第18話 長女誕生!学資保険vs投資信託と子育てのリアル
「……うおおおおお……っ! 生まれた……っ! 無事に産まれてきてくれたぁぁぁ――ッ!!」
西暦2014年10月下旬。
都内の総合病院の分娩室の廊下で、俺――佐藤拓也(34歳)は、両手で顔を覆いながら、とめどなく溢れ出る涙を抑えきれずにいた。
聞こえてきたのは、産声という名の小さな、だけど世界で一番力強い生命の響き。
看護師さんから「おめでとうございます! 3,100グラムの元気な女の子ですよ!」と告げられた瞬間、俺の足の力がガクッと抜け、廊下の壁に背中を預けながら崩れ落ちそうになった。
(ついに……俺が、父親に……っ!)
2000年11月、突然の転生(?)に戸惑いながら愕然としていたあの日の自分に教えてやりたい。
手書きのハガキに泣き、手取りの少なさに頭を抱え、リーマンショックの嵐に震えていたあの頃の俺には想像もつかなかった――こんなにも愛おしくて、温かい奇跡の瞬間が、自分の人生の未来に待っていたんだと。
病室のベッドで、額に汗を浮かべながらも穏やかな笑みを浮かべる妻・美咲の姿があった。
ベッドの脇に置かれた透明なコット(新生児用ベッド)の中では、スヤスヤと小さな寝息を立てる我が子が、小さな拳をギュッと握りしめて眠っている。
「美咲……本当にお疲れ様。頑張ってくれて、ありがとう……っ!」
俺は震える手で美咲の手を握りしめた。
美咲は優しい瞳で我が子を見つめながら、疲労の中にも満ち足りた笑顔を返してくれた。
「うん……。拓也、パパだよ。私たちのお姫様が、無事に産まれてきてくれたよ」
――こうして、平成の荒波を夫婦二人で泥臭く生き抜いてきた俺たちに、新しい家族という最高に愛おしい光が加わったのだった。
◆
...だが、感動の産声は長くは続かなかった。
我が家にやってきたのは、想像を絶する「子育てという名のリアルな生存ゲーム」だった。
「ひゃああああーーん! ギャーーーッ!!」
「わっ、また泣いた!? おむつか!? ミルクか!? どっちだ!?」
UR団地のリビングで、俺と美咲は一睡もできないまま、生後間もない長女(名前は「未来」と名付けた)の夜泣きコンボに翻弄されていた。
まず驚かされたのは、消耗品の恐ろしいまでの消費スピードだ。
「紙おむつ」と「粉ミルク」。
赤ちゃんの肌を守るため、数時間に一回のペースで容赦なく消費されていくおむつの山。そして、あっという間に底をつく大缶の粉ミルク。
令和の現代なら、ネット通販の定期便やポイント還元を駆使してスマートに調達できるのだろうが、この2014年当時はまだスマホアプリの買い物が完全に普及しきっているわけでもなく、価格の比較や実店舗での買い出しが基本だった。
「拓也、ボーッとしてないの! おむつがもうすぐ一箱なくなるから、今日の仕事帰りに西松屋とドラッグストアの特売をハックして、安い方をまとめ買いしてきて!」
「は、はいっ! ママ司令官!」
かつて会社の経費や手取りの少なさに頭を抱えていた俺は今、数円でも安いおむつの「1枚あたりの単価」を電卓で必死に計算し、西松屋のチラシを睨みつけるイクメン戦士と化していた。
さらに、美咲の『ベビーデフレハック』がここでも大爆発する。
「新品のベビー服なんて、どうせすぐにサイズアウトしちゃうんだから勿体ないわ!」
と、先輩ママ友やネットの譲り合いコミュニティ、さらにはリサイクルショップを駆使して、状態の良いお下がりやベビーグッズを驚異的な安さで調達。
「おもちゃもね、手作りの布おもちゃや、100均の安全な素材を組み合わせれば十分喜ぶのよ!」
と、かつての激安トライアングル作戦のノウハウを育児の現場にフル応用し、我が家の家計防衛を完璧に遂行していた。
妻のこの圧倒的な生活力と母の強さに、俺は毎日感服するしかなかった。
◆
だが、日々のオムツとミルクの奔流が少し落ち着いた頃、我が家のリビングで「新たな重大議題」がテーブルの上にドンと置かれた。
「――ねぇ拓也。そろそろ、未来の『教育資金』について真剣に考えなきゃいけない時期じゃない?」
夜、娘がスヤスヤと眠りについた静かなリビングで、美咲が真剣な顔つきで1冊のパンフレットを差し出した。
表紙に大きく書かれていたのは、当時の親たちの間で定番中の定番だった文字。
『確実にお金を残す! 子どものための「学資保険」』
「学資保険か……」
俺は腕を組み、うーんと唸り声を上げた。
【説明しよう!】
昭和から平成にかけて絶対的な安心感を誇った王道の仕組み『学資保険』!
2014年当時、子供が生まれた家庭がまず検討する金融商品の代名詞といえば、この学資保険だった!
毎月一定の保険料を払い続けることで、高校や大学の入学といった節目にまとまった満期保険金が受け取れる。さらに、契約者である親に万が一のことがあった場合、その後の保険料払込が免除されても満期金は全額保証されるという強力なメリットがあり、多くの家庭で第一の選択肢となっていたのだ!
一方で、銀行預金金利がほぼゼロに等しい超低金利時代への突入とともに、返戻率の魅力は以前ほど高まらなくなっていた過渡期でもあった!
「そうよ。ママ友たちもみんな『子どもの大学資金のために学資保険に入るのが当たり前』って言ってるの。元本割れの心配も少ないし、何より確実にお金を貯めやすいから安心じゃない?」
美咲の言う通り、当時の金利環境や世間の常識を考えれば、学資保険は最も堅実で「親としての正しい選択」に見えた。
だが――頭の片隅に、令和の記憶を持つ俺の中に、小さな疑問の芽がモヤモヤと湧き上がっていた。
(たしかに学資保険は手堅い……。親の万が一の保障がついているのも心強い。だけど……この歴史的な超低金利の時代に、十数年も現金を固定しちゃって、本当にインフレに勝てるのか……? 先日始まったばかりの『NISA』や、インデックス投資の積立を子どもの教育資金の選択肢に入れるのは……どうなんだ……?)
俺はパンフレットの隅と、手元にあるNISAや積立投資の資料を交互に見つめた。
【説明しよう!】
2014年当時に始まったばかりの『旧NISA』の仕組みと、その後の進化の軌跡!
この2014年にスタートした初代の「NISA(少額投資非課税制度)」は、年間投資枠100万円、非課税保有期間は最長5年間という仕様だった!
毎月の掛金に換算するとおよそ「月8万3千円」までが非課税枠の対象となり、投資で得た利益(値上がり益や配当)にかかる約20%の税金がまるまるゼロになるという画期的なものだった。
当時はまだ「つみたてNISA」は存在せず、一般NISAの枠内で投資信託などを購入する形だったが、「まずは国民に投資の第一歩を踏み出させる」という国の大きな方針転換の旗印だった!
この制度はのちに、2018年の「つみたてNISA(長期・積立・分散を支援する非課税枠)」の誕生を経て、令和の代には無期限・最大1,800万円の恒久的な「新NISA」へと大進化を遂げることになる。
子どもが生まれた2014年というまさにこの時期に、親世代がNISAの非課税枠を使ってインデックス投資の積立をスタートさせることも、将来の教育資金を準備する一つの選択肢になり得たのである!
「美咲……学資保険がすごく堅実で安心なのはよく分かるんだ。でもさ、ちょっと待ってほしいんだ」
俺は意を決して、慎重に言葉を選びながら切り出した。
「待ってほしいって……拓也、まさか学資保険に反対なわけ?」
美咲が少し怪訝そうな顔で俺を見た。
「反対ってわけじゃないよ! たださ、これからの時代、アベノミクスでインフレの方向に舵を切ってるだろ? 学資保険って、契約した時点で将来受け取る金額がある程度決まるだろ? 十数年先に物価が上がっていたら、その金額の実質的な価値が目減りしちゃう可能性があるんじゃないかって……」
「物価が上がって、お金の価値が目減り……?」
美咲は腕を組み、真剣な表情で考え込んだ。信用金庫職員として金融の現場にいる彼女だからこそ、その言葉の意味をすぐに理解したようだった。
「そう。それに、NISAの非課税枠を使って、毎月コツコツと全世界株式などのインデックスファンドに長期で積立投資をするっていう選択肢もある。もちろん投資だから元本保証はないけど、15年という長い時間を味方につければ、経済の成長とともに資産がインフレに負けず育ってくれる可能性だって十分にあるんだ」
リビングに、静かな沈黙が流れた。
ベッドの方から、未来の小さな規則正しい寝息だけが聞こえている。
美咲はゆっくりと息を吐き出すと、ふっと優しい笑みを浮かべて俺の前にパンフレットを置いた。
「……流されず、ちゃんと先の時代の経済まで考えてくれてたんだね、拓也は」
「いや、俺なんて全然……美咲ちゃんが真剣に聞いてくれるからさ」
「ううん。ママ友たちが『みんな入ってるから安心』だからって、思考停止で飛びつくのは私の性格にも合わないもの」
美咲は立ち上がり、冷蔵庫から冷たいお茶をグラスに注ぎながら、しっかりと前を向いた。
「ねえ拓也。どっちか一つに全額絞る必要って、あるのかな?」
「……え?」
「例えばね、万が一の時の死亡保障と確実なベースの安心感として、返戻率のバランスが良い学資保険を『最低限のライン』だけかけておくの。そして、それとは別に、私たちのNISA口座やこれからの積立投資の枠を活用して、未来のための教育資金を長期で育てるの。つまり、『守りの保険』と『攻めの積立』を組み合わせるのもアリよね」
「……!! それだぁぁぁぁーーッ!!」
俺は膝をバシッと叩いた。
流石は我が家の最高財務責任者(CFO)である美咲ちゃん。安心という「守り」と、未来の成長を狙う「攻め」をバランスよく組み合わせる、我が家なりの答えだ。
「完璧だ……! 流石我が家のCFO、美咲様! その作戦なら、元本割れの恐怖におびえることもないし、インフレへの耐性もバランスよく作れる!」
「ふふっ、でしょ? 子どもの未来を守るためなら、私たち親も賢く柔軟にならなきゃね♪」
こうして、長女・未来の誕生という人生最大のイベントをきっかけに、我が家は「学資保険の安心」と「NISAによる長期積立の可能性」を組み合わせた、我が家なりのライフプラン・防衛陣形を築いていくことにしたのだった。
◆
秋晴れの心地よい休日。
俺はベビーカーを押し、美咲と小さな未来と一緒に、近くの公園の並木道をゆっくりと歩いていた。
赤ちゃんの小さな手を包み込みながら、すやすやと眠る我が子の寝顔を見つめる。
平成の就職氷河期という凍てつく荒野から始まり、ITバブル、ライブドア、リーマンショック、超円高、そしてアベノミクスの夜明け――数え切れないほどの理不尽と泥臭い壁を、仲間たちと、そして愛する美咲と共に乗り越えてきた。
その道のりの果てに、今、俺たちの手の中にはこの温かくてかけがえのない命がある。
「ねぇ拓也、みくちゃん、すごく気持ちよさそうに寝てるね」
「ああ……世界で一番可愛いよ。なぁ、みく。パパとママが、どんな時代が来てもお前を絶対に守り抜くからな」
そう心に誓いながら、俺はベビーカーのハンドルをしっかりと握りしめた。
どんなに世の中が変わり、経済の波が荒れようとも。
知恵を絞り、固定費を守り、大切な人と手を取り合って歩んでいく俺たちの泥臭くも愛おしい人生の旅路は、これからもずっと、家族の温かい光に照らされながら続いていくのだ。
【次回予告!】
我が家に長女・未来が誕生し、親としての新たな一歩を踏み出した拓也と美咲!
しかし、子育て世代に次に立ちはだかるのは――『保育園の壁』と『ワーママ・ワーパパの葛藤』だった!
時短勤務の苦悩、病児保育の争奪戦、そして氷河期を共に生き抜いた仲間たちの現在の姿とは……!?
次回、第19話『保育園の壁とワーママ・ワーパパの葛藤』!
――保活という名の、新たなダンジョンが幕を開ける!
やってやろうじゃないの! 俺たちは!!




