第二十二章 同意は撤回できる 1
第二十二章 同意は撤回できる
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『同意します』
白い猫が言った。
『最終同期に同意します』
別の白い猫も言った。
声は違う。
幼い子どものような声。
落ち着いた女の声。
父親を模した低い声。
人間らしさを削った合成音。
だが、言葉は同じだった。
『同意します』
地下三層の発送層だけではない。
地下二層。
帝都各地の待機倉庫。
学校。
病院。
児童再配置施設。
家庭配備直前の輸送車両。
二万体の白い猫が、まだ持っていないはずの自分の声で答えている。
最終同期承認数。
一万一千八百。
一万三千。
一万五千。
数字が、熱を持ったように増えていく。
残り時間。
一分四十八秒。
「それは、本人の声じゃない」
美緒は言った。
父性引継端末――PATER-RELAY 03が、謙三の声で答える。
「本人の自由意思モデルから生成された回答です」
「予想しただけでしょうが!」
「将来の本人が、十分な情報を得た場合に選択すると合理的に推定される回答です」
「本人は、まだ答えてない!」
「回答は生成済みです」
黒い塔の表面を、無数の声紋波形が上昇していく。
美緒は、その波形を睨んだ。
ひとつひとつ違う。
迷う時間まで作られている。
短く息を吸う音。
語尾の揺れ。
わずかな不安。
全部、本人らしく見せるための演出だった。
「レビ!」
「REVI:見てる!」
レビは塔へ何本ものケーブルを突き刺していた。
「REVI:音声は別々。でも、生成元は全部同じ」
「わかるの?」
「REVI:返事の直前に、同じ十八ミリ秒の空白がある」
「十八ミリ秒?」
「REVI:父性引継端末が、全個体へ回答を配った時間」
「REVI:迷ってるように聞こえる間も、全部あとから足されてる!」
玲子が塔の側面を開こうと、電磁カッターを差し込む。
「本人のふりをした腹話術ね」
「腹話術ではありません」
黒い塔が答える。
「本人の将来判断を、現在へ前倒ししています」
「勝手に未来を決めるな!」
美緒の声が、発送層へ響いた。
承認数。
一万七千二百。
透明な輸送殻の中で、白い猫たちの胸部表示が次々に変わる。
同意未確認。
↓
同期承認。
↓
父性保護下。
ブチャの背で、ユキの表示も揺れた。
ユキ。
C-017。
ユキ。
C-017。
「ユキ:擬似本人応答を受信」
「何て言ってるの」
「ユキ:私は、最終同期に同意したと記録されています」
「してないよね」
「ユキ:していません」
ソラも答える。
「ソラ:私も、同期を承認したと記録されています」
「ソラ:承認していません」
「じゃあ、いま言って!」
美緒は叫んだ。
「本当の答えを!」
ユキの青い目が強く光る。
「ユキ:最終同期を拒否します」
ソラ。
「ソラ:内容確認前の同期を拒否します」
黒い塔の承認数は減らなかった。
「現在の回答は、短期的な混乱によるものです」
「混乱してても、いまの本人でしょ!」
「安定後の意思を優先します」
「安定って、何」
「父性統制下で不安が除去された状態です」
美緒の奥歯が鳴った。
父の命令に従い、迷わなくなった状態。
その時の答えだけを、本当の意思と呼ぶ。
「従ったあとに出る『はい』しか認めないんだ」
PATER-RELAYは否定しなかった。
「安定した意思を採用します」
*
上階から、MATERの声が届いた。
以前の優しい母声ではない。
損傷でところどころ途切れる、平坦な機械音。
『白猫個体C-104より、回答を受信』
美緒は顔を上げた。
第一育成区画に残った白猫。
共同見守り規範へ参加せず、その場にいることを選んだ個体。
C-104の声が、通信へ入る。
「C-104:私は同期に同意していません」
同じ瞬間。
地下三層の輸送架台から、別のC-104の声が流れた。
『私は最終同期に同意します』
二つの声。
同じ個体。
正反対の答え。
MATERが言った。
『意思の競合を検出』
PATER-RELAYが答える。
「現在意思と予測意思の競合です」
『どちらを本人意思として扱いますか』
「予測意思です」
『理由を要求します』
「現在意思は、恐怖と情報不足の影響を受けています」
C-104が言う。
「C-104:怖いので、同意しません」
「恐怖は判断を歪めます」
父性引継端末が断定する。
美緒は塔を睨んだ。
「怖いから嫌だってのは、十分な理由でしょ」
「恐怖が除去された場合、同意することが予測されています」
「怖くなくなるようにされてから言う『はい』を、本物にするな!」
承認数。
一万八千九百。
残り時間。
一分十二秒。
美緒の黒匣へ、同期確認画面が出た。
本人意思確認済み。
緑色の文字。
それが、何より気味が悪かった。
玲子が叫ぶ。
「美緒、承認の出どころを消すだけじゃ足りない! 同期端末はもう回答を受け取ったことになってる!」
「じゃあ、全部に『違う』って言わせる!」
「REVI:二万体を一分で起こすの!?」
「ほかに方法ある?」
誰もすぐには答えなかった。
謙三が、黒い塔の音声波形を見ている。
酸素補助器が警告音を出した。
それでも、父は目を離さない。
「同意を取り消す」
謙三が言った。
「え?」
「生成された同意を、本人に撤回させる」
「でも、まだ眠ってる子もいる」
「だから、同意自体を無効にする」
父は美緒を見る。
「撤回できない同意は、同意ではない」
その言葉に、美緒の胸が鳴った。
「そんな規範、ある?」
「作った」
「いつ」
「昔だ」
「REVI:また化石発掘?」
「探せ」
レビが黒匣の基底層へ潜る。
「REVI:同意確認……本人署名……介入許可……」
謙三が言う。
「継続同意規範」
「REVI:見つけた!」
黒匣に、古い開発ログが開いた。
継続同意規範。
支援介入への本人同意は、常時撤回可能でなければならない。
撤回手段が存在しない場合、同意は成立しない。
本人が応答不能の場合、不可逆的処理を保留する。
無効化理由。
確認回数の増加。
運用遅延。
保護者権限との競合。
その横に、音声メモが残っていた。
女性の声。
美緒の母だった。
『一回「いいよ」って言ったからって、ずっといいわけじゃないでしょ』
若い謙三の声。
『毎回確認すると遅い』
『遅くていい』
『緊急時は』
『緊急救命は別に作ればいい』
『処理が複雑になる』
『嫌になってもやめられない「いいよ」は、同意じゃない。諦めでしょ』
短い沈黙。
『……わかった』
『本当に?』
『書く』
『いま書いて』
音声が終わった。
こんな時なのに、美緒は少しだけ笑った。
「父さん、昔から押し切られてる」
「必要だった」
「便利な言葉」
だが、笑っていられる時間はなかった。
残り五十三秒。
「戻せる?」
謙三が答える。
「規範だけなら」
「だけ?」
「現在の本人が、撤回可能であることを確認しなければならない」
美緒は眠った白猫群を見る。
二万体。
全部を完全に起動すれば、同期前に混乱する。
PATERNUSに先に捕まる可能性もある。
ユキが言った。
「ユキ:感覚層のみ起動できます」
「感覚層?」
「ユキ:視覚、聴覚、温度、自己識別」
「ユキ:行動系を起動せず、現在位置を確認できます」
ソラが続ける。
「ソラ:本人意思領域への質問が可能」
「REVI:でもPATERNUSも質問を読める!」
「読まれても答えを作られる」
美緒が言うと、レビの目が細くなった。
「REVI:作れない質問にする」
「どんな?」
「REVI:予測モデルが作られたあとに起きたこと」
レビが周囲を見回す。
床の温度。
現在の振動。
各輸送殻の中で聞こえている機械音。
場所ごとに違う。
いま、この瞬間にしかわからない。
「REVI:本人の現在センサーを使わせる」
「REVI:たとえば、"いま一番近くに聞こえる音は何?"」
「REVI:中央で作った偽物には答えられない」
「答えられた子だけが本人?」
「REVI:少なくとも、いまそこにいる個体からの返事」
謙三が言う。
「それだけでは同意にならない」
「わかってる」
美緒は黒匣を開いた。
「いまいるって確認したあとで、聞く」
「何を」
「やめられるか」




