第11話:共鳴の代償(レゾナンス・リスク)
「……いいか、タケル君。JASAのAIは、0.1秒以上のリズムの『揺らぎ』をノイズと判断し、強制的にチップを補正させる。でも、0.05秒以内の微細な『タメ』なら、理論上、個人の演奏癖として処理されるはずだ。」
深夜の第4リハーサル室。沢江は、愛用の電子コントラバスの弦を弾きながら、穏やかな声でタケルに説いた。
二人の秘密のセッションは、数日続いていた。
沢江はタケルの叩く「リズム」に、人間が作り出す音楽の鼓動を見出していた。彼はタケルに、JASAの監視を潜り抜けるための「精密な微調整」を教え込み始めていたのだ。
「次の小節のフレーズだけど、1拍半、僕がベースでスライドを入れる。そこを少しだけ溜めて叩いて欲しい。……ただし、AIの閾値(しきい値)を超えない範囲でね。」
「分かりました、沢江さん。」
タケルはスティックを握り直し、深呼吸した。脳内の偽装プログラムが、沢江のベース音を解析し、最適なタイミングを弾き出す。だが、タケルが狙うのはその「先」だ。
セッションが始まる。
沢江のベースが、うねるような重低音を響かせる。
タケルは、正確なメトロノームのリズムを守りつつ、要所要所で「意志」を込めた一打を叩き込む。
(ここだ……!)
バスドラムとベースのリズムが波としてがっちり重なる。
二人の音が共鳴し、部屋の空気が震えた。JASAが「調和」と呼ぶ無機質な音ではなく、互いの呼吸が重なり合う、生きた音楽。
「……素晴らしい。これだ、タケル君。」
沢江が満足げに目を細めた、その時だった。
「……深夜に熱心なことだな。沢江、それに運搬係の林田。」
背後から、凍りつくような低い声が響いた。
二人が振り返ると、入り口の影に石田賢祐が立っていた。
その瞳は、いつもの冷徹なメトロノームのように、一切の感情を排して二人を射抜いている。
「石田さん。どうしてここに?」
沢江が努めて冷静に問いかけるが、石田は一歩、また一歩と部屋の中へ踏み込んできた。
「機材の定期点検だ。……それよりも、今の音は何だ。沢江、お前のベース。そして林田、お前のドラム。わずかだがオンタイムから外れたな。いや、敢えて外したようにも聴こえた。」
タケルの握るスティックに注がれる。タケルの背中を冷や汗が伝う。脳内のチップが、緊張による心拍数の上昇を検知し、警告音を鳴らしそうになる。
「……私の指導不足です、石田さん。」
沢江が、タケルを庇うように前に出た。
「タケル君は時折、後ろにずれる癖があります。特に付点音符などは顕著です。私も一緒に合わせてオンタイムに直すようにしてたのです。」
「……ふん。指導か。」
石田はタケルの目の前で足を止め、その顔をじっと覗き込んだ。
「林田。お前は本当に意図的にずらしたのではないな? 」
石田の問いは、タケルの正体を暴くための鋭い刃のようだった。
タケルは奥歯を噛み締め、石田の冷たい瞳を真っ直ぐに見返した。
「……僕は、ただ。沢江さんのベースに、遅れないように必死だっただけです。ただ技術がなくて、もたついてしまいました。」
一瞬の沈黙。
石田は無表情のまま、鼻で笑った。
「……必死、か。よかろう。林田、そこまで熱心なら、明日の機材搬入後にチャンスをやる。全セクションの奏者の前で、お前の『演奏』を見せてみろ。もしそこで、今のような癖が出るようなら、お前は即刻、不適格者として更生センター送りだ。……いいな?」
石田はそれだけ言い残すと、背を向けて去っていった。
残された二人の間に、重苦しい沈黙が流れる。
明日。大勢の「規律の番人」たちの前で、タケルは試されることになる。
それは、偽装プログラムが完璧に機能するか、あるいはメタラーとしての魂が露呈するか……絶体絶命のテストだった。
「……タケル君。明日は、絶対に自分の『意志』を出してはいけない。完璧に、メトロームに合わせていこう。
沢江の警告が、タケルの耳に重く響いた。
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メタル音楽の素晴らしさを伝えたいと思い稚拙ながら執筆いたしました。
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