第14話 日経平均6994円のどん底とUR賃貸防衛術
「……おいおい、マジかよ……。ニュースの画面、見間違いじゃないよな……!?」
西暦2008年、10月下旬。
社会人7年目、28歳になった俺――佐藤拓也(中身は2000年生まれのZ世代、身体は1980年生まれの28歳)は、会社の食堂のブラウン管テレビを見上げたまま、持っていたプラスチックの箸をぽろりと落とした。
画面に躍っていたのは、おどろおどろしい赤黒いテロップ。
『日経平均株価、場中一時 6,994円90銭 を記録――バブル後最安値を更新』
『世界同時株安の連鎖止まらず。金融暴風雨の中、日本市場は大きな冷え込みへ――』
6,994円90銭。
日経平均が7,000円の大台を割り込むという、日本経済全体が「詰んだ」ことを突きつける絶望的な数字。
(モロすぎるだろ、この数字……っ! 令和の時代、日経平均が4万円を超えて『非課税で積立放置しておけば楽勝で勝ち組www』とかイキってた過去の俺に見せてやりたいわ!! っていうか、あの非課税で勝手にお金が増える神制度……なんて名前だっけ!? ニー……ニート!? いやそれ俺が無職になるやつ! そもそもあの『一本で全世界に丸ごと投資できる神ファンド』も、なんて名前だったか全然出てこねぇ! オル……オルガン!? 楽器かよ!! 2008年のこの時代に概念や固有名詞が存在しないから、頭の中にモヤがかかって何ひとつ思い出せねぇんだ……!!)
(……っていうか待てよ!? バブル崩壊、ITバブル崩壊、ライブドアショック、そしてこのリーマンショック……どれも単体で激震級じゃないか!! もし下手にうろ覚えの知識で『未来で絶対伸びるから!』とかイキって、この時代に一部で過熱してた海外ハイレバFXやら株の信用取引に無理に手を出してたら、俺どうなってたんだよ……!? 暴落の追証で一転して莫大な借金、翔太どころの騒ぎじゃなくマジで退場(人生詰み)だっただろ……!!)
【説明しよう!】
西暦2008年当時の金融環境と取引リスク!
2010年に国内FXのレバレッジ規制(最大50倍、翌11年に25倍)が段階的に導入される以前、当時は高倍率の取引を扱う業者や取引環境が存在し、一部で加熱していた!
また株式の信用取引でも保証金以上の取引が可能なため、リーマン・ショックのような突発的な世界暴落が起きると、元本を超える多額の「追証(追加保証金)」が発生するリスクがあった!
令和時代の現物積立投資とは異なり、無謀なハイリスク取引は一瞬で莫大な負債を抱える危険を孕んでいたのである!
過去の自分の浅はかなイキりを猛省しながらも、俺の背中には冷や汗が流れていた。
仮に未来の投資知識を知っていたとしても、こんな荒波の中で手元の現金(種銭)が尽きたらおしまいだ。
さらに悲惨なのは実体経済だった。
画面には、大手自動車・電機メーカーの減産や、非正規雇用の雇用止め、寮の退去を命じられた人々のニュースが日夜流れていた。
『……今月に入って突然「契約更新はないから寮を出ていってくれ」と言われました。持ち金も底をつきそうで……。明日どうやって生きていけばいいのか……』
マイクを向けられた男性が、寒さで真っ赤になった鼻をすすり、声を詰まらせる。
そして職場で上司から冷ややかに告げられた現実。
「……佐藤、人ごとじゃないぞ。うちの会社もボーナスカットどころか、来月の残業代もゼロだ。雇用を維持するだけでカツカツなんだよ」
手取り給料は削られ、昇給も見込めない不安。2002年に就職氷河期をくぐり抜けて入社したはずの俺たちを、またしても激震が襲っていた。
◆
「……拓也、顔色が土気色だぞ。お通しの味噌汁、冷めてるぞ」
その日の夜。下町の大衆居酒屋で、城ヶ崎先輩が静かにホッピーのグラスを置いた。
隣に座る健太は、手に持った焼き鳥の串を握りしめたまま固まり、翔太は冷え切ったグラスの水滴をただ見つめて肩を落としている。
その時、店内の壁掛けテレビから、ニュースの音声が聞こえてきた。
『――大手各社は世界的な需要急減に伴い、大規模な人員削減や工場閉鎖を発表……』
『さらに新興IT・Web企業でも開発案件の凍結が相次ぎ……』
「……人員削減……?」
健太が乾いた声で呟き、喉を鳴らした。
「うちの会社の取引先もどんどん厳しくなっててさ……シフトも削られた。俺、このままクビになったら家賃払えねぇよ……」
「俺のところもさ……」
翔太が力なく首を振る。
「半年かけて準備してきた新規Webプロジェクト、今日の夕方、予算がゼロになって完全凍結されたよ……。また、最初からやり直しなのかよ……っ!」
翔太の目からポロポロと溢れ出す悔し涙。
居酒屋の喧騒の中で、俺たち若手の前に突きつけられたのは、あまりにも厳しい現実だった。
「城ヶ崎先輩……。株価は6,994円まで暴落して、ボーナスも消えて……テレビじゃ暗いニュースばかりで……。俺たち、どうやって生きていけばいいんですか……? 泥臭く働いても、手取りが削られたら厳しいじゃないですか……!」
俺が頭を抱えて叫ぶと、城ヶ崎先輩は深々と煙草の煙を吐き出し、落ち着いた目で俺たち3人をまっすぐに見据えた。
「何を焦っている、佐藤。健太も、翔太もだ。大雨の夜に外に出て傘を開くバカがいるか? 濡れない場所で体制を整えるのが鉄則だろうが」
「シェルター……? 社員の手取りが削られてるのに、どうやって……」
「固定費の削減だ。特に『住居費』だよ」
城ヶ崎先輩は、胸ポケットから1枚のパンフレットを取り出し、テーブルの上に置いた。
そこに書かれていたのは、赤いロゴマークと太い文字。
『UR賃貸住宅(旧・公団住宅)』
「……UR……? 団地ですか……?」
「侮るなよ」と城ヶ崎先輩が言う。
「更新料が必要な民間の賃貸物件に住むとどうなる? 更新のたびに家賃1〜2ヶ月分を取られ、入居時にも礼金や仲介手数料、保証人の手配を求められることが多い。だがUR賃貸はどうだ? 礼金ナシ! 更新料ナシ! 保証人不要! 仲介手数料ナシ!」
【説明しよう!】
城ヶ崎先輩が勧める生活防衛術『UR賃貸住宅』の特徴!
礼金・更新料・保証人・仲介手数料が不要という初期費用&維持費の抑えやすさに加え、公的な所得要件(平均月収の基準等)が設けられている。
敷地全体が計画的に整備されている物件も多く、敷地内に公園や広場、商店街、医療施設や保育施設などが隣接・完備されているケースもある!
将来を見据え、手元の現金を残しながら安全に暮らしたい若者やファミリー層にとって、有効な選択肢の一つなのである!
「更新料が発生しないということは、2年に一度訪れる大きな現金支出をゼロにできるということだ。固定費を極限まで抑えて、手元の現金を守る。……佐藤、お前、美咲ちゃんとそろそろ一緒に住むことを考えているんだろう?」
「え……っ!? な、なんでそれを……っ!?」
俺の顔が一気に熱くなった。
実は先週、美咲ちゃんと「手取りが減って二人とも一人暮らしを続けるのは厳しいよね……それなら、一緒に住んで固定費を折半した方が安心かも」という話を密かにしていたのだ。
城ヶ崎先輩はふっと口元を緩め、俺の肩を叩いた。
「二人で暮らせば、一人あたりの固定費は抑えられる。そこにUR賃貸のような選択肢を組み合わせれば、更新料の負担もなくなり、手元に確実に現金を残せる。……世間が揺れている時こそ、足元を固めて大切な人間と手を取り合うんだよ」
「……固定費の削減と、手元の現金の死守……!」
俺の脳裏に納得が広がった。
そうだ……! 未来の投資制度がどうこうじゃねぇ!
世の中が荒れて給料が削られるなら、最大の防衛策は「無駄な固定費を抑え、手元に現金を残すこと」なんだ!
「城ヶ崎先輩……! 俺、美咲ちゃんとUR見に行きます!!」
「おう、いってこい。……おい健太、翔太、お前たちも見てる場合じゃないぞ」
城ヶ崎先輩の視線が、2人に飛ぶ。
「えっ……!? 俺たちもですか……!?」
健太が目を丸くする。
「当たり前だ。URはファミリー向けだけじゃない。地域や団地によるが、1Kや1DKなどの単身者向けの間取りもある。民間アパートの更新料でビクビクするくらいなら、まずは会社の近くで単身者向けを探してみろ」
「更新料がいらない単身物件……! それ、今の俺たちにも助かりますね……っ!」
翔太が身を乗り出し、パンフレットを見つめる。
「よし……! 俺も近くのUR、候補に入れて探してみます!」
健太も頷いた。
不安が立ち込める居酒屋で、俺たち3人はそれぞれの生活を守るための具体的な道筋を見出し始めていた。
◆
数日後の休日。
澄み切った秋晴れの下、俺と美咲ちゃんは都郊外にある大規模なUR賃貸住宅を訪れていた。
敷地に足を踏み入れた瞬間、そこは広々とした緑と整った街並みが広がっていた。
「わぁ……! 拓也くん見て! 車道と歩道がちゃんと分かれてて、真ん中に大きな広場と公園があるよ! 木々も紅葉しててすごく綺麗……!」
美咲ちゃんが目を輝かせて声を弾ませた。
敷地内には遊具のあるプレイロットがあり、少し歩いた中央にはスーパーやドラッグストア、クリニックの入った商店街エリアも並んでいる。
「これなら……車を気にせず散歩できるし、買い物も敷地内で済むからラクだね……!」
美咲ちゃんが微笑む。
管理事務所で鍵を借りて内見に入ったお部屋は、築年数こそ経過しているものの、きれいにリノベーションされていた。
「すごーい! 2LDKだけど、ふすまが外されて広いフローリングのLDKになってる! ビルトインコンロのシステムキッチンもピカピカだし、お風呂も追焚機能付きに新調されてるよ!」
南向きの窓からは温かい陽光が差し込み、頑丈な鉄筋コンクリート(RC造)の構造は、どっしりとした安心感があった。
「……ねえ拓也くん。民間の同じ広さの物件だと家賃も高いし、更新料もかかることが多いでしょ? ここなら家賃も手頃で、更新料も礼金もかからないから、将来のために貯金するお金をちゃんと手元に残せるね」
美咲ちゃんは窓辺に立ち、あたたかな陽光を浴びながら、優しく微笑んだ。
「……世界中が大不況で、拓也くんの会社もボーナスが出なくなって……私も『これからどうなっちゃうんだろう』ってすごく不安だった。……でもね、こうやって二人で工夫して固定費を抑えていけば、ちゃんと暮らしていけるよね」
美咲ちゃんがスッと差し出してきた手を、俺は力強く握り返した。
「……うん! 美咲ちゃん、俺、絶対に美咲ちゃんを幸せにするから。会社がどうなろうが、株価がいくらになろうが、俺たちは二人で協力して、たくましく生き残ろう!」
仮申し込みの書類を手に取ったとき、「更新料ナシ」「礼金ナシ」の条件が、不況の真っ只中で俺たちの暮らしを守る確かな盾に見えた。
市場は救えなくても、大切な人と手を取り合って自分たちの暮らしを守る。
俺たちの歩みは、絶対に倒れない。
(見てろよ平成の荒波……! 俺たちは絶対に負けねぇぞ……!!)
◆
(※そしてこの年の年末から翌2009年年始にかけて、日比谷公園には職と住まいを失った人々を支援する『年越し派遣村』が開設され、あつあつの豚汁やカレーが配られる光景が連日報道されることとなる。平成のどん底を象徴するその映像は、日本中に大きな衝撃を与えるのであった――)
【次回予告!】
UR賃貸住宅というシェルターを活用し、不況の中で確かな生活防衛の城を手に入れた拓也と美咲!
しかし、平成の試練は更なる追い打ちをかける!
西暦2010年〜2011年、1ドル=75円57銭という前代未聞の「超円高」が日本経済を直撃!
輸出産業の悲鳴と、さらなる雇用の冷え込み!
だが、その暗闇の先で、拓也は人生最大の決断を下す――!
次回、第15話『超円高75円の衝撃とプロポーズ!』!
君は、ハサミの刃のように研ぎ澄まされた愛を見る――!
(つづく)




