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第12話:Master of Puppets(操り人形の主)

石田が去った後の第4リハーサル室は、沢江とタケルが熱いセッションを奏でた空気とは一変して、

冷たく明らかに異質な空気に変わっていた。


肺に入る空気は真冬の空気のようにどこか痛い。


タケルは、沢江に向かってずっと心に溜めていた問いを投げかけた。


「沢江さん……良いドラマーって、何なんでしょうか」


沢江はベースの弦を拭く手を止め、眼鏡の奥の瞳を和らげた。

「……そうだね。僕は、『アンサンブルを支えること』だと思っているよ。昨日のセッションで、君はリズムを維持しながら、自分の個性を出すことができた。それは素晴らしいことだ。」


沢江は一度言葉を切り、慎重に続けた。

「でも、個人のエゴが強すぎると、楽曲そのものの形を歪めてしまうこともある。……特に、この楽団のような場所ではね。」


「曲を……活かすドラム。」

タケルはその言葉を噛み締めた。石田が求めているのは、音符に忠実であること。つまり、どれだけ譜面通りに楽曲を演奏できるかだが、本当に音楽を活かすのは、音符と自分を繋げる糸を自分の意志で手繰り寄せることではないのか。

音符に支配されるのではなく、音符を支配することが大事なのではないか。


タケルは石田から指定された課題曲を、脳内のアーカイブで何度も聴き返した。

試しに、メトロノームに1ミリの狂いもなく忠実に叩こうとしてみる。……だが、それが恐ろしいほどに難しい。

圧倒的な集中力と、機械のようなタイム感。

(石田さんは……毎日、この領域で戦っているのか。)

改めて、敵であるはずの男の底知れなさを痛感し、タケルの背中に冷や汗が流れた。


ーーーーーーーーーーーー


そして試験当日。

練習スタジオには、各セクションのトップ奏者たちが顔を揃えていた。その中心で、石田賢祐が腕を組み、冷徹な審判の如くタケルを見据えている。

普段は石田が務めるドラムのポジションを試験とはいえ、新米のローディが叩くのだ。


「林田が止まってもお前たちは演奏を止めるな。....では、始めろ。」


石田の合図とともに、無機質なクリック音がタケルのチップに直接響く。

序盤、タケルは感情を殺した。昨日練習した通り、完璧にメトロノームの奴隷になりきり、正確無比なショットを刻んでいく。


(……これでいい。機械になれ。楽曲の部品になれ……!)


横目でタケルを見ながら演奏する沢江も、タケルのオンタイムの演奏に安堵していた。

(いいぞ、タケル君。このまま最後まで乗り切るんだ。)


石田の眉がわずかに動く。合格点だ。だが、タケルの魂が内で叫んでいた。

(……いや、違う。これじゃ、音が生きていない!)


楽曲が佳境に入った、その時だった。

タケルは、意識的にメトロノームの呪縛を解いた。

ラストのワンフレーズ。タケルはスティックを握る手にわずかな熱を込め、テンポを極微細に――だが確実に「前」へ押し出した。


わずかに「走る」リズム。

その瞬間、スタジオの空気が変わった。

停滞していた楽曲の血流が、一気に加速したかのような躍動感を帯びる。

それはまるで、傀儡子の糸を自ら断ち切らんとする人形のわずかな反撃だった。

居合わせた奏者たちの肩が、無意識に微かに揺れる。

「……っ!」

沢江の指が、タケルの生み出したグルーヴに吸い寄せられるように、力強い低音を弾き出した。


石田もまた、それを感じていた。

冷え切っていた楽曲に、命の火が吹き込まれた瞬間を。

……だが、彼はマーチングの絶対守護者だ。規律を乱す「走るリズム」に目を瞑るわけにはいかなかった。


演奏が終わった後、スタジオには長い沈黙が流れた。


「……後半、走ったな。林田。」


石田の声は相変わらず冷たかった。タケルは覚悟を決め、短く「はい」と答えた。

「だが……一週間で、国立の難曲をここまで叩き上げたことは評価しよう。」


石田はそれだけ言うと、背を向けて歩き出した。

「……残れ。運搬係としての任務を続行しろ。」


それは、石田なりの最大級の「敗北宣言」であり、「承認」だった。


その夜。

タケルは、沢江に誘われてホテルのディナービュッフェにいた。

「……感動したよ、タケル君。まさかあそこで、あんな勝負に出るとはね。」

沢江はステーキを上品に口に運びながら、いつになく興奮した様子で語りかけた。


「沢江さん、ありがとうございます。……でも、怖かったです。」

「ふふ、だろうね。……ところでタケル君。君のその技術、そしてあの『音』……一体どこで、誰に教わったんだい? 」


穏やかだが、明らかにこちら側の音に興味を示す沢江の問い。

タケルは迷った。だが、このベーシストには真実を話すべきだと直感が告げていた。

タケルは脳内信号を飛ばし、遠く離れたラボにいる紗江に現在の状況を転送した。


数秒後、紗江からの返信が届く。

『……いいわ。その人を信じましょう。近いうちに、私のラボへ。』


タケルは沢江に告げた。

「……後日、僕をここまで導いてくれた人に会わせます。」


2076年。規律の聖域『JASA』の裏側で、小さな反撃の狼煙があがりつつあった。

読んでいただきありがとうございます。

タイトルの「Master of Puppets」はメタリカの代表作にしてヘヴィメタルのマスターピース楽曲です。

是非、聴いてみてください。

少しでも面白いと思っていただけたら、高評価やブックマークをお願いします。

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