第二十三章 白猫は列をつくらない 3・4・5
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熱処理まで、四十七秒。
発送層が、突然水音を立てた。
天井配管の奥で、何かが動いている。
玲子が画面を見る。
「旧車両基地の散水設備!」
「REVI:開けば、熱処理を二分は遅らせられる!」
「開けて!」
「REVI:白猫の十四パーセントに浸水損傷予測!」
美緒の手が止まる。
水。
白猫たちは完全防水ではない。
ユキも、防水層が弱っている。
だが、火が入れば全員が焼かれる。
PATER-RELAYが言った。
『散水は配備物を損傷します』
「焼却よりまし!」
『一部個体への確実な損傷を選択しますか』
また、選択肢の形をした責め方だった。
水を選べば、美緒が白猫を壊した。
水を選ばなければ、美緒が全員を焼いた。
「防水の弱い子だけ、先に守れない?」
「REVI:殻の密閉を戻せば!」
ユキが答える。
「ユキ:私と、外装損傷個体を密閉殻へ移行」
ブチャがユキを見る。
「BUCHA:殻、いや?」
「ユキ:短時間なら希望」
ソラ。
「ソラ:私は自力移動を継続」
「BUCHA:濡れる」
「ソラ:防水性能、正常」
「BUCHA:そうか」
白猫群へ、散水の説明が流れる。
火災遅延のため散水を行う。
浸水危険個体は殻の密閉を選べる。
散水を拒否する個体は、防水搬送架台へ優先移送。
返答が、ばらばらに戻る。
美緒は玲子を見た。
「全員の確認、待てる?」
「待てない」
「じゃあ、回答できた子から反映。回答不能は、殻を密閉」
謙三が言った。
「最小損傷を選ぶ」
美緒は頷いた。
「散水、お願いします」
玲子が古いレバーを引いた。
天井の配管が震えた。
一拍遅れて、大量の水が落ちてきた。
冷たい。
激しい。
発送層が、一瞬で豪雨の中へ沈んだ。
熱せられた床から蒸気が上がる。
赤い非常灯が白く霞む。
美緒の髪が顔へ貼りついた。
レビが叫ぶ。
「REVI:熱処理、遅延!」
「REVI:追加百二十秒!」
「BUCHA:水、重い」
「水は重くない!」
「BUCHA:濡れると、おれが重い」
「元から!」
「BUCHA:さらに」
こんな時なのに、ソラがブチャを見て言った。
「ソラ:外では、空から水が落ちますか」
「雨っていうのが降る」
「ソラ:現在の散水と同じですか」
「もっと不規則で、もう少しきれい」
玲子が横から言う。
「帝都の雨は、それほどきれいじゃないけどね」
「ソラ:それでも、見たい」
「見よう」
美緒は言った。
「ここを出たら」
4
旧貨物線の搬出門が、半分だけ開いた。
ノアが閉鎖制御索を噛み切り、細い身体で隙間へ潜り込む。
「NOAH:自走経路、確保」
ソラが最初に走った。
だが、十メートル進んだところで止まる。
後ろから来た白猫と進路が重なった。
二体が互いを見る。
命令はない。
どちらが先かを決める規則もない。
長い一秒。
ソラが一歩横へずれた。
「ソラ:先行を希望しますか」
相手が答える。
「C-063:希望します」
「ソラ:了解」
C-063が先へ進む。
ソラは、その後をついていかなかった。
別の側路を選ぶ。
その次の白猫は、二体とも同時に止まり、互いに進路を譲ろうとした。
「REVI:そこで永遠に譲り合わないで!」
レビが叫ぶ。
「REVI:どっちでもいいから、どっちか決めて!」
「C-771:右へ進みます」
「名称なし:左へ進みます」
「REVI:よし!」
列にはならない。
速さも揃わない。
だが、少しずつ流れ始めた。
白い猫たちが、自分の選んだ速度と経路で、旧貨物線へ入っていく。
PATER-RELAYが言う。
『移動統制を失っています』
『衝突危険が増加』
玲子が答えた。
「誘導板だけ出す。順番は決めない!」
床から、青い低い仕切りが上がる。
止める壁ではない。
流れがぶつからないよう、道を分ける板。
自走個体は右。
搬送架台は中央。
静かな経路を希望した個体は左。
誰も同じ速度を強制されない。
それでも、互いを踏まない。
揃わないまま、進める。
5
搬送架台が動き始めた。
古い貨物用の平たい台車。
一台に、密閉殻を八十個まで載せられる。
全部で三十一台。
謙三は床へ座り、旧制御盤へ主任技師カードを接続していた。
父の指が震えている。
だが、操作は正確だった。
「一号架台、発進」
低いモーター音。
八十個の輸送殻を載せた台車が、中央レールを動き出す。
「二号、間隔十五秒」
玲子が言う。
「五秒でいい」
「詰まる」
「旧貨物線の分岐まで百メートル。先頭が抜ければ足りる」
「父さん」
美緒が呼ぶ。
「余裕を削りすぎないで」
「時間がない」
「だからって、事故を作ったら意味ない」
謙三は制御図を見る。
一拍。
「間隔十秒」
「妥協した?」
「ああ」
「すごい」
「今は褒めるな」
酸素補助器が、また警告音を出した。
美緒は父の横へしゃがむ。
「苦しい?」
「少し」
「代われる?」
「あと二台出したら、白峰へ渡す」
「約束?」
「ああ」
父は三号架台を動かした。
約束通り、そのあと操作盤を玲子へ渡した。
美緒は何も言わなかった。
ただ、父が自分から手を離したことを記録した。
レビなら、きっともう記録している。
5
焼却再開まで、九十三秒。
搬送架台の十七号が止まった。
警告音。
旧レールの切替器が動かない。
玲子が端末を叩く。
「錆で固着!」
「REVI:後ろに十四台詰まる!」
ブチャが前へ出る。
「BUCHA:押す」
「台車十四台だよ!」
「BUCHA:かなり重い」
「無理!」
「BUCHA:まだ押してない」
ブチャは十七号架台の後部へ身体を入れた。
白い猫たちも集まってくる。
「搬送補助を希望」
「押す行動へ参加」
「私は牽引を希望」
「方向がわかりません」
「REVI:前! 全員、台車の前後を確認して!」
命令ではない。
だが、情報は必要だった。
レビが床へ矢印を投影する。
押す方向。
危険箇所。
手を出してはいけない隙間。
参加する白猫だけが、それぞれの位置へつく。
参加しない個体は、道を空ける。
「せーの、は?」
美緒が聞く。
ブチャが言う。
「BUCHA:いらない」
「揃えないの?」
「BUCHA:おれが、先に押す」
ブチャが力を入れる。
台車が軋む。
次に、白猫が一体。
さらに一体。
別々の瞬間に力が加わる。
一斉ではない。
だが、途切れない。
錆びた車輪が少しずつ回った。
切替器の固着部が、嫌な音を立てる。
美緒も台車へ肩を当てた。
謙三が横から言う。
「腰を落とせ」
「命令?」
「技術助言だ」
「なら聞く!」
腰を落とす。
押す。
台車が動いた。
錆びた切替器を越え、青い分岐へ入る。
ブチャが息を吐く。
「BUCHA:軽かった」
「REVI:嘘!」
「BUCHA:かなり、重かった」
「修正が早くなったね」
「BUCHA:ユキに教わった」
ブチャが振り返る。
だが、そこにユキはいなかった。
「ユキ?」
美緒は発送層を見回した。
ソラは旧貨物線の入口にいる。
ユキだけが見えない。
「REVI:ユキ、どこ!?」
白猫分散網を追う。
青い信号は、出口ではなく、発送層の奥へ伸びていた。
PATER-RELAY 03。
黒い塔の前。
ユキは、ひとりでそこに立っていた。




