第4話 美咲とのファミレス戦略会議!「私服でお越しください」の罠
「……うぅ、染みる……。五臓六腑に染み渡るよ……っ!」
2月上旬の冷え込む日の午後。
俺――佐藤拓也(中身は2000年生まれの26歳、身体は1980年生まれの20歳)は、大学近くのファミリーレストラン『ジョナサン』のドリンクバーの前に立ち、湯気が立ち上るコーンスープをフーフーしながら一口すすっていた。
前回の喫茶店で城ヶ崎先輩に格好をつけてお代を奢り、全財産が「1,550円」という即死寸前の極貧に陥ってから数日。
大学の食堂で100円の素うどんをすすり、バイトの給料日でなんとか息を吹き返したものの、俺の懐事情が超ド級の氷河期であることに変わりはなかった。
「……ちょっと拓也。スープお代わり4杯目だし、さっきからカルピスと山ぶどうスカッシュを1対1で混ぜて『自家製エナジーエード』とか言って飲むのやめてくれない? 店員さんが遠くから不審な目で見てるんだけど」
【説明しよう!】
ドリンクバーにおける『ジュース混ぜ合わせ(ちゃんぽん)』問題!
令和の現代ではファミレス公式が「おすすめアレンジレシピ」を提案することもあるが、西暦2000年当時は「小中学生が悪ふざけでやる行儀の悪い行為」!
20歳の就活生が堂々とドヤ顔で混ぜ合わせる行為は、マナー的にも見た目的にも非常に恥ずかしく、堅実派の美咲から見れば完全に「ドン引き対象」だったのである!
ボックス席で、呆れ顔で文庫本をめくっていたのは、同じ学部の就活友達・小林美咲だ。
ショートボブの黒髪に、派手さはないが清潔感のあるカットソー。2000年の現実を地に足を着けて生きる、堅実で情報通な女子学生である。
「大丈夫だって! ジョナサンのドリンクバーとスープバーのコスパは最強なんだから! 美咲ちゃんが『就活の戦略会議しよう』って誘ってくれなかったら、俺、今頃部屋で寒さに震えながら手書きESの誤字と戦って精神崩壊してるところだったよ……」
俺はジョッキグラス(ドリンクバー用)をテーブルに置き、向かいの席に腰を下ろした。
【説明しよう!】
西暦2000年代初頭のファミレス事情と『ドリンクバー』!
当時はすかいらーくグループの『ジョナサン』や『ガスト』、『デニーズ』などのファミレスが、長時間会話や勉強ができる「学生たちの溜まり場」として大活躍していた!
特にスープバーやドリンクバーは、数百円で無限に水分と温もりを補給できるため、お金のない就活生たちの「戦略基地」として愛されていたのだ!
「……もう、相変わらず大げさなんだから」
美咲はクスッと小さく笑うと、机の上に綺麗に整理されたファイルと、何枚かの案内状(ハガキや封筒)を並べた。
「でもね、拓也。城ヶ崎先輩に怒られたんでしょ? 『ネットの知識に頼って現場を見ないから面接2分で落ちるんだ』って」
「うぐっ……! な、なんでそれを知って……健太のやつ、口が軽すぎるだろ……!」
「健太くん、心配してたよ? 『拓也が令和のノウハウとかわけわからないこと言いながら暴走して全財産1,550円になった』って」
「あいつ余計なことまで喋ってんじゃねぇか!!」
俺が頭を抱えると、美咲はファイルから1枚の企業からの案内状を取り出し、トントンと人差し指で叩いた。
「まあまあ。でもね、拓也。現場を見るのも大事だけど、これから本格化する企業の説明会やグループディスカッションでの『マナー』も頭に入れておかないと、また入り口で弾かれちゃうわよ?」
「マナー? マナーなら大丈夫だって! 令和――じゃなくて、俺のスマートな常識があれば! リクルートスーツを着て、ビシッと挨拶して、ノックは3回! 完璧でしょ!」
「じゃあ、これはどう説明するの?」
美咲が差し出してきたのは、ある大手中堅メーカーの「一次選考&会社説明会」のお知らせハガキだった。
そこには、太字でこう書かれている。
『当日はリラックスした雰囲気で行いますので、どうぞ「私服」でお越しください。』
「……あー! これね!」
俺はニヤリと鼻で笑い、自慢げに胸を張った。
「私服でOKって書いてあるんだから、私服で行けばいいじゃん! 堅苦しいスーツを脱ぎ捨てて個性をアピールするチャンスだろ! 俺のアパートの部屋にあった一番の勝負服――『ダボダボの腰穿きジーンズとドクロ柄パーカー』で行けば、私服センスもアピールできてタイパ的にも最高じゃん!」
俺のアパートのクローゼットにかかってたやつだが、あれは令和で大流行しているY2Kファッション――いわゆる『古着mixのオーバーサイズでエモいやつ』だ。令和のストリート感覚なら絶対に好印象だし、センスの良さもアピールできるはずである。
【説明しよう!】
拓也の令和感覚が生んだ致命的な勘違い『Y2Kファッションの罠』!
令和のZ世代の間では、2000年代風の「Y2Kファッション」やダボダボなシルエットが「エモくてオシャレ」と大人気!
拓也はクローゼットにあった当時の服を「令和で言うハイセンスな勝負服」だと勘違いしていたのだ!
しかし! 西暦2000年当時の就職活動において、そんな服を着て面接に行けば「TPOが壊滅している常識外れの学生」として一発アウト(不採用)となる!
「……タイパ? タイのお菓子か何か?」
美咲は「また拓也がわけのわからない言葉使ってる……」と冷ややかな目で見つめると、「はぁ……」と深々と今日一番の溜め息をついた。
「……拓也。あなた、本気で言ってるの?」
「え? なにその『哀れなゴミを見るような目』は!?」
「いい? 拓也。日本の堅い企業が言う『私服でお越しください』を額面通りに受け取って、そんなダボダボのジーンズやパーカーで行ったら……その時点で即死決定よ」
「はぁぁぁあ!? なんでだよ!! 『私服で来い』って書いてんだろ!? 嘘ついてんの!?」
俺が素で叫ぶと、美咲は身を乗り出し、人差し指をピッと立てた。
【説明しよう!】
平成就活最大の罠『私服でお越しください』の暗黙ルール!
企業の案内状に書かれた「私服でお越しください」は、文字通りの意味ではない!
これは「学生の常識や TPO(時間・場所・場合)に応じた服装の判断力」を試すサイレントテストなのである!
「私服」と書かれていても、9割以上の学生は「リクルートスーツ」で参加! 仮に私服で行く場合でも、ジャケットにスラックスといった「オフィスカジュアル(私服風のフォーマル)」が絶対条件であり、ラフなパーカーやジーンズで行くと「マナーがなっていない」とみなされ、連絡すら来ないサイレントお祈り(不採用)の対象となったのだ!
「ええええええええっ!? どんな初見殺しトラップだよ!!」
俺はジョナサンの席で頭を抱えた。
「『私服で来い』って言われたから私服で行ったのに、『マナーがなってない』って落とされるの!? だったら最初から『スーツでお越しください』って書けよ!! 嘘つくメリット何なんだよ平成の採用担当!!」
「だから『TPOを見ている』のよ」
と美咲は冷静に解説する。
「企業側は『うちの会社をどれだけ真剣に志望しているか』『社会人としての最低限の空気が読めるか』を試してるの。特にこの氷河期、企業は圧倒的な『買い手市場』だから、ちょっとでもマナーから外れた学生は、理由をつけて削り落としたいのよ」
「理不尽すぎる……! 『紛らわしい表現をやめてダイバーシティを尊重してください』って令和なら速攻で炎上する案件だぞ……」
俺がバタバタとテーブルの上で悶絶して小声で呟いていると、美咲は
「また変なカタカナ言ってる……」
と呆れつつも、あたたかいカフェオレのカップを両手で包み込んだ。
「でもね、拓也。理不尽だからこそ、ちゃんと裏のルールを知って対策すれば、ライバルに差をつけられるってことでしょ?」
「……美咲ちゃん……」
「私だって最初は怖かったよ。ハガキ出しても返事来ないし、ニュースを見れば『氷河期』『内定率過去最低』って暗い話ばかりだし……。でもね、拓也や健太くんがバカみたいに騒ぎながらも泥臭く頑張ってるの見ると、『私も負けてられないな』って思えるの」
美咲は少し照れくさそうに視線を泳がせながら、真っ直ぐに俺を見た。
「だから……一緒に生き残ろうね。この過酷な就活」
「……!!」
ドッキィィィィン!!
なんだこれ……!?
令和の時代、画面の向こうのタイパ重視な人間関係ばかり見てきた俺の胸に、美咲ちゃんの素朴で温かい言葉が突き刺さる。
同じ時代、同じ理不尽な氷河期を、手を取り合って必死に生き抜こうとする「仲間」の存在。
泥臭い……泥臭いけど……めちゃくちゃエモいじゃねぇか……!!
「……おう! 当たり前だろ! 美咲ちゃんも、健太も、翔太も、全員で内定取って笑って卒業してやるよ!」
「うん!……あ、でも拓也。スーツといえば、あなた……就活用のスーツって何着持ってるの?」
「え? 何着って……1着だけど? 紺色のリクルートスーツ1着をヘビロテ――あ、いや、毎回着回す予定だけど?」
「……ヘビ? 何それ? まあいいけど……1着!?」
美咲の顔から、再びスーッと笑顔が消えた。
「連日の連戦で雨が降ったり、汗をかいたりしたらどうするの? クリーニングに出してる間、何着て面接行くの?」
「……え? あ、アイロンサッとかけてファブリーズシュッとして……あ、ファブリーズってこの時代まだ一人暮らしの部屋に常備されてない!?」
「ファブ……何? 濡れたスーツはね、ポケットに新聞紙詰めてベランダで陰干しするか、スチームアイロン当てるの! 当たり前でしょ!」
【説明しよう!】
2000年代初頭の『リクルートスーツ連戦』問題!
連日、何社もの説明会や面接をハシゴする氷河期就活において、スーツのダメージは深刻!
当時は消臭スプレー(ファブリーズ等)が家庭に浸透し始めた黎明期であり、一人暮らしの学生の部屋に常備されていることは稀! 予備のスーツを持たない極貧学生は、雨の日の面接の翌日、半乾きのスーツを着て面接に向かうという悲劇が多発していたのである!
「……拓也。やっぱりあなた、私が見張ってないとダメそうね」
美咲は大きな溜め息をつきつつも、ノートを広げてペンを走らせ始めた。
「よし! 今日の会議のまとめ! 服装は迷ったら全員スーツ! 私服指定でもオフィスカジュアル! そして雨の日は新聞紙で陰干し! しっかりメモして!」
「はいっ!! 美咲先生!!」
ジョナサンの窓の外には、2月の冷たい空気が広がっていた。
だけど、ドリンクバーの温かいコーンスープと、目の前で一生懸命にノートを書いてくれる美咲ちゃんの存在が、俺の冷え切った心をじんわりと温めていた。
スマホもない、タイパも悪い、理不尽なマナーばかりの平成の就活。
だけど――こうして泥臭く人と向き合って進む時間も、悪くないのかもしれない。
(よし……次は昭和気質が残る企業の面接だ! 圧迫面接だろうが分煙ゼロだろうが、俺は泥臭くぶつかってやる……!)
俺は握りしめたボールペンに力を込め、美咲ちゃんのノートを必死に書き写し始めた。
【次回予告!】
美咲との戦略会議を終え、ついに昭和気質が色濃く残る企業面接へと挑む拓也!
待ち受けていたのは、面接官からの強烈な圧迫質問と、部屋じゅうに煙が充満する「分煙ゼロ」のタバコ攻撃であった!
現代(Z世代)の感覚とのギャップに、拓也のメンタルは耐えられるのか――!?
次回、『昭和気質が残る企業の面接・圧迫面接攻略と分煙ゼロの恐怖』!
君は、紫煙の漂う面接室を生き残ることができるか――!?
(つづく)




