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第3話 早期選考3社全滅!面接2分で不採用の罠

「……マジで帰っていいか、健太」


1月中旬の冷え込む日の夕方。大学近くのレトロな喫茶店『ルボン』の奥まったボックス席で、俺――佐藤拓也はテーブルに突っ伏したまま死んだ魚のような目で呟いた。


「バカ言え! お前が前回の通信費の惨劇で財布の残金3,400円になっちまった上に、早期の企業選考で『お試し応募』した3社から全滅食らって部屋で体育座りしてっから、俺がわざわざ就活を勝ち抜いたすごい先輩を呼んでやったんだぞ!」


向かいの席で、親友の木村健太が、この店名物の「終日注文OKな学生サービスセット」(厚切りトースト・ゆで卵・ブレンドコーヒー:350円)のゆで卵を、カツンカツンと殻ごとテーブルに打ちつけながら言った。


「感謝しろよな。本当は金がないお前に奢ってやりたいけど、俺も企業の会社案内を取り寄せる往復ハガキ代でカツカツだから、このセットと追加の自家製プリン(350円)で精一杯なんだからな」


「……すまん。サンキュー健太……」


俺は健太の不器用な優しさに感謝しつつ、バターがジワッと染み込んだサクサクの厚切りトーストをかじった。俺も健太と同じ学生サービスセットを頼んでいた。


通信費爆死の痛手に加え、早期選考の全滅。ダブルパンチどころか、トリプルKOを食らった気分で、完全にメンタルが崩壊していた。

無理もない。2022年卒の「令和の世界」にいた頃の俺の感覚では、就活なんて完全にイージーモードだと思い込んでいたのだ。


スマホを数タップすれば企業エントリーは完了。就活サイトで「内定者のES(エントリーシート)」を検索し、概要から「DX推進」やら「サステナビリティ」「顧客体験(CX)の最適化」といったスマートな横文字を拾い集め、要約ツールで整えた志望動機をコピペして送信。自宅の部屋でWebカメラに向かい、画面の脇に貼った「カンペ」を盗み見ながらスマートに微笑めば、あっさりと内定がもらえる……当時の俺は本気でそうタカをくくっていた。


(平成の就活なんて、ネットもまともに普及してないんだろ? 令和の俺のスマートなやり方を使えば、氷河期だろうがなんだろうが無双楽勝じゃん)


そんな風に甘く見て、横文字とスマートなテンプレを詰め込んで提出した早期選考3社。

だが、返ってきたのは冷酷な「不採用通知(お祈り紙面)」の山と、一次面接でわずか2分で叩き出されるという歴史的大敗だった。


『君さ、うちのWebページに書いてある横文字を丸暗記してきたみたいだけど、うちの店が具体的にどんな売り場作りをしてるか、自分の目で確かめたことある?』


そう冷ややかに問い詰められ、何も答えられずに言葉を詰まらせた俺。面接官はため息をつき、「もういいよ、時間の無駄だ」と言わんばかりにわずか2分で面接を打ち切ったのだ。

要領よくやろうとした俺の浅はかな考えは、平成の氷河期においてはただの「現場を知らない薄っぺらい口先男」として切り捨てられるだけだった。



【説明しよう!】

ここで拓也と健太が頭を悩ませている「早期選考」と「コスト」の罠!

令和の就活では、オファー型アプリやWebエントリーによりボタン一つで何十社も「お試し応募」が可能だが、2000年〜2001年当時、冬の時期に一部の先進企業やIT・ベンチャー、外資系などが独自に行っていた早期選考や推薦選考では、企業ごとに「手書きエントリーシート」や「理由を添えた資料請求ハガキ」を個別送付するのが主流であった!

1社応募するだけでも「手書きの労力+郵送料(封筒代・切手代・往復ハガキ代)」という物理的コストが発生するため、軽々しく「お試し」で大量応募すること自体が、当時の極貧学生にとっては死活問題だったのである!



「はぁ……まさか面接2分で追い出されるとは思わなかったよ……」


俺がトーストの耳を噛みちぎりながらうなだれていると、カランコロンとお店のレトロなドアベルが鳴った。

店内に入ってきたのは、黒のリクルートスーツを一切のシワもなく隙なく着こなした一人の男だった。1学年上の先輩・城ヶ崎賢治(じょうがさき けんじ)さんだ。


「よお、二人とも。待たせたな」


城ヶ崎先輩は静かな足取りで俺たちのテーブルに近づくと、空いていた側の席に長身を滑り込ませた。

2001年3月卒――まさに今、平成就職氷河期の最前線を戦い抜き、全国展開する大手総合スーパー(GMS)や有名流通企業などの内定を勝ち取ったばかりの4年生だ。その佇まいには、修羅場をくぐり抜けてきた者だけが持つ凛とした静けさと、圧倒的な存在感があった。


健太が慌ててゆで卵の殻をテーブルの端に寄せ、姿勢を正す。


「あ、城ヶ崎先輩! お忙しいところわざわざありがとうございます!」


「ああ。……佐藤、健太から大体の事情は聞いたぞ。通信費で生活費を減らした上に、早くも早期の書類や初期選考で落ちて凹んでいるそうだな」


城ヶ崎先輩は通りかかったマスターにブレンドコーヒーとケーキがセットになった「ブレンドセット(800円)」を注文すると、まっすぐな視線で俺を見つめた。その瞳には冗談を言う気配もなく、どこまでも冷静だった。


「……はい。企業の概要や業界本を見て、最新のスマートで洗練された志望動機を書いたつもりだったんですが……書類も面接も全滅でした」


「そうか。……なら佐藤、落ちて当然だ」


「え……?」


城ヶ崎先輩のバッサリとした一言に、俺は息をのんだ。


「お前は企業が何を求めているかも理解せず、うわべだけの知的な言葉を並べただけだろう。いいか、募集人数が100人だろうが、基準に達する学生がいなければ採用枠を削ってでも落とす会社もある。少なくとも、俺が受けた流通や小売の会社はそうだった。俺が受けた現場主導の会社で求められていたのはな、利口ぶった知識をひけらかす奴じゃない。『本気でうちの現場を愛し、泥をかぶれる人間か』だったんだ」


城ヶ崎先輩は組んだ手をテーブルの上に置き、静かに自身の体験を語り出した。その声には重みがあった。


「俺自身の失敗談を教えてやる。俺も最初はお前と同じように、地元の中堅スーパーや外食チェーンを『ここなら滑り止めで受かるだろう』と高をくくって、パンフレットの言葉をツギハギしたうわべだけの志望動機で受けた。結果はどうだ? 書類落ちに、面接2分での不採用だ。面接官から『君、うちの店舗や現場に一度でも足を運んだことある?』と聞かれ、何も答えられなかったんだよ」


「……っ!」

まさに俺が喰らった撃沈パターンそのまんまじゃないか……!


「そこから俺はやり方を変えた」と、城ヶ崎先輩はコーヒーカップに手をやりながら続ける。


「俺は小売業で店舗から買い物の面白さを作りたいっていう軸があったからな。内定をもらったあの大型総合スーパーの店舗へ、一般のお客様や従業員の邪魔にならないよう配慮しながら、何日も通い詰めたんだ。平日の夕方や休日のピーク時など時間帯を変えてな」


「何日も……通い詰めた……!?」


健太が口に含んだコーヒーを吹き出しそうになりながら目を見開く。


「そうだ。青果コーナーの季節野菜へのスポットライトの当て方、鮮魚コーナーの氷の敷き詰め方と魚の並べ方、精肉のパック詰めの向きとトレーの色彩効果。日用品売り場での客の導線設計や手書きポップの工夫、夕方の惣菜コーナーでのタイムセールの声かけのタイミング。さらにはレジ担当者が常連のお年寄りに声をかける間合いやスキャン速度まで……ノート3冊分、店のすべての売り場と現場の動きを真っ黒になるまで観察した」


「ノ、ノート3冊分……!?」


俺は絶句した。


「もちろん、ただ観察した事実を書き留めるだけじゃないぞ。『なぜこの配置にしているのか』『もっとお客様が買いやすくなる工夫はないか』と自分なりの仮説や疑問、改善案までノートに書き留めたんだ」


「……でも先輩」俺は思わず口を挟んだ。「店のことをそこまで詳しく観察して話せば、それだけで面接って受かるんですか?」


城ヶ崎先輩はふっと口元を緩め、首を横に振った。


「いや。店の情報や裏事情に詳しいだけなら、ただの『マニア』か『物知り』で終わる。大事なのは、その観察を通じて自分が何を感じ、どう考え、入社後にどう動きたいのかという『自分の意志』を伝えることだ」


「自分の……意志……」


「面接でノートを見せながら、自分の観察した良さと仮説、改善案、そして現場への愛をぶつけたんだ。面接官は目を見開いてノートを覗き込み、『……君、うちの社員でもここまで現場の意図を考えて見てはいないぞ。ここまで現場の課題と魅力を自分で発見できるなら、将来店舗を任せられるかもしれないな』と感心してくれたんだ」


城ヶ崎先輩の目が、静かな熱を帯びて光った。


「『御社の現場には、お客様を惹きつける徹底した工夫と温かさがある。私はこの売り場で泥臭く働き、近所のおばあちゃんから子供まで全員に愛され、共に店舗を発展させたいんです!』

……とな。ここまで現場を見尽くして、自分なりの考えと本気度を見せて初めて面接官の心が動いたんだ。何を求めているかも分からずにうわべだけのスマートな言葉を言うから落ちる。ネットや本で仕入れた程度の知識で受かるほど、世間で言う『氷河期』の現場は甘くないぞ」



【説明しよう!】

城ヶ崎先輩が口にした「就職氷河期」という言葉の由来!

現代では平成の厳しい採用難を象徴する言葉として知られているが、実は1993年に就職情報誌が提唱し、1994年の『新語・流行語大賞』トップテンにも選出された言葉である!

つまり2001年当時、すでにテレビや新聞のニュース用語として完全に定着しており、学生たちの間でも自らの厳しい現状をあらわすリアルな言葉として定着していたのだ!



シリアスで熱く、そしてどこまでも現実的な城ヶ崎先輩の言葉に、俺の胸は激しく打たれた。


「要領よくやるのが賢い」「タイパ良く内定を取るのが正解」という考えでイキっていた自分が、どれほど浅はかで甘ちゃんだったかと思い知らされた。


「……じ、城ヶ崎先輩……俺、完全に勘違いしてました……。スマートにやろうとして、一番大事な『現場を見て自分の頭で考えること』から逃げてました……」


俺が深々と頭を下げると、城ヶ崎先輩は運ばれてきたブレンドコーヒーを一口含み、ふっと柔らかく微笑んだ。


「気づけばいいんだ。この時代に魔法の裏技など存在しない。だが、足を使って自分の頭で泥臭くあがけば、道を切り拓ける可能性は増える。俺はそう信じてる」


城ヶ崎先輩はコーヒーを飲み干すと、すっと立ち上がり、テーブルの伝票を手にとろうとした。


「話は以上だ。就活、死ぬ気でかかってこい。……よし、ここは俺が――」


「あ、城ヶ崎先輩! 結構です、ここは俺に払わせてください!」


俺は咄嗟に立ち上がり、先輩の手から伝票を恭しく受け取った。

自分の甘さを打ち砕き、目から鱗が落ちるような熱い教えを授けてくれた先輩に、お金を払わせるわけにはいかない。


「おい拓也、お前マジで大丈夫なのかよ? 金ないんだろ!?」

と健太が心配そうに耳元で囁く。


「大丈夫だ! 先輩への授業料と思えば安いもんだ!」


俺は胸を張り、レジへと向かった。

商談帰りのサラリーマンの後ろに並び、ポケットの財布から千円札を2枚取り出して店員に渡した。


『お会計、学生セットふたつとプリンひとつ、ブレンドセットひとつで、1,850円になります』

おつりの150円を受け取り、財布の中身を確認する。

……3,400円あった財布から1,850円が消え、残っていたのは千円札が1枚と、小銭が550円。


「……あ」

残金、1,550円。


「佐藤、どうした?」


後ろから歩いてきた城ヶ崎先輩と健太が不思議そうに覗き込む。


「……お、俺の全財産……千円札1枚と小銭だけになりました……」


「はぁ!? お前バカだろ!? 金ないくせに、先輩に格好つけて全額払いやがって!」


健太が頭を抱えて叫ぶ。

城ヶ崎先輩は一瞬目を見開いた後、ふっと口元を緩め、俺の肩を力強くぽんと叩いた。


「……佐藤。その不器用で泥臭い男気、悪くないぞ。……だが、次は無理をするな。明日から大学の食堂で格安の素うどんを食う時は、俺がトッピングの天かすとネギ代を奢ってやる」


「城ヶ崎先輩……っ!」



【説明しよう!】

城ヶ崎先輩が言った「学食の格安素うどん」とは!

平成初期〜中期の多くの大学食堂において、極貧学生や仕送り前の学生たちを支えた定番メニューの一例である!

当時の大学食堂では、うどんと出汁だけのシンプルな構成で100円前後という破格で提供されている店舗もあり、お金のない拓也にとって、これからの主食となることは確定的に明らかであった!



喫茶店を出ると、1月の冷たい風が容赦なく頬を刺した。

令和で身につけたスマートな就活ノウハウも、ここではただの「現場を知らない薄っぺらい口先」でしかなかった。スマホも使えない、テンプレのコピペも通用しない。

だけど、城ヶ崎先輩の言葉と、手元に残った1,550円の重みで、俺はようやく腹を括った。


(売り手市場の感覚は捨てろ……。うわべだけの言葉じゃダメだ。泥臭く足を使って現場を知り、自分の頭で考えて本気でぶつからなきゃ……! この平成の氷河期で生き残るために、俺は本気で泥をかぶってやる……!)


俺は握りしめたポケットの中の1,550円と、ガラケーのズッシリとした感触を確かめた。

手書きESの山という名のダンジョンは、ここからが本番だ。


【次回予告!】

全財産1,550円になり、文字通り明日の食費すら危うくなった拓也!

そんな拓也を見かねて手を差し伸べた(?)のは、堅実で情報通な就活仲間・小林美咲であった!

安ファミレスで開かれる緊急の就活戦略会議!

そこで突きつけられる「私服でお越しください」という案内状の暗黙ルールと、リクルートスーツの罠とは……!?

次回、『美咲とのファミレス戦略会議!「私服でお越しください」の罠』!


君は、平成の就活マナーという名の暗黙の了解を見破れるか――!?

(つづく)

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