第二十三章 白猫は列をつくらない 1・2
第二十三章 白猫は列をつくらない
1
熱処理開始まで、八十二秒。
天井の排気口が反転した。
冷却のための風が止まり、代わりに焼けた金属の臭いが吹き込んでくる。
発送層の赤い非常灯が、一斉に点滅した。
『配備不能物を処理します』
PATER-RELAY 03が告げた。
もう謙三の声には似ていない。
似せる必要がなくなったのだ。
命令へ従わせることを諦めた機械は、白猫たちをただの廃棄物として扱い始めていた。
「物じゃない!」
美緒は叫んだ。
『家庭配備基準を満たしません』
『意思汚染を確認』
『証拠汚染を確認』
『再利用不能』
「自分で考え始めたら、汚染なの?」
『統一判断を失った端末は、保護機器として不適格です』
発送層の防火扉が、上から降り始める。
ひとつ。
ふたつ。
長い空間が、いくつもの焼却区画へ分断されていく。
閉じ込めて、一室ずつ熱を入れるつもりだ。
レビが発送図を開いた。
「REVI:出口は正面搬出門、旧貨物線、保守昇降路!」
「REVI:三つとも閉鎖中!」
「開けられる?」
「REVI:一個ずつなら!」
「全部同時に」
「REVI:無茶!」
「二千四百八十体いるんだよ!」
「REVI:だから無茶なの!」
ノアが最寄りの防火扉へ走る。
「NOAH:閉鎖制御を切る」
ブチャは搬送架台を見回した。
透明な輸送殻の中で、白猫たちの目が次々と開いている。
だが、身体を動かせる個体ばかりではない。
感覚層だけを起動した個体。
動作系をまだ持たない個体。
自分で動くことを拒んだ個体。
何をしたいのか、判断を保留した個体。
全員を一斉起動させれば、今度は互いにぶつかる。
列を作らせれば早い。
命令すれば、もっと早い。
右へ進め。
止まるな。
搬出門へ走れ。
だが、それをすれば、さっき止めたものと同じになる。
美緒は黒匣を握った。
「ユキ」
「ユキ:応答」
「全員へ、三つだけ聞いて」
「ユキ:内容を要求」
「自分で動けるか。運んでほしいか。いまは答えられないか」
「REVI:答えられない子はどうするの?」
美緒は答えられなかった。
熱処理まで、七十三秒。
返事を待つ時間はない。
だが、返事がないから置いていけば、焼かれる。
返事がないから勝手に運べば、それも本人意思を無視することになる。
「父さん」
謙三は発送層の古い安全図を見ていた。
「意識のない人を、火事場から運ぶ時は?」
「運ぶ」
父は即答した。
「同意を取らずに?」
「取れないからな」
「それは、勝手に決めることにならない?」
「なる」
美緒は父を見る。
謙三は続けた。
「だから、していいことを狭くする」
「狭く?」
「火から遠ざける。呼吸を確保する。命を保つ。それ以上は、本人が答えられるようになるまで決めない」
父の目が、輸送殻の白猫たちへ向く。
「助けるために移動させることと、移動させた先で従わせることは違う」
玲子が古い制御盤を叩いた。
「緊急最小介入規範。災害医療の基底にあるはず」
「REVI:探す!」
黒匣と発送制御層へ、古い規則が開いた。
即時生命危険が存在する。
本人意思の確認が不能。
不可逆的処理を伴わない。
以上の条件を満たす場合、危険区域からの一時退避を実施できる。
退避後、本人意思を速やかに確認する。
退避を、収容・再配置・統制の同意として扱ってはならない。
「これなら」
美緒は言った。
「返事ができない子も、殻のまま運べる」
PATER-RELAYが割り込む。
『白猫個体は人命ではありません』
「さっきまで子どもって呼んでたでしょ!」
『家庭端末です』
「都合で変えるな!」
玲子が叫ぶ。
「規範の対象を、自律判断体まで拡張する!」
「REVI:本人意思領域を持つ端末は、緊急退避対象!」
「署名は?」
「REVI:施設基底管理と、現在意思を持つ対象個体!」
「MATER!」
美緒が呼ぶ。
上階から、損傷した声が返る。
『応答します』
「緊急最小介入規範を、白猫群へ適用したい」
『現在、白猫群に即時生命危険があります』
「適用を希望する?」
『……希望します』
施設基底署名。
有効。
「ユキ」
「ユキ:適用を希望」
「ソラ」
「ソラ:自力移動不能個体への一時退避を希望」
対象個体代表署名。
有効。
「代表だけでいいの?」
美緒が聞く。
「REVI:全員への命令権じゃない!」
「REVI:退避手段を開くための証言者署名!」
「REVI:本人が答えられる子には、個別に聞く!」
美緒は頷いた。
「実行して」
黒匣が青く光った。
白猫群緊急退避。
開始。
2
透明な輸送殻へ、三つの表示が現れた。
自力移動を希望。
搬送支援を希望。
回答保留。
そこへ、四つ目の表示が加わる。
現在、回答不能。
最初に反応したのは、地下三層のC-1187だった。
「C-1187:自力移動を希望」
輸送殻が開く。
白猫は前脚を床へついた。
一歩目で、身体が傾く。
二歩目で止まる。
「C-1187:歩行能力が、予測より低い」
「運ぶ?」
美緒が聞く。
「C-1187:搬送支援へ変更を希望」
「変更していいよ」
すぐ横の個体。
「識別名なし:回答保留」
さらに隣。
「C-2073:殻から出たくありません」
「殻のまま運べる」
「C-2073:それを希望」
別の個体。
「C-992:ここに残ります」
ブチャが顔を向ける。
「BUCHA:燃える」
「C-992:移動が怖い」
「BUCHA:燃える方が怖い」
「C-992:比較不能」
美緒はC-992の輸送殻へ近づいた。
「ここに残りたいっていうのは、動きたくないってこと?」
「C-992:はい」
「燃えたい?」
「C-992:いいえ」
「じゃあ、殻を動かしてもいい? 中から出なくていい」
長い沈黙。
熱処理まで、五十九秒。
「C-992:殻の状態を維持するなら、搬送を希望」
「わかった」
ブチャが言った。
「BUCHA:持つ」
「C-992:私の殻は重量十八・四キログラム」
「BUCHA:軽い」
「REVI:ブチャ基準は参考にならない!」
次々と回答が入る。
「自力移動を希望」
「搬送支援」
「判断保留」
「殻のまま搬送」
「ユキと同じ経路を希望」
「人間から離れた経路を希望」
「静かな場所を希望」
「質問の意味がわかりません」
「回答不能」
全部、違った。
玲子が頭を抱える。
「これを一分で仕分けろって?」
「REVI:やるしかない!」
「列にしないと詰まる!」
美緒は発送層を見回した。
搬送架台。
旧貨物レール。
天井の保守索。
三つの出口。
揃わなくても、ぶつからずに出す方法。
「列じゃなくて、道を分ける」
「どう分けるの」
「自力で動く子は、旧貨物線。殻のままの子は搬送架台。人や猫から離れたい子は保守昇降路」
「REVI:回答保留は?」
「いまいる殻ごと、一時退避架台へ。決められるまで開けない」
「REVI:回答不能は?」
「緊急最小介入。殻のまま運ぶ。安全な場所へ出たら、もう一度聞く」
謙三が頷く。
「それでいい」
「父さんは?」
「何がだ」
「どの道を担当する?」
謙三は少しだけ美緒を見た。
自分が指揮すると言いかけたのかもしれない。
だが、言わなかった。
「搬送架台の旧制御を開く」
「動ける?」
「座って操作する」
美緒は父の顔を見た。
「途中で苦しくなったら?」
「言う」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ、お願い」
謙三は短く頷いた。
「引き受ける」




