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第13話 リーマン・ショック襲来!崩れ去る日常と暴風の音

「……おい拓也、嘘だろ……? アメリカの、あの超巨大投資銀行が……破綻したってのか……!?」


2008年9月16日、火曜日の早朝。

社会人7年目、28歳になった俺――佐藤拓也の携帯電話に、興奮と恐怖で声を震わせた井上翔太からの着信が入った。


「リーマン・ブラザーズが……経営破綻……!?」


出社前のワンルームの部屋で、俺はテレビのニュース画面に釘付けになった。

画面の中では、ニューヨークの街頭で自社のロゴが入ったダンボール箱を抱え、呆然とした表情でビルから出される社員たちの姿が映し出されている。

画面の字幕には、黒底に赤字で絶望的なニュースが流れていた。


『米投資銀行大手リーマン・ブラザーズが破産法適用を申請。負債総額は6000億ドル(約64兆円)と米史上最大……』

『東京株式市場は全面安。金融機関の連鎖破綻への恐怖から、市場はパニック状態に陥っています――』


「……64兆円……連鎖破綻……!?」


画面に映し出されるアナウンサーの引きつった顔、そして街頭インタビューで「もう終わりだ」「世界恐慌になる」と青ざめる投資家たちの映像。

1997年の山一證券破綻の時の、あの「日本中が凍りついた空気」が、今度は地球規模のスケールになって襲いかかってきたのだ。


(待てよ……! 株価がここまで暴落してるなら、安くなった銘柄を少しずつ買い集めれば……いや、ダメだ……! 上場企業の倒産リスクだって跳ね上がってるんだぞ!? どこが底かも分からないのに株に手を出すなんて、泥沼に自ら飛び込むようなもんだ……!!)


自分の考えの甘さに、背筋にツッと嫌な冷や汗が伝わり、思考がピタリと止まった。

そもそも、手取り20万円ちょっとでカツカツの暮らしをしている俺に、この暴風に耐えられる種銭なんて1円もねぇんだよ……!!


「知識があっても、世界そのものがひっくり返れば、個人なんて木ノ葉のように吹き飛ばされるだけだ……!」


俺は冷や汗を流しながら、画面の中で音を立てて崩れていく世界を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。



【説明しよう!】

2008年当時の日本の投資環境は、まさに『底なしの泥沼』だった!

令和で主流となる低コストな全世界株式インデックスファンド(例えば『eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)』など)が登場するのは、約10年後の2018年10月31日のこと!

当時の個人投資家の主力商品は、高い手数料を取られる「毎月分配型投資信託」が全盛期であり、高いレバレッジをかけたFX取引も広がり、相場の急変動によって大きな損失を抱える危険が常に隣り合わせだった!

さらに恐ろしいのは、初心者を手招きする数々の『トラップ』だ!

購入時に数%、保有しているだけで毎年高額な信託報酬(手数料)が削り取られ、利益が出れば容赦なく税金が徴収される!

人気を博した毎月分配型投信も、商品によっては暴落期に元本を取り崩して分配金を支払う形となり、資産が目に見える速さで減少していくケースが相次いだ!

未来が見えない素人が生半可な気持ちで投資商品を持っていれば、リーマン・ショックの暴風の中ではひとたまりもなく吹き飛ばされたのだ!

実際、当時の個人投資家はどうなったのか――?

相次ぐ暴落で含み損が大きく膨らみ、毎月手数料や元本割れで削られ続けた投資家たちは精神的に追い詰められた。

結果、激しい恐怖や損失に耐えられず市場から離れる投資家もおり、「投資なんて二度とやるか!」と、トラウマだけを残して去っていく姿も見られたのである。



暴風は、ニュースの画面の中だけにとどまらなかった。

それは、俺たちの泥臭い「日常」と「雇用」へ、容赦なく襲いかかってきた。


2008年10月上旬。

俺が勤める「東洋物流資材」のオフィスも、まるで通夜のような重苦しい沈黙に包まれていた。


「……佐藤、ちょっと来い」


課長に呼ばれて会議室に入ると、手渡されたのは1枚の社内通知だった。


「……冬のボーナス、全額カット……ですか!?」


「すまない、佐藤……。主要取引先である製造業の工場が輸出激減で相次いで減産に入り、ウチが扱っている梱包資材や物流便の注文がピタリと止まってしまったんだ。売掛金の回収も滞っていて、会社を潰さないためには固定費と人件費を極限まで削るしかない……」


課長は髪をかきむしり、デスクに両手をついた。


「........」


俺は何も言葉が出なかった...

残業は全面禁止。当然、残業代による手取りの底上げもゼロになった。

手取り20万円から、容赦なく生きる余力を削られていく現実。


◆

2008年10月10日、金曜日の夜。俺たちはいつもの居酒屋に集まった。

だが、かつてのように笑い合う余裕は、誰にもなかった。

その時、店内の喧騒を切り裂くように、居酒屋の壁にかかったテレビからアナウンサーの切迫したニュース報道が流れ始めた。


『――速報です。本日、国内中堅生命保険会社の大和生命保険が東京地裁に更生特例法の適用を申請しました。負債総額は2,600億円を超え……』

『――また、急速な景気悪化に伴い、大手自動車・電機メーカーでの大規模な雇い止めや、2009年卒の大学生に対する「内定取り消し」が深刻な社会問題となっています。街頭で怒りと不安を訴える人々の声です――』

画面が切り替わり、秋の冷たい風が吹く路上でマイクを向けられたニュース映像が流れた。

雇い止めに直面し、「来月末で契約終了と言われ、住む場所も失う。真面目に働いてきたのに……」と涙を浮かべ声を震わせる20代の派遣社員。

そして10月1日の内定式を終えたばかりにもかかわらず、「業績悪化で突然採用枠をゼロにされた。今さら言われても春からの人生どうすれば……」と、リクルートバッグを握りしめて途方に暮れる女子学生の姿。

画面の向こうの悲痛な訴えに、居酒屋の客たちの会話がピタリと止まり、店内が凍りついたような静寂に包まれた。



【説明しよう...】

リーマン・ショックの本当の怖さは、株価の暴落以上に『実体経済と雇用の即死』にあった。

輸出主導で潤っていた日本の製造業は大打撃を受け、真っ先にターゲットにされたのが派遣社員や期間社員などの非正規雇用者だった。

2008年秋から年末にかけて、全国で大規模な『派遣切り・期間切り』が吹き荒れ、職と住まいを同時に奪われた人々が街に溢れた。

さらに、内定式後の『内定取り消し』が相次ぎ、若い世代の未来を容赦なく脅かしたのである。

この未曾有の雇用の冷え込みが、のちに日比谷公園に開設される歴史的大問題『年越し派遣村』へと繋がっていくのだ...



「……俺の会社でも、派遣社員の契約更新見送りが決まったよ……」


木村健太が、手付かずのビールジョッキを見つめながら低く呟いた。


「ニュースの通りだよ。真面目に働いてた仲間が、来月には職場も寮も去らなきゃいけない。俺たちの給料だっていつカットされるか……。個人がどれだけ泥臭く努力したって、この暴風の前じゃ何の役にも立たないのかよ……っ!」


健太の握りしめた拳が、プルプルと震えていた。


「……俺は……また打たれなきゃならないのかな……」


向かいに座る翔太は、蒼白な顔で絞り出すように言った。

学生時代にドットコムバブル崩壊で挫折し、そこから地道に現場でITやWebの可能性を信じて働いてきた翔太。2006年のライブドアショックでも痛手を負いながら、懸命に這い上がってきた。

それなのに今回のリーマン・ショックで、関わっていた新規Webプロジェクトは予算が完全凍結され、白紙に戻されたという。


「ドットコムが弾けて、ライブドアで倒れそうになって……それでもITやWebの未来を信じてやってきたのに……。株も、会社も、世の中も……全部冷え切っちゃってさ……。俺たちが積み上げてきたものって、こんな簡単に崩れるものなのかよ……」


翔太の目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

個人の努力ではどうにもならない、圧倒的な時代の暴力。

相場の数字の向こう側で、俺たちの給料、雇用、そして将来の夢が、確かな音を立てて崩れていくのを感じていた。


「……何を全員でシケた顔をしてるんだ」


静まり返った座敷に、低く、だが芯のある声が響いた。

城ヶ崎先輩だ。2001年の超氷河期を泥臭く勝ち抜き、今や現場の店舗を束ねる城ヶ崎先輩が、静かにグラスを置いた。


「城ヶ崎先輩……」


「リーマンが潰れようが、株価が暴落しようが、俺たちが明日もメシを食い、生きていかなきゃならん現実は1ミリも変わらん。暴風が吹いている時に、無理に立ち上がって風に立ち向かう必要はないんだ」


城ヶ崎先輩は、俺たち一人ひとりの顔を真っ直ぐに見つめた。


「身を低くしろ。暴風が過ぎ去るまで、仲間同士で肩を寄せ合い、絶対に倒れないように固定費と生活防衛を整えるんだ。……佐藤、お前もだ」


「え……俺ですか?」


「お前と美咲ちゃんだ。二人で描いてきた将来を諦めるな。暴風の時こそ、生活防衛の実践が問われる。……そろそろ『あの場所』へ引っ越す覚悟を決めろ」


「あの場所……?」


「UR賃貸住宅だ」


城ヶ崎先輩の目が、鋭く光った。



【説明しよう!】

城ヶ崎先輩が授ける実戦知識『UR賃貸防衛術』!

礼金ナシ・更新料ナシ・保証人ナシ!

もちろん一定の収入基準などの入居条件や、物件ごとの家賃設定を見極める必要はあるが、初期費用を大幅に抑えられ、定期的な更新料の負担もないため、手取りが激減し将来への不安が募る不況下において、住居費をコントロールし手元の現金を死守するための非常に有効な選択肢となる!

単なる節約術を超え、「大切な仲間やパートナーと共に倒れずに生き残るための実戦の知識」なのだ!



「初期費用や数年ごとの更新料を抑えられるURへ移り、物件や家賃をしっかり比較したうえで住居費の負担を小さくする。浮いた現金を防衛資金として手元に残すんだ。会社や相場が狂っても、生活の土台さえ死守できれば、俺たちは絶対に倒れない!」


城ヶ崎先輩の力強い言葉に、俺の胸の奥で冷え切っていた火種が、カッと熱く燃え上がった。


(そうだ……! 未来の詳しい歴史なんて思い出せなくてもいい! 投資で無双できなくてもいい! 俺には、こうやって暴風の中で手を差し伸べてくれる城ヶ崎先輩がいて、共に悩んでくれる健太や翔太がいて、そして……傍で支えてくれる美咲がいるんだ……!)


2008年10月28日以降。秋の深まりとともに冷え込みが増す街角。

俺は美咲と一緒に、夕暮れの街を歩いていた。

ビル街の大型街頭モニターには、日経平均株価が場中に一時7,000円の節目を割り込み、6,994円90銭という歴史的な安値を記録したというニュースが映し出されていた。


「……拓也くん」


美咲が、泥臭く働いて少しくたびれた俺のスーツの袖をキュッと掴んだ。


「世界中が大変なことになってて……拓也くんの会社もボーナスが出なくなって……すごく不安だよね」


「……美咲ちゃん……」


「でもね、私、怖くないよ」


美咲は立ち止まり、不安を打ち消すように、あたたかい笑顔を俺に向けた。


「私たちが就活をしてた2000年の時だって、世の中は氷河期で真っ暗だったじゃない? 手書きのESを何百枚も書いて、全財産が1,550円になっても、私たちは笑って泥臭く乗り越えてきた。……だから、世界中が暴風になっても、二人で肩を寄せ合い、URで温かいごはんを食べていけば、絶対に大丈夫だよ」


「……美咲ちゃん……っ!」


暴風が吹き荒れる平成の空の下。

株価の数字がどれだけ暴落しようと、俺たちが積み上げてきた人との繋がりと愛は、絶対に暴落しない。


「……ありがとう、美咲ちゃん。俺、絶対に美咲ちゃんを幸せにするよ。この暴風を乗り越えて、二人で絶対に生き残ってみせる……!」


俺は美咲の手を力強く握りしめた。

冷たい時代の風の中で、その手の温もりだけが、何よりも確かな真実だった。


【次回予告!】

世界規模の金融危機は、ついに年末の日本を絶望のどん底へと突き落とす!

2008年10月28日、日経平均株価が場中に記録した最安値・6,994円90銭という、まさに「市場全体の詰み」を示す恐ろしい暗黒の数字!

株価が歴史的な安値を記録した後も、実体経済と雇用の危機は一向に収まらない!

街に吹き荒れる派遣切りの嵐と、日比谷公園に現れた『年越し派遣村』の厳しい現実!

だが、拓也たちは諦めない!

城ヶ崎先輩直伝の「UR賃貸防衛術」を発動し、生き残りをかけた極限の固定費削減作戦に挑むのだ!

次回、第14話『年越し派遣村とUR賃貸防衛術』!


――君は、時代の底を見る。

(つづく)

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