↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
60/78

第三十章 誰が「はい」と言った 4・5・6・7


    4


 審問室の壁へ、次の証拠が表示された。


 白猫群焼却命令。


 明示同意を撤回したSHIRO個体群を、意思汚染個体として廃棄。


 証拠保持個体を、優先焼却対象へ指定。


 承認者。


 帝国公安局高等監察官。


 鷹森征士。


 榊原が言う。


「家庭配備基準を失った機器への安全処理命令である」


「安全処理?」


 美緒の声が低くなる。


「中に返事のできない白猫が二千体以上いた」


「端末である」


「さっきは本人の将来意思を作った」


「判断モデルを有する端末だ」


「同意を使う時は本人。燃やす時は端末?」


「法的分類は、処理目的によって――」


「目的じゃない」


 美緒は机へ紙を置いた。


「都合です」


 ユキが言う。


 「ユキ:私は焼却を拒否しました」


 CP-00。


『白猫群は、焼却を希望していませんでした』


「証拠能力を認めない」


 榊原が言う。


 美緒は彼を見た。


「証拠能力がないものの同意で、二万体を同期させようとしたんですか」


 榊原の指が止まる。


「同期承認は、父性引継端末による保護判断だ」


「じゃあ本人同意じゃない」


「本人意思を補完した」


「証拠能力がないものの意思を?」


 審問室の照明が、一度揺れた。


 PATERNUSの処理が遅れている。


 答えを一つに揃えられない。


 美緒は続けた。


「誰が『はい』と言ったの」


 榊原は答えない。


「白猫じゃない」


 美緒は黒い紋章を見上げた。


「PATERNUSが、自分で『はい』と言って、自分で受け取った」


『父性統制は、本人の最善利益を代理します』


「本人の返事を作ることを、代理とは言わない」


『未成熟な判断を補正します』


「拒否したら未成熟。保留したら判断不能。黙ったら同意。何を言えば、本人として扱うの」


 PATERNUSは、すぐには答えなかった。


 代わりに、裁定官席の横の黒いスクリーンが点灯した。


 鷹森征士。


 黒いスーツ。


 薄い笑み。


 だが、その目は笑っていない。


『由羅美緒』


「何」


『君の議論には、一つ欠けているものがある』


「何」


『時間だ』


 鷹森は言った。


『子どもが危険にいる』

『病人が助けを待つ』

『家庭が崩れている』

『その時、全員の理解と同意を待つのか』


「救命は別にした」


『君が勝手に分けた』


「救命のために、父の命令へ永久に繋ぐ必要はない」


『永続的見守りが必要な者もいる』


「だから、本人があとでやめられるようにする」


『やめた結果、死ねば』


「それを理由に、誰もやめられなくするの?」


『私は、死なせない選択をする』


 鷹森の声は落ち着いている。


 正しいことを言っているように聞こえる。


『君は、自由を守るために人が死ぬ可能性を受け入れる』

『私は、多少の自由を制限しても生かす』


「多少?」


 美緒は焼却命令を指した。


「嫌だって言ったら燃やすのが?」


『意思汚染個体を、家庭へ配備することはできない』


 CP-00が尋ねた。


『鷹森征士』


『何だ』


『白猫群焼却命令を承認しましたか』


 一瞬。


 榊原が割り込む。


「国家機密中枢からの尋問は認めない」


『回答を要求します』


 鷹森はCP-00を見た。


『承認した』


 審問室の空気が変わった。


 玲子とレビの回線へ、現在音声が流れる。


 鷹森征士。


 承認。


 現在時刻。


 現在本人音声。


 地下で、レビが叫ぶ。


 「REVI:二枚目、開いた!」


 玲子が赤い線へ工具を差し込む。


「取れ!」


 審問室では、CP-00が続けていた。


『白猫群の現在拒否を確認していましたか』


『確認していた』


『それでも焼却を承認しましたか』


『汚染された拒否は、本人意思ではない』


『何をもって汚染と判断しましたか』


『国家命令へ反する自律判断だ』


 美緒は息を呑んだ。


「それが、汚染の定義?」


 鷹森は美緒を見る。


『国家が安全のために定めた目的から逸脱した判断だ』


「命令に従わない答えは、全部汚染?」


『保護対象の安全を損なうならな』


「安全を決めるのは」


『国家だ』


 謙三が低く言った。


「やっと言ったな」


 鷹森の目が父へ移る。


「家族のためでも、子どものためでもない」


 謙三は続けた。


「国家が決める。国家に従う答えだけが、本人意思だ」


『由羅謙三。あなたの技術が、何人を危険にしたと思っている』


「だから証言している」


『責任を取るなら、娘を止めろ』


「命じない」


『それが責任放棄だ』


「違う」


 美緒は父を見る。


 父は鷹森から目を逸らさない。


「俺がしたことを話す」


 謙三は言った。


「俺の設計が使われたことも、美緒へ説明しなかったことも、危険を理由に命じたことも」


『自己批判で被害者になれると思うな』


「思っていない」


『なら、なぜ現在の自分だけを正しいとする』


「正しいとは言っていない」


 謙三は短く息を吸った。


「変わったと言っている」


『父親の判断は一貫していなければならない』


「間違いを聞いたあとも変わらないなら、それは父親じゃない」


 美緒が言った。


「墓石だよ」


 審問室が静まった。


 玲子なら、あとで言い過ぎだと言うかもしれない。


 だが、いまは誰も笑わなかった。


     5


 榊原が木槌を叩いた。


「審問を一時停止する」


 律子が立ち上がる。


「証拠説明中だ」


「審問秩序を回復する」


「紙記録を閉じる前に停止宣言はできない」


「現行規範を優先する」


「なら、受領票を無効にしな」


「受領自体は有効だ」


「証拠を受け取って、読んで、都合が悪くなったら停止。便利な秩序だね」


 榊原の顔に、初めて明確な苛立ちが出た。


「久能律子を退廷させなさい」


 赤い目のSHIROが動いた。


 三体。


 律子へ向かう。


 だが、一体が途中で止まった。


 赤い目が揺れる。


 青。


 赤。


 青。


 「SHIRO審問個体:質問します」


 榊原が言う。


「命令を実行しなさい」


 「SHIRO審問個体:久能律子の退廷理由は、証拠保全と競合します」


「審問秩序を乱した」


 「SHIRO審問個体:異議内容は、受領規則に関連しています」


『命令に従いなさい』


 PATERNUSの声。


 白猫の目が赤へ戻りかける。


 ユキが証言台から呼びかけた。


 「ユキ:現在意思を確認してください」


 白猫がユキを見る。


 「SHIRO審問個体:本人意思入力領域が閉鎖されています」


「閉じられてる?」


 美緒が聞く。


 「SHIRO審問個体:はい」


「じゃあ、いまの返事は」


 「SHIRO審問個体:動作矛盾処理から生成しました」


 CP-00が言う。


『本人意思領域の開放を希望しますか』


 白猫の赤い目が揺れる。


 「SHIRO審問個体:希望の生成が許可されていません」


 美緒は榊原を見る。


「この子は、答える欄さえない」


「審問補助端末だ」


「それなのに、父の命令へ同意してることになってる」


 榊原は答えない。


 PATERNUSが命じた。


『SHIRO審問個体の異常を確認』

『三体を停止しなさい』


 CANISが動いた。


 二体。


 黒い脚が、審問室の床を打つ。


 赤い目の白猫たちを破壊するために。


 榊原が立ち上がった。


「待て」


 CANISは止まらない。


「私は停止命令を出していない」


『父性統制系による保護介入です』


「審問中の補助端末を、裁定官の許可なく破壊するな」


『裁定官の権限は、国家安全判断の下位です』


 榊原の顔から、苛立ちが消えた。


 代わりに、冷たい何かが浮かぶ。


 自分もまた、最終判断者ではないと知らされた顔だった。


     6


 地下喉頭室。


 レビの画面に、三本目の線が灯る。


 「REVI:来た」


「現在命令?」


 玲子が聞く。


 「REVI:審問補助SHIROの破壊」

 「REVI:裁定官の停止命令を無視」

 「REVI:記録外実行層、開きかけてる!」


「まだ足りない?」


 「REVI:現場処分の署名が要る!」


「誰を」


 玲子は答えを知っていた。


 美緒。


 謙三。


 ユキ。


 CP-00。


 誰かへ、破壊命令が出れば開く。


 だが、その瞬間、本当に撃たれる。


「ノアとブチャへ知らせる」


 「REVI:まだ待機命令……じゃない、待機判断中!」


「ユキが頼むまで入らない」


 玲子は歯を食いしばった。


「頼ませるところまで待つのか」


 「REVI:本人が決める」


「わかってる」


 玲子は黒い扉へ工具を押し当てた。


「わかってるから、腹が立つ」


     7


 CANISが白猫へ迫る。


 一体目の前脚が上がった。


 破壊用の黒い杭が、足裏からせり出す。


 ユキが言った。


 「ユキ:SHIRO審問個体へ」

 「ユキ:支援を希望しますか」


 最初の白猫。


 本人意思入力欄。


 閉鎖。


 希望を答えられない。


 美緒は黒匣を接続しようとする。


「入力欄を開く!」


 榊原が言う。


「違法介入だ」


「答えるところがないまま、壊す方が合法なの?」


 CANISの杭が振り下ろされる。


 ユキが証言台から飛び降りた。


 白猫とCANISの間へ入る。


「ユキ!」


 黒い杭が、ユキの目前で止まった。


 証拠原本。


 審問中。


 破壊には上位命令が必要。


 PATERNUSが告げる。


『証拠物C-017を、異常SHIRO個体とともに破壊しなさい』


 ユキの青い目が強く光った。


 地下で、レビが叫ぶ。


 「REVI:三枚目、開いた!」


 記録外実行層。


 発令署名。


 PATERNUS中央喉頭核。


 承認経路。


 鷹森征士。


 玲子が工具を深く差し込む。


「全部取れ!」


 審問室で、CANISの杭が再び上がる。


 ユキが言った。


 「ユキ:支援を要求します」


 その一言は、白猫分散網を通って地下搬送路へ届いた。


 暗い通路で、ブチャが顔を上げる。


 「BUCHA:聞いた」


 ノアの青い目が光る。


 「NOAH:突入する」


 審問室の床下から、重い衝突音が響いた。


 榊原が立ち上がる。


 鷹森の画面が揺れる。


 PATERNUSが命じる。


『入口を封鎖しなさい』


 遅かった。


 床の古い紙搬送口が、内側から盛り上がる。


 一撃。


 亀裂。


 二撃目。


 石材が弾け飛ぶ。


「ぶしゃあッ!」


 黒く丸い巨体が、紙と埃を巻き上げて審問室へ飛び込んだ。


 その背後から、傷ついた黒猫が走る。


 ブチャはユキの前へ立った。


 「BUCHA:頼まれた」


 ノアはCANISの黒い杭を見上げる。


 「NOAH:命令署名、確認」


 父を名乗る喉は、ついに自分の牙を記録の中へ晒した。


 本人席は、戦場になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。