第20話 氷河期を生き抜いた仲間たちのそれぞれの道
「……はぁ。最近、マジで自分がどこに向かってるのか分かんなくなる時があるよ」
2017年、初夏。
アベノミクスの恩恵もあり、街は以前よりもいくらか活気を取り戻していた。しかし、新橋の高架下にある昔なじみの大衆居酒屋で、ジョッキを握りしめた木村健太(36歳)の口からは、重々しい溜め息が漏れていた。
「どうしたんだよ健太。中堅のエース営業マンがシケた顔してさ」
俺――佐藤拓也(37歳)は、お通しの枝豆をつまみながら親友の顔を覗き込んだ。
「聞いてくれよ拓也。最近、会社が『働き方改革だ!』『残業は悪だ!』ってうるさくてさ。19時になったらオフィスの電気が強制的に消されるんだよ。でも、現場の売上ノルマは下がらないし、仕事量は減らない。おまけに、今年入ってきた新入社員に少しでも無理させると、すぐ『ブラックですね』って言われちまう。結局、俺たち中堅が仕事を巻き取って、ノートPCをカフェに持ち込んでコソコソ隠れて残業してるんだよ……。泥臭く働くのが俺の取り柄だったのに、今はそれすら許されない空気が息苦しくてさ」
健太の言葉に、俺は深く頷いた。
2001年のあの極寒の就職活動を「手書きハガキ100枚」と「気合」で乗り切った俺たちにとって、上の昭和気質な上司たちと、効率重視の若い世代との間で板挟みになる「中間管理職の苦悩」は、この時代を生きる同世代のリアルな直面だった。
【説明しよう!】
平成後期〜令和にかけて氷河期世代を襲った『中間管理職のサンドイッチ地獄』!
2017年頃から国を挙げて「働き方改革」が推進され、長時間労働の是正が叫ばれるようになった。しかし、昭和の気合と根性で育ってきた上層部は「残業は減らせ、だが売上は落とすな」という無茶振りを現場に丸投げ!
さらに下からは、効率とタイパを重視する若い世代が「それって私の業務範囲ですか?」とドライに対応。結果として、気合で乗り切る術しか知らない氷河期世代の中堅社員たちが、部下の仕事をこっそり巻き取り、カフェや自宅で隠れてサービス残業をこなすという新たな歪みが生じていたのである!
「健太の気持ち、少し分かるよ」
向かいの席で、少し高めのクラフトビールを飲んでいた井上翔太が、静かに口を開いた。
数年前にIT企業を退職し、フリーランスのWebエンジニアとして独立した翔太。今では複数の企業と契約し、収入も会社員時代よりずっと良くなっている。
「翔太はいいよな。フリーランスなら自分のペースで働けるし、上司の顔色も窺わなくていいんだからさ。結婚もしてパパになってるし、順風満帆じゃねぇか」
健太が少し羨ましそうに言うと、翔太は苦笑いして首を横に振った。
「そんな甘いもんじゃないよ。去年の保活地獄、覚えてるだろ? 奥さんもフリーランスだから点数が低くてさ。今も夫婦で時間ずらして育児と仕事を綱渡りで回してるんだ。それに、全部自分の責任だからね。来月の仕事があるのかっていう不安は常に付きまとうし、社会保障も会社員みたいに手厚くない。自由と引き換えに、『保証のない海』をたった一人で泳ぎ続けてるような恐怖が、夜中ふと襲ってくることがあるんだ」
「ははっ、翔太もすっかり苦労性のパパの顔だな。俺なんて、仕事の尻拭いばかりで出会いもないし、結婚の気配すらゼロだよ。このままだと独身貴族ってより、ただの孤独な社畜一直線だぜ」
健太が自虐的に笑って、ビールをあおる。
それぞれの戦場で、必死にもがいている仲間たち。
俺もそうだ。娘の未来も2歳を過ぎ、美咲と共働きで慌ただしい毎日を送っている。子育てと仕事の両立はまさに綱渡りで、泥臭く踏ん張る日々が続いていた。
「お前ら、相変わらず集まってはピーピーと雛鳥みたいに鳴いているな」
不意に、背後から低く響く声がした。
振り返ると、スーツをビシッと着こなし、少し白髪が混じり始めたものの相変わらずの威圧感を放つ城ヶ崎先輩が立っていた。
「城ヶ崎先輩!」
俺たちは慌てて席を詰め、先輩を迎え入れた。
「世の中が『働き方改革』だの『フリーランス』だのと騒がしくなって、自分の立ち位置が揺らいでるって顔だな」
城ヶ崎先輩は運ばれてきたホッピーのグラスを静かに置くと、俺たち三人を見回した。
「……はい。なんか、時代が急にスマートになりすぎて、俺たちの泥臭いやり方が通用しなくなってるんじゃないかって、不安になるんです」
健太が正直に吐露すると、城ヶ崎先輩はフッと鼻で笑った。
「バカ言え。時代が変われば、働き方のルールも変わる。それは当然の歴史だ。だがな、お前たちが見失ってはいけない『俺たちの最大の強み』がある」
「最大の強み……ですか?」
「そうだ。いいか、俺たち氷河期世代は、最初から会社や国が用意してくれた温かいレールなんて歩いてこなかった。理不尽な面接で叩落とされ、手取り十数万でデフレを凌ぎ、リーマンショックの暴風を『激安ハック』と『UR賃貸』で耐え抜いてきたんだ。何もない焼け野原から、自分の足で立ち、自分の頭で知恵を絞って生き残ってきた『究極のサバイバル能力と適応力』。それこそが、お前たちの骨の髄まで染み込んでいる武器だろ」
城ヶ崎先輩の言葉が、居酒屋の喧騒の中で、俺たちの胸の奥にズシンと響いた。
「健太。板挟みで苦しいなら、お前が若い世代と上の世代を繋ぐ『新しい現場のルール』を作ってやれ。氷河期の理不尽を知るお前だからこそ、下の世代を守れるはずだ。……翔太。一人で海を泳ぐのが怖いなら、その泥臭い努力で築いたスキルと信用を信じろ。お前が絶望から這い上がってきた過去は、どんな社会保障よりも確かなお前の財産だ」
先輩の真っ直ぐな眼差しに、健太はグッと拳を握りしめ、翔太は目を潤ませて力強く頷いた。
「……拓也。お前もだ」
「はいっ!」
「時代が豊かになろうが、制度が変わろうが、俺たちの泥臭い絆とサバイバル精神は絶対に風化しない。自信を持て。お前たちは、最強の世代だ」
「城ヶ崎先輩……っ!」
目頭が熱くなるのを感じながら、俺たちはジョッキを高く掲げた。
「よし……! どんな時代が来ようが、俺たちは泥臭く生き抜いてやる!!」
「おう!! 乾杯だ!!」
居酒屋に、力強いグラスの音が響き渡る。
帰り道、初夏の夜風が心地よく火照った体を冷ましてくれた。
スマホを開くと、美咲から「未来がやっと寝たよ。気をつけて帰ってきてね」というメッセージと、スヤスヤと眠る娘の写真が届いていた。
(……ああ。俺たちの積み重ねてきた人生は、間違いなくここにある)
理不尽な時代だった。でも、だからこそ手に入れた「生き抜く力」と「かけがえのない仲間」、そして「温かい家族」。
俺は夜空を見上げ、深く、誇らしい息を吐き出した。
俺たちの歴史が、また1ページ。歩みを止めることなく、未来へと続いていく――。
【次回予告!】
働き方の過渡期を、氷河期世代の底力で乗り越えた拓也たち!
時は進み、2018年。
国が本腰を入れた資産形成の切り札『つみたてNISA』がついに創設!
そして2018年秋、運命の伏線が回収される!
未来を照らす最強のインデックスファンド『eMAXIS Slim 全世界株式』が爆誕!
4歳になった娘の将来のために、拓也が震える指で押す「積立ボタン」の意味とは――!?
次回、第21話・第22話『つみたてNISA創設とオルカン誕生!』
時代が俺たちにサービス、サービスゥ?!
(つづく)




