第5話 昭和気質が残る企業の面接・圧迫面接攻略と煙に包まれた恐怖
「……ゴホッ! ゴホゴホッ……! ゲホッ……!!」
2001年、3月上旬。
都内某所にある老舗中堅商社の自社ビル・3階会議室。
面接室のドアを開けた瞬間、俺――佐藤拓也(中身は2000年生まれの26歳、身体は1980年生まれの20歳)の鼻腔を襲ったのは、刺すような激しい焦げ臭さと、部屋一面に白く立ち込める濃厚な紫煙(タバコの煙)だった。
(な……なんだこの部屋は!? 火事か!? 火事なのか!? 面接室全体が『喫煙所』になってやがる……っ!!)
令和のクリーンなオフィス環境に慣れた拓也にとって、面接室全体が白く煙る光景は、コンプライアンス以前に眩暈がするほど信じがたい異様な空間だった。
だが、ここは西暦2001年の日本。
目の前に並ぶパイプ椅子の先、長机の向こう側に座る2人の面接官。
向かって右側に座る、白髪混じりのオールバックにダブルのスーツを着た面接官B(部長級)の指先には、煙をモクモクと吐き出す火のついたタバコが挟まれており、その脇には吸い殻が山盛りになった銀色の金属製灰皿が鎮座していた。
【説明しよう!】
西暦2001年のオフィス・喫煙事情!
2003年に「健康増進法」が施行される以前の平成初期〜中期においては、職場によって分煙の徹底度合いに大きな差があった!
現在ほど厳しい規制がなかった当時は、会議室や応接室に灰皿が置かれていることもあり、非喫煙者の学生にとって、煙で目が痛む中で面接に挑むのは一つの「環境的試練」でもあったのだ!
「あー……佐藤拓也くんね。まあ、そこに掛けて」
面接官Bが灰皿の縁でタバコの灰をトントンと落としながら、面倒くさそうに顎でパイプ椅子を指した。
俺は目がシパシパと痛み、喉が猛烈に焼けるのを必死に耐えながら、リクルートスーツの背筋を伸ばして着席した。
(落ち着け……! 美咲ちゃんとのファミレス戦略会議で『TPO』と『マナー』は完璧に予習した! 城ヶ崎先輩の『足を使って現場を知れ』という教えも胸に刻んだ! 今日の俺は一味違うぞ……!)
前回、城ヶ崎先輩から熱い喝を入れられた俺は、この会社が運営する都内の物流倉庫や営業所の周辺へ実際に足を運び、社員のトラックの積み込み作業や朝の挨拶の様子をしっかりとノートに書き留めてきていたのだ。
だが――そんな俺の気合を打ち砕くように、左側に座る面接官A(役員級)が、俺の手書きエントリーシート(ES)を指先でツンツンとつつきながら、冷ややかな鼻笑いを漏らした。
「ふうん……佐藤くん。君、大学では経済学を学んでるみたいだけどさぁ。履歴書見る限り、特に目立った資格もないし、サークルでも役職についてないよね?これと言って『強み』がない、どこにでもいる普通の学生に見えるんだけど?」
「……っ!?」
最初の一球目から、あまりにも露骨で無礼な「ド直球の全否定」!
令和のオンライン面接なら「面接官の態度が不適切でした」と速攻で口コミサイトに書き込まれるレベルの圧圧発言だ!
【説明しよう!】
平成就職氷河期に一部で見られた『圧迫面接』!
当時の企業面接では、あえて学生に否定的な発言をしたり高圧的な態度をとったりして「ストレス耐性」を測る手法が用いられることがあった!
ただし、これは現場の過酷さを教え込む名目で行われつつも、学生の心を不必要に傷つける側面があり、決して望ましい手法とは言えない時代の歪みでもあったのだ!
(出たな……! これが噂に聞く『圧迫面接』ってやつか……!!)
俺の額から、ダラダラと冷や汗が吹き出す。
面接官Aは腕を組み、冷ややかな視線で俺を値踏みするように見つめてくる。
「うちの会社はね、泥臭い営業と厳しいノルマがあるんだよ。君みたいな『目立った実績もない大人しそうな学生』が入社しても、1ヶ月で泣いて辞めるのが目に見えてるんだよね。なんでうちを受けたの? 単なる滑り止め?」
(うわあああ……!! 詰んだ……! 令和のオンライン面接でこんな『完全否定&詰み質問』来たら、一瞬で頭真っ白になって画面切って逃げ出したくなるやつだろこれ……!!)
「で?」「それ、うちじゃなくてもよくない?」と言わんばかりの連続攻撃。
心臓が警報のようにバクバクと鳴る。
(くそっ……言い返したい……! 『令和ならハラスメントですよ!?』『そんな聞き方、効率悪すぎません!?』って叫んで飛び出したい……! タイパ最悪だろこんな面接!!)
立ち上がりかけた俺の脳裏に、あの喫茶店で城ヶ崎先輩が言っていた言葉がリフレインした。
『……何を求めているかも分からずにうわべだけのスマートな言葉を言うから落ちる。足を使って自分の頭で泥臭くあがけば、道を切り拓ける可能性は増える。俺はそう信じてる』
そうだ……!
俺は、もう「効率」や「スマートさ」の陰に隠れてあきらめる自分から卒業するんだ!
全財産が1,550円になろうが、手書きESで指が千切れそうになろうが、泥をかぶってこの時代を泥臭く生き抜くって決めたんだろ!!
俺は深く息を吸い込んだ――が、部屋に充満するタバコの煙を大量に吸い込んでしまい、「ゴッホ! ゲホッ!」と派手に咳き込んだ。
「大丈夫? タバコ、嫌いなら吸うのやめないけど?」
面接官Bがニヤニヤしながら、さらに深くタバコをくゆらせる。
(やめないんかい!!)
俺は涙目になりながら、胸を張って面接官Aの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「……失礼しました! おっしゃる通りです! 私には華々しい資格も、サークルの役職という肩書もありません! どこにでもいる、ごく普通の学生です!」
「……ほう?」
面接官Aが不機嫌そうに眉をひそめる。
「ですが! 『実績がないからすぐに辞める』というご指摘には、明確に異議を唱えさせていただきます! 私はこの1週間、貴社の第3物流センターの敷地外にある公道から、朝7時に社員の皆様がトラックへ荷物を積み込む姿を観察させていただきました!」
俺はスーツのポケットから、びっしりと手書きでメモが取られたキャンパスノートを取り出し、胸の前で掲げた!
「朝の忙しい時間帯、ドライバーの皆様が『奥から重量物を詰めて、手前に手下ろしのダンボールを置くぞ!』と声を掛け合い、コンテナの隙間を数センチ単位で効率的に使う現場の技術! そして営業所の皆様が、雨の中でダンボールを濡らさないようシートを被せて走る姿を拝見しました! 私もあの現場の一員として、泥をかぶって貢献したいと心から感じたんです!」
「なに……? 物流センターを見に行っただと……?」
面接官Aの目つきが変わった。
横でタバコを吸っていた面接官Bも、挟んでいたタバコの動きをピタリと止める。
【説明しよう!】
平成当時の「大卒総合職」と現場研修のリアリティ!
当時の物流・運送・外食・流通などの業界における「大卒総合職(幹部候補)」は、入社後にまず一定期間現場へ入り、ドライバーや作業員などの職人肌のベテランたちと共に汗を流して現場業務を叩き込まれるキャリアパスが多く見られた!
そのため企業側は、「大卒のプライドだけで現場を見下し、泥臭い作業に耐えかねてすぐ辞めてしまう学生」を特に警戒していたのだ!
拓也が公道から現場を観察し、「泥をかぶる覚悟」を示したことが面接官に刺さったのは、現場の仕事を理解しようとする姿勢と「働く人への敬意」が伝わり、将来現場を束ねるうえで重要な資質だと評価されたからなのである!
「君……具体的に何曜日の何時頃に行ったんだ? 第3センターの朝の積み込み担当は誰だった?」
面接官Aが身を乗り出し、鋭い眼光で問い詰めてくる。ハラハラするような探る視線。
「っ……! 先週の火曜日と木曜日の朝7時、敷地外の公道にある歩道からです! 胸にネームプレートをつけた青い作業着の、体格の大きなベテランの班長さんが『8時までに第一便出すぞ!』と大声で指示を出されていました!」
「……山下さんの班か」
面接官Aが、驚きを隠せないように呟いた。
面接室を、重苦しい沈黙が支配した。
面接官Bは灰皿にタバコをジュッと押し付けて消すと、何か言い返そうと一度口を開かけたが、そのままぐっと口を結んで腕を組んだ。
(うぐっ……! まだダメなのか……!?)
面接官Aが一瞬だけ目を伏せ、短く重い溜め息を漏らした。
そして、静かに手を挙げて面接官Bを制する。
「まあ待て、吉岡部長。確かに厳しい現実を知らずに入ってくる学生が多い中で、自分で足を使って現場を確かめに来た姿勢は評価できる。……佐藤くん、我々も毎日必死なんだ。厳しい現場に耐えられない人間を採用すれば、本人にとっても会社にとっても不幸になる。だからつい、試すようなきつい言い方になってしまうんだよ」
面接官Aはそう言うと、手元の書類にペンを走らせた。
自分たちの高圧的な面接手法が正しいとは思っていないような、どこか疲弊した大人の哀愁がその横顔に漂っていた。
「君の観察眼と、泥臭い熱意……少なくとも『ただの滑り止めで受けている学生』ではないことはよく分かった。……一次面接は通過とする。ただし、二次面接はもっと厳しいぞ。しっかり準備しておきなさい」
「ひ……一次面接……合格……!?」
俺はあまりの衝撃に、膝の力が抜けそうになった。
早期選考3社全滅、面接2分で不採用だったあの俺が……平成の激闘の真っ只中で、初めての「一次選考通過」を勝ち取ったのだ!!
「ありがとうございましたっ!!」
俺は深々と頭を下げ、煙の充満する面接室を後にした。
自社ビルの外に出ると、3月の冷たい春風が吹き抜けた。
スーツについた強烈なタバコの臭いと、喉のイガラっぽさは残っていたが、胸の中は今までにない熱い達成感で満たされていた。
「やった……! やったぞおおお!! 圧迫面接攻略したぞおおお!!」
ビルの影で拳を力強く突き上げていると、ポケットの中でガラケーが「チャラリラリーン♪」とレトロな着信音(3和音の着メロ)を響かせた。
画面を開くと、「木村健太」の文字。
『パカッ』(アンテナをニョキッと手で伸ばす)
「もしもし、健太! 俺、やったぞ! 初めての一次面接、通過した――」
『拓也か!? 今どこだ? すぐ翔太のアパートに来てくれ!!』
電話の向こうで、健太があきれたような、焦ったような声をあげていた。
「え……!? 翔太のアパート? どうしたんだよ!?」
『翔太のやつさ、「これからはITとネットの時代だ! 就活なんてしてる場合じゃねえ!」とか言って、また新しいネット株の雑誌とパソコン誌を山ほど買い込んで熱中してんだよ。あいつ、就活を完全に後回しにし始めててマジでヤバい! 今から喝入れに行くぞ!』
「な……なんだって……!?」
俺は受話器を握りしめたまま苦笑いした。
お調子者で、「これからすごい時代が来るんだ!」と目を輝かせてネットやITという未来に誰よりもワクワクしている翔太――。
(あいつらしいけど……就活氷河期の真っ只中でそれは流石にヤバすぎるだろ……!)
「わかった、すぐ向かう! 待ってろ健太!」
俺は携帯を閉じ、3月の青空の下を走り出した。
厳しい時代の風の中でも、未来を信じて不器用に突っ走る仲間たちがいる。
俺たちの就活サバイバルは、まだまだ始まったばかりだ――!
(つづく)
【次回予告!】
圧迫面接を泥臭い情熱で突破し、念願の一次選考通過を果たした拓也!
だが、平成就職氷河期という荒波は、容赦なく若者たちの未来を試す!
ネットやITの未来に夢を見、就活を放り出して暴走する親友・翔太!
そして、激化する選考レースの中で拓也の前に立ちはだかる、更なる罠――!
5月、ついに掴み取った感動の「初めての内定」!
しかし……通知書に書かれた労働条件が、拓也の希望を打ち砕く!
『基本給12万円+謎の諸手当=月給18万円』……って、これ手取りいくらになるんだよ!?
次回、第6話『初めての内定と「手取り&基本給」の罠』!
君は、氷河期が生み出した構造的罠を、生き残ることができるか――!?




