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第十五章 白猫の設計図 2

   2


 美緒の胸が強く鳴った。


 昨日、白い猫に打ち込んだ命令。

 監察塔で書き換えた補助命令。

 地下で、発砲線を遮らせた命令。


 あれは偶然ではなかった。

 反撃の形そのものだった。


「できるの?」


 美緒が聞いた。


 謙三は一拍置いた。


「俺だけでは無理だ」


 美緒は父を見た。


 謙三も、美緒を見ていた。


「NYATが要る」


 ノア、レビ、ブチャの視線が同時に上がる。


「それと、おまえが要る」


 美緒は息を止めた。


「……あたし?」


「継承モジュールは、俺の権限を渡すだけのものじゃない」


 謙三は黒匣を開き、内部ログを表示した。


 そこには、美緒の名前があった。


 由羅美緒

 生活反応ログ

 保護判断補正

 自由意思干渉禁止基準

 拒絶反応優先記録


「何これ」


「NYATが、おまえを守る中で学んだ記録だ」


 謙三は静かに言った。


「どこまで近づけば守ることになるか。どこから先は自由を奪うことになるか。おまえが嫌がる命令。おまえが自分で選んだ行動。泣きながらでも進んだ時の判断」


 美緒は、画面から目が離せなかった。


 自分の泣き顔。

 怒り。

 逃げたこと。

 立ち止まったこと。

 父を助けに行ったこと。

 白い猫を止めたこと。

 父を置いてでも、次の鍵を取りに行ったこと。


 それらが、ただの記録ではなく、命令の限界線になっている。


「白い猫には、それがない」


 謙三は言った。


「だから人を守れない。従わせることしかできない」


 玲子が低く呟く。


「心のない機械に、心っぽい声だけ載せたわけね」


「そうだ」


 レビが尻尾を震わせた。


 「REVI:さいあく」

 「BUCHA:きらい」

 「NOAH:なら止める」


 ノアの声は短かった。


 だが、その短さが頼もしかった。


 美緒は黒匣を見た。


「じゃあ、あたしたちがMATERを書き換えれば、白い猫は変わる?」


「一時的には」


 謙三は答える。


「完全に変えるには、中枢へ直接入る必要があるんだ」


「場所は?」


 玲子が聞く。


 謙三はMATERの系統図を拡大した。


 中心から、さらに下層へ一本の太い線が伸びている。

 その先に、施設名が表示された。


 帝都福祉情報庁

 統合育成庫

 旧星見線地下第三車両基地


 美緒はその名称を読み、顔をしかめた。


「育成庫……?」


 玲子の声が低くなる。


「白い猫の孵化場ね」


 謙三はうなずいた。


「試験機、家庭配備機、学校配備機。全部そこで最終学習を受ける」


「最終学習って、何を?」


 謙三の沈黙で、美緒は嫌な予感がした。


 答えたのは玲子だった。


「家族の声。泣き声。怒鳴り声。謝罪。遺言。そういうものを食わせてるんでしょ」


 謙三は否定しなかった。


 倉庫の空気が、また冷たくなった。


 白い猫は、家族の声を真似る。

 なら、その材料はどこから来るのか。


 監察塔。

 家族連絡区画。

 拘置所。

 学校。

 病院。


 そこから集められた声が、白い猫の中に入っている。


 誰かが泣いた声。

 誰かが助けを求めた声。

 誰かが最後に呼んだ名前。


 それを、帝国は教材にしている。


 美緒の奥歯が鳴った。


「絶対に止める」


 その声は、自分でも驚くくらい静かだった。


「壊すだけじゃなくて、止める。二度とそんな声を使わせない」


 謙三は美緒を見た。


「危険だ」


「知ってる」


「俺たちが入れば、向こうはNYATを奪いに来る」


「知ってる」


「おまえを取られれば、MATERは完成する」


 その言葉に、美緒は一瞬だけ動きを止めた。


「……あたしを?」


 謙三は画面を切り替えた。


 そこには、監察側の解析文書が表示されていた。


 不足要素:由羅系譜判断体

 推定補完対象:NYAT三個体および由羅美緒

 目的:保護命令と服従命令の統合


 美緒は背筋が冷えた。


「何、それ」


 玲子が低く吐いた。


「つまり、あいつらは美緒を使って"もっと自然に支配する白い猫"を作りたいわけ」


 「REVI:きもちわるい」

 「BUCHA:つぶす」

 「NOAH:近づけさせない」


 謙三の声は硬かった。


「だから俺は黙っていた」


 美緒は父を見る。


「またそれ?」


「事実だ」


「だからって、言わない理由にはならない」


 謙三は黙った。


 今度は、美緒も引かなかった。


「父さんが隠したら、あたしは何も知らないまま取られるかもしれない。知ってたら、対策できる」


 少し前なら、こんな言い方はできなかった。


 父に守られる娘だった。

 泣いて、怒って、それでも父の背中を追うだけだった。


 でも今は違う。


 美緒は、父の技術を継いだ。

 猫たちと一緒に戦った。

 白い猫を止めた。

 承認鍵を奪った。

 父を外へ出した。


 知らないまま守られる場所には、もう戻れない。

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