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第十四章 地下特別移送区 2

 

   2


 その右手には、個人印影用の薄いリング端末。

 監察官の生体認証兼、命令印影媒体。

  

「おまえ……!」


 鷹森は銃すら抜いていなかった。

 歩幅も乱れない。


「承認が欲しいなら、取りに来い」


「ほんとに性格悪い!」


『知っている』


 玲子が低く言う。


「美緒。あいつのリング、取れれば終わる」


「言うのは簡単!」


 「BUCHA:やるか」

 「NOAH:いける」

 「REVI:でも鳴瀬がいない」


 その一言で、美緒の背筋が冷えた。


 たしかにいない。

 承認庫から追ってくるはずの、白いイヤホンの少年が。


「まさか――」


 次の瞬間、頭上のスピーカー全体から高い共鳴音が弾けた。


 キィィン――!


「っ……!」


 視界が揺れる。

 膝が崩れそうになる。

 地下特別移送区全体が、巨大な音叉みたいに鳴っている。


 鳴瀬トワの声が、どこからともなく降った。


『おはよう。

 地下はよく響くね』


「……最悪!」


『褒めてくれてありがとう』


 玲子がアナログノイズ発生器を叩く。

 雑音が爆ぜる。

 でも今度は地下全体のスピーカーを使われているせいで、完全には相殺しきれない。


「範囲が広すぎる……!」


 鳴瀬の高音が重なり、ノアたちの動きがほんの少しだけ鈍る。

 白い猫たちも一部が誤作動を起こし、通路の表示灯が乱れた。


 鷹森はその混線の中を、まったく動じず歩いてくる。


「やっぱり、塔はこっちの庭だな」


「庭で人を飼うな!」


 美緒は叫び返し、承認卓の側面パネルを蹴り開けた。


「レビ! 地下スピーカーの系統、取れる!?」


 「REVI:やる! でも十秒!」

「十分!」


 レビがケーブルを承認卓へ突き刺す。

 地下施設の音声系統が画面に走る。


 鳴瀬の音。

 警告放送。

 白い猫の補助音声。


 全部が一本に繋がっている。


「じゃあ……逆にうるさくする!」


 玲子が振り向く。


「何する気」

「地下全体を、鳴瀬が嫌う音で埋める!」


「やって!」


 美緒は承認卓から地下の非常共鳴抑制プロトコルを逆転させ、玲子のアナログノイズ発生器を施設スピーカーへ直結した。


 次の瞬間。


 ザザザザザッ!!

 ゴゴゴゴ……ッ!!


 地下特別移送区全体に、古い輪転機の腹みたいな、低く汚いアナログノイズが満ちる。


 鳴瀬の高音が、そこで初めて崩れた。


『っ……それ、ほんと嫌い……!』


「よし!」


 その一瞬で十分だった。


 ノアが鷹森へ跳んだ。


 黒い影。

 鷹森は半歩ずれてかわす。

 けれど、そのかわしで右手のリングが露出する。


 そこへブチャが低く突っ込んだ。


「ぶしゃあッ!」


「……!」


 鷹森が初めて大きく体勢を崩す。

 リングを守ろうとした腕が下がる。

 その手首へ、美緒が飛びついた。


「借りる!」


「離せ」


 鷹森の声が、はじめて少し荒くなる。


「やだね!」


 主任技師カードを、リング端末の認証縁へ差し込む。

 無理やり。

 乱暴に。

 でも、塔内のSHIRO補助系を書き換えた時にできた由羅系譜の残留認証が、ほんの一瞬だけ噛み合う。


 リングが外れる。


「っ!」


 美緒はそのまま後ろへ転がり、リングを承認卓へ叩きつけた。


 監察官印影を確認


「来た!」


 承認鍵。

 謙三の生体確認。

 鷹森のリング印影。


 三つそろう。


 焼灼チップ解除 実行


 謙三の首元で、赤い光が一度だけ強く瞬いた。


 そのあと、細い煙。

 かすかな焦げた匂い。

 謙三が、わずかに顔をしかめる。


 美緒の心臓が止まりそうになる。


「父さん!」


 一秒。

 二秒。


 次の瞬間、モニター表示が切り替わった。


 解除完了


「……っ!」


 息が抜ける。


 謙三の首元の赤点が、完全に消えた。


「やった……!」


 「REVI:やった!」

 「NOAH:まだだ」

 「BUCHA:つぎ」


 そう。

 ここからだ。

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