が小ぶりで、余計なスタッズやバックルが一切ない、シンプルでタイトなダブル・ライダースだ。
カウハイド(牛革)ではなく、柔らかくて軽いシープスキン(羊革)製。2076年の街並みにあっても、黒いジャケットとして、遠目にはそれほど異質には見えない。
「オー、テッシン! そのジャケット、クールです! それならドローンも怒りませんね!」
紗江による遠隔監視(GPSの偽装)という条件付きで、二人は千葉の巨大商業施設『ネオ・ベイサイド・チバ』へと降り立った。
「……おぉ、50年前にあった店も残ってんだな。スイーツも結構種類も増えてるようだし...。
おぉ!獅子屋の『イチゴ大福』もあるじゃねぇか!しかも50年前と変わってねぇ!」
目新しいもの、懐かしいものに加え、電子掲示板に踊る3Dホログラム、音もなく滑走する自動搬送ロボット、最新のホロ・テレビ。
鉄心は子供のように目を輝かせ、未来のガジェットを物珍しげに眺めていた。だが、その足が止まったのは、中央広場にそびえ立つ超大型ビジョンを仰ぎ見た時だった。
そこに映し出されていたのは、JASAが推奨する最新のヒット・チャート。
完璧に計算されたダンス、同じようなパステルカラーの衣装を纏った少年たちのグループ。
そして、流れてくる音楽……。
「……なんだ、このクソダセェ音は。」
鉄心の声は、広場のざわめきを切り裂くほどに低く、鋭かった。
バックトラックは、耳障りなほどにクリーントーンで平坦。ノリだけを重視した単調な4ビート、感情の揺らぎを一切排除し、AIが弾き出した「不快感を与えない周波数」だけで構成された、心拍数すら上げないC級の模造品。
「テッシン、落ち着いて。これが今の『スタンダード』。僕も最初は驚きましたが、慣れればBGMとしては悪くない。」
「慣れだと? ……笑わせんな。こんなのは、音楽じゃねえ。ただの『整音』だ。……魂をどこに置き忘れたら、こんなスカスカの音で踊れるんだよ。」
大型ビジョンの前でその映像を観ながらグッズを手に体を揺らす少女たち。
鉄心は本気で落胆していた。未来の技術には感銘を受けたが、音楽がただのエンタメとして扱われ、これほどまでに退化しているとは思いもしなかったのだ。
「……悲しい顔、しない。ほら、あそこのフードコートでアイスでも食べましょう。甘いものは脳を溶かします!」
「このまま溶けちまえばいいのさ...。フヘヘ」
ノアに促され、鉄心は今にもスライムになりそうなフニャフニャした体を引きずり、毒づきながらも席に着いた。
チョコチップのアイスをスプーンで突きながら、鉄心はまだ大型ビジョンの「無機質な音」を苦々しく睨んでいた。
「……まったくだ。どいつもこいつも、綺麗な檻の中で飼われて喜んでやがる……。」
その独り言に、隣の席でノートPCを叩いていた20代の女性が、ぴくりと反応した。
金髪に近い明るいブラウンの髪を雑にまとめ、指先には黒いマニキュア。
彼女は画面から目を離さず、ぼそりと呟いた。
「……同意です。あれを聴いてると頭の中が真っ白になります。まるで、脳ミソを漂白されてるみたいで。」
鉄心は驚いて隣を見た。
女性はタイピングを止め、視線だけを鉄心に向けた。
「そのジャケット……本物ですか? 今時、そんな『重そうな服』着てる人、博物館以外で初めて見ました。」
「ああ。……50年前の魂だ。……嬢ちゃん、あんたもあのモニターの音がクソだと思う口か?」
鉄心の問いに、彼女は初めて顔を上げた。
その瞳は、鋭く、JASAの支配に対する深い虚無感を宿している。
「クソ、というか……『死んでる』と思います。子供のころからJASAのプログラムはどこか馴染めないんです。もちろんチップでの制御は受けてますが、あまりにも適応が出来ないということで、今は更生センターに週3で通ってます。まぁ、一生通うことになると思いますけど...。」
彼女はそれだけ言うと、PCを閉じて席を立った。
立ち去り際、鉄心の革ジャンの袖に軽く触れ、ふっと微笑む。
「……そのジャケットいつか私も着てみたい。」
雑踏に消えていく彼女の背中を、鉄心は黙って見送った。
ノアが溶けかけたアイスを口に運びながら、首を傾げる。
「……テッシン、ナンパですか? 積極的ですね!」
「バカ言え。……あの嬢ちゃん。俺たちと同じかもしれない。しかも更生センター通い...。
この世界もまだまだ捨てたもんじゃねぇな。紗江に会いに行くついでに調べてもらうか。」
鉄心の目が、狩人のそれに変わった。
ドラム、ベース、ボーカル。
そして今、この歪んだ未来の街角で、新たなピースが加わろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
男性キャラが多いので、女性キャラも出しておこうと思いました。
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