表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/53

第十四章 地下特別移送区 3

 

   3


 移送官達の残りが体勢を立て直し、奥の通路から増援の足音も迫っていた。

 鷹森もすっ転んだままではなく、すでに立ち直りかけている。

 鳴瀬の高音も、完全には死んでいない。


 玲子が叫ぶ。


「美緒、椅子のロック全部落とせ!

 謙三、立てる!?」


 謙三は、解放された手首を見下ろし、それから短く答えた。


「立つ」


「そう言うと思った!」


 美緒は拘束椅子の最終ロックを切る。

 謙三が、ゆっくり立ち上がる。


 ふらつく。

 でも倒れない。


 その姿を見た瞬間、美緒の胸に、言葉にならないものが込み上げた。

 ようやく、ほんとうに"外へ出せる状態"になったのだ。


 鷹森が、立ち上がりながら低く言う。


「解除までやるか。

 予想以上だな」


「うるさい!」


「だが、それで終わりだと思うな」


「終わりにするのはあんたの方!」


 美緒は承認卓の画面を叩く。


 地下特別移送区の見取り図。

 搬送レール。

 緊急排出路。

 そして、地下貨物搬出口へ繋がる保守レール。


「玲子さん! 出口!」


「左奥、排出路C!

 でも途中の隔壁が監察権限で――」


「権限ならある!」


 美緒は奪った承認鍵とリングで、排出路Cを強制開放した。


 重い隔壁が、ガコン、と開き始める。


 巨大な空間が現れた。


 その向こうには、真っ暗な貨物トンネルが見える。


 「NOAH:道、開いた」

 「REVI:でも来る!」

 「BUCHA:だったら押す」


 白い保護優先個体たちが、なぜか自分から移送官と美緒たちの間へ割りこみ、発砲線を遮るように立つ。


 「被拘束者保護」

 「避難路確保」


 それは心じゃない。

 命令だ。


 でも、少なくとも今この瞬間だけは、白猫達は美緒たちを守る側へ立っている。


 美緒はそれを見て、短く言った。


「ありがと」


 鷹森の目が、その一言でほんの少しだけ細くなる。


「機械に礼を言うのか」


「人に言っても通じない時は」


 その返しに、玲子がちょっとだけ笑った。


「言うようになったわね」


「誰のせいだと」


「育てた覚えはある」


「半分だけ認める!」


 その掛け合いの最中にも、ブチャは謙三の前へ出て盾になり、ノアは移送官の無線を潰し、レビは地下電子マップを改ざんして追跡班を逆方向へ流していく。


「父さん!」


 美緒が手を伸ばす。


 謙三は一瞬だけそれを見て、それから、自分の足で一歩踏み出した。


 その一歩が、ひどく重く、でも確かだった。


「行くぞ」


 その声はまだ低い。

 でももう、囚人の声じゃない。


「うん!」


 美緒は父の腕を支える。

 玲子が後ろを押さえる。

 ノア、レビ、ブチャが走る。


 貨物トンネルへ、全員が飛び込んだ。


 貨物トンネルは、まるで巨大な獣の食道みたいだった。


 暗い。

 長い。

 湿っている。

 でも、まっすぐ外へ伸びている。


 背後で、地下特別移送区の警報が遠ざかる。

 怒号。

 銃声。

 白い猫の補助音声。

 鳴瀬の歪んだ高音。


 全部が、だんだん後ろへ流れていく。


 謙三の歩幅は、正直危うかった。

 でも、自分で歩いていた。


 そのことが、美緒には何より大事だった。


「平気?」


 思わず聞くと、謙三は前を向いたまま答える。


「平気じゃない」

「だよね」

「だが歩く」

「知ってる」


 それだけで、少しだけ笑ってしまう。

 こんな状況なのに。


 後ろから玲子が言う。


「感動の再会、もうちょい場所選んでくれない?

 追われてる最中なんだけど」


「玲子さんも口減らして!」

「無理」


 「REVI:前、分岐!」

 「NOAH:右は外、左は封鎖」

 「BUCHA:右」


 右へ曲がる。


 その瞬間、トンネル全体に重い振動が走った。


「っ……!」


 天井から粉塵が落ちる。


 玲子が舌打ちした。


「隔壁落としに来た!」


 つまり、鷹森はもう、このトンネルごと潰すつもりだ。

 逃がす気なんか、最初から少しもない。


「美緒!」


 玲子が前を指差す。


 トンネルの先に、手動の貨物搬出ゲートがある。

 でも閉まりかけていた。


 残りは、人ひとりが滑りこめるかどうか。


「ブチャ!」


 「BUCHA:おう」


 ブチャが先に走る。

 丸い体で、閉まりかけたゲートの下へ潜りこむ。

 そのまま全身で支える。


 ギギギギ……と金属が悲鳴を上げる。


「行け!」


「父さん、先!」


「美緒が先だ」

「今それやってる場合じゃない!」


 結局、二人同時だった。


 美緒が先に身体を滑りこませ、外から謙三の腕を引く。

 玲子が後ろから押す。

 ノアが先に抜け、レビがギリギリで飛びこみ、最後にブチャがほとんど押し潰されるみたいに外へ飛び出した。


 直後、貨物ゲートが完全に閉まる。


 ごん、と重い音。


 その向こうで、地下トンネルの隔壁が落ちたのがわかった。


 しばらく、誰も動けなかった。


 外は、朝だった。


 監察塔の裏手に繋がる廃棄搬出路。

 コンクリート。

 錆びたフェンス。

 薄い朝焼け。

 降り残った雨が、路面にまだ細く光っている。


「……出られた」


 美緒の声は、息と一緒にこぼれた。


 本当に、出た。


 しかも。


 目の前には、父がいる。


 謙三が、外の空気を一度だけ吸いこんで、それから小さく咳きこんだ。


 「REVI:お父さん、いま感動するターンだよ」

「うるさい」


 反射みたいに返したその声音に、美緒の目の奥がまた熱くなる。


 変わってない。

 痩せたし、傷も増えたし、前よりずっと無茶な顔になってる。

 それでも、父は父のままだった。


「……ほんとに出たね」


 美緒が言うと、謙三は短くうなずく。


「ああ」


 たったそれだけ。

 でも、それで十分だった。


 玲子が壁にもたれ、ようやく大きく息を吐いた。


「ったく……胃に悪い親子」


「玲子さんが途中で煽るからです」

「事実確認よ」

「絶対違う」


 「NOAH:まだ終わってない」

 「BUCHA:うん」

 「REVI:追跡、来る」


 その一言で、全員が現実へ引き戻される。


 そうだ。

 奪還はした。

 でも、終わったわけじゃない。


 鷹森は生きている。

 鳴瀬もいる。

 帝国そのものは、まだ東京の上に腹這いになっている。


 それでも。


 美緒は、隣に立つ父を見た。


「……次、どうする?」


 この問いを、自分の口で言えたことが少しだけ不思議だった。

 前なら「助ける」しか見えていなかった。

 今は違う。


 謙三は、フェンスの向こうの朝の街を見た。


「網を繋ぐ」


 その答えは、やっぱり父らしかった。


「白い猫はもう、拘置所だけの問題じゃない。

 外の世界、家族連絡区画も、学校も、居住塔も、全部やられる」


 美緒はうなずく。


「うん」


「だから――」


 そこで謙三は、初めて真正面から美緒を見る。


「一緒にやるか」


 一瞬、言葉の意味がわからなかった。


 次の瞬間、胸の奥が熱くなる。


 守るとか、置いていくとか、先に行けとか。

 そういう言い方じゃない。


 一緒にやるか。


 たったそれだけで、いままでの全部が少しだけ報われた気がした。


「……うん」


 泣きそうになるのをこらえながら、美緒は笑った。


「その台詞、最初から言ってよ」


 謙三は、ほんの少しだけ困ったみたいな顔をした。


「苦手だ」

「知ってる」

「でも言った」

「うん。ちゃんと聞いた」


 ノアが静かに目を細める。

 レビは尻尾を立てた。

 ブチャは相変わらず無愛想だけど、少しだけ胸を張った。


 朝の光は、帝国の黒い塔の輪郭をうすく削っていく。

 まだ世界は何も変わっていない。

 でも、美緒たちの立ち位置は、もう変わった。


 由羅美緒。

 由羅謙三。

 白峰玲子。

 そして三匹の猫。


 逃げる側じゃない。

 今度は、噛みつき返す側だ。


 美緒は黒匣を抱え直した。


「じゃあ次は、白い猫の本体を止めに行こう」


 謙三が短くうなずく。


「その前に、朝飯だ」

「今!?」

「食わないと頭が回らん」

「……たしかに」


 玲子が吹き出した。


「そこは正常で安心した」


 「REVI:缶詰!」

 「BUCHA:やっと」

 「NOAH:五分だけだ」


「短い!」


 そのやりとりの向こうで、遠くのサイレンがまた鳴り始める。

 帝国は、ようやく"囚人7-0413の消失"に気づいたのだろう。


 でももう、番号だけじゃ追いつけない。


 父は出た。

 娘は継いだ。

 猫たちはまだ走れる。


 だったら、ここから先は反撃だ。


 薄い朝の風の中、美緒は前を向いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ