第13話:Eagle Fly Free(遥かなる自由へ)
2076年、千葉県。かつて房総の「マッターホルン」と呼ばれた伊予ヶ岳の山頂。
JASAの監視ドローンが時折空を巡回する中、一人の男が軽快な足取りで岩場を登りきった。
「ふぅ……。やっぱり山頂の空気は、50年経っても変わらねえな。」
鉄心は、最新の超軽量ザックを下ろし、大きく背伸びをした。
手元のデバイスで調べた「令和の登山装備」に感動し、ノリノリでやってきたのだ。眼下に広がる景色を眺めながら、鉄心は無意識に、脳内に刻まれた黄金時代のリズムを口ずさみ始めた。
「♪In the sky, a mighty eagle~...」
それはジャーマン・メタルの至宝、Helloweenの不朽の名曲『Eagle Fly Free』。
鉄心の鼻歌は、次第にボリュームを上げ、サビに差し掛かったその時だった。
「――♪EAGLE FLY FREE! 」
突如として、背後から完璧な発音と、雷鳴のようなハイトーンが重なった。
鉄心が驚いて振り返ると、そこには80年代のメタラーを訪仏させる金髪のロングヘアーを靡かせた、体格の良い一人の外国人の若者が立っていた。
二人は視線を合わせたまま、どちらからともなく歌い続ける。
「♪Whoa-oh-oh! Ahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
山頂に響き渡る、時代から取り残されたはずの禁断の旋律。
最後のロングトーンを二人で完璧に歌い切った瞬間、静寂が訪れた。
(なんだ、この若者は。声帯の強さが尋常じゃねえ。まるで全盛期のマイケルキスクじゃねぇか。)
(このオジサン、何者だ? 日本でこの曲をソラで歌える人がいるなんて。)
二人は数秒間、無言で見つめ合った。
そして、どちらからともなく、ゆっくりと右手を掲げた。人差し指と小指を立てる「メロイック・サイン(デビルホーン)」。
JASAのドローンが遠くでブーンと空虚な音を立てる中、岩場に立つ中年男と若者が、無言でツノを突き出し合う。シュール極まりない光景だが、その場の空気は1万度の熱を帯びていた。
「……アンタ、最高だぜ。今の時代にその歌を歌うなんてよ。」
鉄心が笑いながら声をかけると、若者は驚いたように目を見開いた。
「……アナタこそ。僕はノア。ノア・シュミットです。ドイツからの留学生。日本に来て3年、初めて出会いました。この『聖歌』を歌える日本人に。」
ノアの話によれば、世界中がJASAの「平準化」に飲み込まれた今も、ドイツではメタルは「文化的遺産」として、聴くことだけは細々と許されているのだという。
「ドイツ人にとって、メタルは日本でいう『エンカ』みたいなもの。誇りです。でも、演奏するのは禁止……歌う場所もない。だから、僕はこうして山に登って、農場の牛を追う時みたいに大声を出していた。時々ドローンに怒られたことある。ハハハ。」
ノアは屈託のない笑顔で笑った。
「農場、か。道理で良い喉してやがる。地声がデカいのはメタラーの基本だからな。」
鉄心は、ノアの真っ直ぐな瞳の奥に、かつての自分たちと同じ「飢え」を見た。
タケルが楽団でリズムを磨いている今、そのリズムに乗せるべき「声」が、向こうから歩いてやってきたのだ。
「ノア。お前のその声、山に放り投げるだけじゃもったいねえな。……もっとマシな『叫び方』、興味ねえか?」
鉄心の不敵な笑みに、ノアはごくりと唾を飲み込んだ。
運命の鷲は、再び空へと舞い上がろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
今回はHelloweenの名曲『Eagle Fly Free』をモチーフにストーリーを書きました。
自分の好きなように小説を書けることは凄く楽しいですね。
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