18.エイブル議長暗躍
ビクセンは議長の執務室にいた。
机の上には貴族や商人からの親書が山済みだ。
貴族の文章はやたらと長く要領を得ない。
美辞賛辞が燦々と述べられ、自分が如何に役に立つかが書かれている。
そして確たるものが何一つ無い仮の話だけだ。
結局は寄付してほしいだ。
商人の手紙は便宜を図ってほしいだ。
どちらも自分勝手すぎる。
特定の人物に便宜を図ると公平さが失われる。
大概の場合将来的に問題が起きるし、余計なトラブルの元になる。
商人の要求はいつも無視だ。
だが貴族を無視続けると思わぬ妨害に遇うのが厄介。
5回ほど送ってきたら要求の金貨100枚は無理だと言って、金貨5枚~10枚を送ってやることにしている。
まったくどう付き合っても損にしかならない。
金貨10枚は大金だ。
普通の市民が稼げる金額ではない。
どぶに捨てるような話だが致し方ない。
だがその甲斐もあって10年かけて人脈作りを重ねた結果。
男爵位をもらうことができた。
来月戴冠式だ。
2週間ほどしたら王都に赴いて戴冠式に備える。
半年前から王都に屋敷の建築を進めており、先日完成したばかりである。
主だった貴族を招待してパーティを開催しなければならない。
金貨1000枚ほどばら撒くつもりだった。
今回、苦労したのは男爵位を受けるのはビクセン・ドレアーではなく、エイブルの議長だと言う点だ。
国王は変なことにこだわると眉をひそめていたが、ビクセンにとって譲れない点だった。
貴族は世襲が当然であり。
古来からの貴族達を懐柔するのには苦慮した。
しかしこれでエイブル自体が貴族となり、他の貴族からの横槍をかわす事ができる。
あからさまな妨害はできなくなったということだ。
もちろんデメリットもある。
貴族の社交界に於ける付き合いもしなければならないし。
王国の有事に私兵を出す義務もある。
王都の屋敷に何人か議員を派遣しておくことになるだろう。
出発までに当面の問題を解決しておかなければならない。
お陰でここ2日ほど家に帰ってない。
悩みの種はまだある。
1人息子のアインは相変らず家に帰ってこない。
16歳の成人になった時に、将来の希望を聞いた。
あやつは冒険者になると言い張ったのでビクセンは殴り倒してやった。
しばらくおとなしくしていたと思ったら。
幼馴染のマイクが司祭ともめて軟禁されていると聞き。
夜中に修道院に忍び込んで、衛兵を殴り倒してマイクを連れ出すと2人でハンターになったのだ。
修道院から抗議の使者がビクセンのところにもやってきたが。
ビクセンはアインは家出中で帰ってこない。
あやつのやったことは自分の知らないことだから好きにしていいと言った。
ただしエイブルのハンター協会はハンターを保護している。
ハンターに危害を加えたらただではおかないと睨んでやったらおとなしく帰っていった。
後で司祭宛に金貨10枚ほど見舞金として送ってある。
スケルトンの件はハンターが退治したのが原因と判明している。
ただそのチームがアインと言うのが引っかかる。
確かに自分の息子でありながら、アインの剣の才能はなかなかのものだ。
将来エイブルのためにその身を捧げてくれなくては困る。
そのために様々な教育を施し、剣も教えた。
しかし、アインにスケルトンを殲滅できるほどの能力は無い。
そしてエマの報告でもスケルトン狩りの中心はデミオというハンターだ。
2週間前からアインと共にしている謎の人物だ。
デミオに対する情報は少ない。
周辺の冒険者組合にも問い合わせてみたが、該当の人物はいなかった。
忽然とエイブルに現れた。
モンクと言う事だが、戦闘力は高くないとの評価だ。
ただし、恐怖耐性がある可能性が高い。
冒険者にはまれに恐怖耐性を持つものがいる。
彼らの特徴は言わば蛮勇。
尊大で自信家、挙句に無茶な相手に挑んで自滅する。
冒険者に最も必要な能力は生き残る力である。
一見、恐怖耐性は有利な能力に見えるが実は冒険者に向かない能力だとビクセンは思っていた。
勝てない相手とは絶対に戦わない。
無理な仕事もしない。
いかなる状況でも生き残ることを最優先にし、些細なことにも気を使う。
そんな慎重すぎるやつが最も優秀な冒険者なのだ。
通常なら適当な人をあてがってデミオを監視すればいい。
しかしアインのためにやっていると世間に思われるのは少しまずい。
デミオに関しては自分の目で確かめるしかあるまい。
それがビクセンが出した答えだった。
夜になるとビクセンは夜の帳屋の前の店でお茶を飲んでいた。
ビクセンは凄腕冒険者だった。
ファイターとレンジャーのハイブリッドだ。
気配を消して音も無く近づき一撃で獲物を仕留めるスキルに長けており、エイブルの虎と恐れられたものだ。
年老いたとはいえ現在でもそこらへんのレンジャーに負けない自信がある。
ビクセンは堂々と座っているにも関わらず自然に溶け込んで気配を絶ち存在感が無い。
出口をそれとも無く眺める。
この時間に出入りするものは少ない。
やがてハンマーを片手に出てくる人物がいる。
1人だけだ。
ランタンを持っているが点灯していない。
報告書どおりここら辺では見かけない風貌だ。
ビクセンは十分な距離を取って後をつける。
三日月が僅かな光を落としている。
しかしレンジャースキルにより尾行もお手の物。
条件が悪いが見失うことは無い。
デミオは町のはずれにある空き地に到着するとランタンを木に掛けて。
ハンマーの素振りを始める。
まだまだ荒削りだが、力の抜けたいい素振りだとビクセンは評価した。
戦闘力はレベル2と言うところだろう。
しかし何かおかしい。
突然ビクセンはその理由を理解した。
アインのやつ10年早いぞ。
基本技だけだが、紛れも無く自分の太刀筋だ。
全てビクセンがアインに教えたものだ。
アインが教えたのだろう。
しかし後付の技術には大抵自分が今まで身に付けた剣技が織り込まれるはずだ。
彼のオリジナルの剣技はどこに行ってしまったのだろうか。
それが無いということは元々彼は剣技を持っていなかったということになる。
あるいは弓などのかけ離れた武器使いだ。
ビクセンはデミオの練習をじっと観察し続けた。
彼はランタンに火を灯すつもりは無いようだ。
夜目が利くのか、それとも暗闇での戦闘を想定した練習かだ。
かなり長い時間がたっていた。
素振りは基本中の基本だ。
ひたすらやりこんでやりぬいた奴が強くなれる。
実に地道でつらい修行だ。
大抵の者は適当にできるようになったら自分の技を作っていく。
手っ取り早く強さを手に入れることができる。
実践は意表を突く攻撃、卑怯な手段なんでもありだ。
しかしそこが落とし穴なのだ。
やがて自分の剣が曲がっていく、そこが自分の限界だ。
デミオは5時間も素振りだけをやっていた。
すごい体力と精神力を兼ね備えると評価した。
ビクセンなら一撃でデミオを倒せる。
いくら体力があろうと問題ではない。
しかし互角のものがデミオと戦った場合、一回受けに回ったらデミオが疲れるのを待つのは無駄だろう。
今はその正直すぎる剣で曲者には勝てないだろう。
がいずれはそれらを上回る時がやってくる。
そうなったデミオは簡単には負けることがなくなるだろう。
突然デミオは素振りを終えるとランタンを持って宿に帰っていく。
宿の入口に入るところをまで見送るとビクセンは執務室に戻ることにした。
ビクセンは執務室でデミオの事を思い出していた。
確かに彼の能力は異常だ。
ずば抜けた体力と恐怖耐性、そして夜間戦闘が得意と言うことになる。
ただし戦闘力が伴っていない。
ビクセンの結論は、デミオの正体は暗殺者だ。
ビクセンも実際に出会ったことは無い、噂だけだ。
高額の報酬と引き換えにどんな相手も暗殺する者がいると聞く。
マシンのようにターゲットを追いかけ暗殺して行方を眩ます。
闇に生きる彼らを誰も見たものはいない。
いったい誰がターゲットか考えればわかる。
自分以外にいるとは思えない。
おそらくどこぞの貴族が雇ったのだろう。
彼がエイブルの議長に就任した際にはゴロツキや冒険者が彼を脅しにやってきたものだ。
容赦なく全部返り討ちにしてやった。
ここ10年そんなやつもいなくなっていたが、男爵になる前に殺しておこうと考えたとしてもおかしくない。
表立っての阻止が難しい時の常套手段だ。
貴族社会では暗殺も手段の一つ。
海千山千の筋金入り貴族に卑怯と言う言葉は無い。
半端なやつに自分は倒せない。
だから暗殺者を雇ったのだろう。
暗殺者なら直接の戦闘力はそんなに重視しなくていい。
重要なのはタイミングと忍耐力。
彼の特徴と一致する。
だが彼の行動は不可解とも言える。
アインに取り入ったのは自分に近づくためと見るべきだろうが。
なぜハンターになった?
なぜアインから剣を学んだ?
なぜ剣の修行を行っている?
自分に護衛は付いていない。
居場所が秘密でもない。
さっさと仕事を終わらせて姿を眩ますのが彼らの流儀ではないのか?
暗殺者が怖いのは誰か分からないからだ。
誰だって突然攻撃されたら咄嗟に防御できないだろう。
襲うとしたら王都への旅路かもしれない。
王都についてからでは色々とまずいはずだ。
しかし幸運にもこちらが先に暗殺者を発見した。
これを利用しなくてはならない。
黒幕を突き止める必要がある。
必ずなんらかの連絡手段があるはずだ。
アインはこのことに気づいていないだろう。
それとも無く知らせなくておくべきだろう。
ビクセンは親書をしたためるとエドガーに届けるように指示した。
次に議会で最高のレンジャーであるカリム・エラントを呼び出す。
彼にデミオを見張らせる。
アインは夜の帳屋でモップ掛けをやっていた。
別に師匠のエドガーに言われたわけではない。
エドガーの雑用を片付ければ自分の修行に付き合ってくれるかもしれないと考えただけだ。
やってみて分かったのだが、この宿は広さの割りに従業員が少ない。
必然的に1人あたりの仕事量が多くなる。
エドガーは宿主だ。
修行の時間を取るのも大変なはずだ。
それに意外とトレーニングになる。
一石二鳥だ。
気功の練習は毎日続けている。
モップ掛けしながらでも問題なく錬気ができているのだ。
エドガーが白い装束を着て奥から出てきた。
アインの顔が引き締まる。
やっと教えてくれるようだ。
エドガーがモップを片付けるように指示する。
アインはすばやくモップを洗って倉庫に仕舞った。
アインが挨拶を終えると、エドガーはゆっくりと話し始めた。
エドガー「もう気づいていると思うがモンクの最大の利点はその錬気だ」
「短期決戦ならファイターに分があるだろうが、時間経過と共にその優位は下がっていく」
「モンクは続戦能力に優れたファイターだ」
「だが、一時的な攻撃力を上げることも可能だ」
と言いながら木刀を手に歩いていく。
目の前に大きな岩がある。
見ていなさいと言うと木刀を振り上げ集中しているようだ。
アインにもエドガーの錬気が感じられた。
凄まじい力が渦巻いている。
突然烈火の気合と共に木刀を岩に振り下ろした。
バガ~ン
細かい石がはじけ飛ぶ。
岩に亀裂が入っていた。
ありえないことだ。
アインは目を疑った。
エドガーから大量の汗が吹き出ていた。
エドガーが肩で息をしながら、木刀をアインに差し出す。
木刀の根元に亀裂が入っている。
エドガー「これがわしの限界だ」
達人なら岩を割っても木刀が折れることはない。
木の枝で切ることも可能だし。体は鋼鉄と化し、剣を弾き飛ばす。
最終的には武器も鎧も必要がなくなる。
だが使いすぎると今のわしのように錬気が失われモンクの力がなくなる。
場合によっては気絶もある。
できれば使うなという説明だ。
エドガー「お前のチームにはデミオがいたな」
アインがゆっくりとうなずく。
エドガーが鋭い眼差しで「彼の正体を知っているのか?」
アインはあっけにとられる。
エドガーは彼の正体を見破ったのだろうか?
エドガー「彼の背後にいる黒幕を聞き出すのだ」
アインには何のことか分からなくなった。
エドガー「なにか知っていることは無いか?」
アイン「何のことを言っているのです?」
エドガーがうなずく「分からないなら仕方ない」
「しばらく泳がせるのだ。いずれ尻尾を出す」
「油断するな。どんな手段を準備しているか分からん」
アイン「ちょっとまってください」
「大変な勘違いをしていると思いますよ」
「彼の背後に黒幕なんていません」
「彼自身がこの町の人間に危害を加えることも無いでしょう」
「彼の目的は僕と同じで、今は純粋にハンターです」
「修行しているだけなんですよ」
エドガーがわけが分からないという顔で
「すると暗殺者ではないのか?」
アインはどうしたらそういう勘違いが起きたのか不思議だった。
「完全に違いますね」
エドガーはビクセンの親書を受け取ってその内容を自分なりにも分析した。
エドガーもデミオが暗殺者であると判断している。
エドガー「しかしあやつの能力は暗殺者特有のものだ。それ以外に考えられん」
アイン「正直に言いましょう。彼がスケルトン狩りをやっているのは本当です」
「彼は恐怖オーラに抵抗できて、夜目が利くのです」
「実はスケルトンは光を嫌うのです」
「ランタンの光を襲っているのですよ」
「彼はそれを発見しました」
「ランタンなしで戦えばスケルトンは驚異ではないとの事です」
「動きは遅いし、ハンマーなら簡単に倒せる」
「彼のかっこうの修行相手だったということですよ」
エドガー「暗殺者でないと言い切れるんだな?」
アインがうなずく。
エドガー「彼のために死ねるか?」
アイン「もちろん」
エドガーが微笑みながら「なら何も言うまい」
「気の使い方はいづれ教えよう。今は錬気を続けなさい」
と言うと奥に帰っていった。




