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第十四章 地下特別移送区 1

 第十四章 地下特別移送区


    1


 地下特別移送区は、病院の手術室と貨物の駅を足して、そこから人間の存在だけを抜きとったような場所だった。


 扉の向こうへ一歩入った瞬間、美緒はそう思った。


 白い。

 寒い。

 そして、静かすぎる。


 天井は低くないのに、圧迫感がある。

 床には太い搬送レールが二本、まっすぐ奥へ伸びていた。

 左右には金属扉の並ぶ待機室。

 中央には、ひときわ大きな承認卓。

 その背後のガラス壁の向こうで、低温保存庫みたいな冷却管が青く光っている。


 そして、壁際には白い猫が四体。


 停止状態。

 でも、本物の眠りなんかじゃない。

 命令が来たらすぐ起きる機械の静止だ。


「……やな場所」


 美緒が小さく言うと、玲子は承認卓へ走りながら返した。


「暗いはずの地下にいるくせに、妙にここは明るすぎるのよ。そういう場所はだいたい最悪」


 「NOAH:右、死角」

 「REVI:監視は上」

 「BUCHA:白いの四」


 ノアが先に走って、搬送レール脇の点検ピットへ潜る。

 レビは天井の監視カメラへ向かい、ブチャは承認卓の前に陣取った。


 美緒は黒い承認鍵を握ったまま、承認卓の画面を起動する。


 青白い表示が浮かぶ。


 地下特別移送区/承認卓

 移送対象待機中

 6:10 7-0413 由羅謙三 到着予定


「まだ、来てない」


「あと十八分」


 玲子が時計を見た。


「その前に、やることは三つ。

 承認卓の権限奪取。

 頸部焼灼チップ解除手順の先読み。

 逃走路の確保」


「多い!」


「いつものこと!」


 美緒は唇を噛んで、承認卓へ承認鍵を差し込んだ。


 一瞬、端末が赤く点滅する。

 次いで、低い起動音。


 監察承認鍵を確認

 バックアップ印章:Takamori


「通った」


「よし。

 でも安心しない。

 あの男の鍵って時点で、半分は罠だと思って」


 「REVI:半分どころじゃない気もする」

 「NOAH:集中しろ」


 承認卓のメニューが展開される。


 移送承認

 拘束段階変更

 焼灼チップ制御

 白猫補助系設定


 美緒の目が止まる。


「白猫……ここにも全部つながってる」


 玲子が画面を覗きこんで、低く吐き捨てた。


「拘置所、監察塔、家族連絡区画、全部一本で管理したいのね。

 人間の心を監視したい奴らって、ほんと配線が好き」


「嫌いな趣味だな……」


 そう言いながらも、美緒の指は止まらない。


 まず、焼灼チップ制御。


 対象接続後に解除可能

 監察承認印章+対象生体確認が必要


「対象が来ないと外せない」


「想定通り。

 逆に言えば、ここへ着いた瞬間なら外せる」


「着いた瞬間、って」


「やるしかないでしょ」


 玲子の言い方があまりにも当然で、美緒は逆に少し落ち着いた。


 そうだ。

 やるしかない。


 次に、美緒は白猫補助系の画面を開いた。


 地下特別移送区 SHIRO待機個体

 待機命令:武装職員補助/移送対象心理圧迫/逃走阻止


「……最低」


 「BUCHA:きらい」

 「REVI:ぜんぶ嫌」


「これ、変える」


 美緒が言うと、玲子はすぐうなずいた。


「ただし攻撃命令はだめ。

 あんたがやりたいのは、帝国の犬を別の犬に替えることじゃない」


「わかってる」


 指を走らせる。


 被拘束者の生命保護を最優先

 未成年接触禁止

 武装職員の発砲線上から民間人を退避

 移送対象への心理圧迫を禁止

 非常時、逃走路ではなく避難路を優先開放


 実行。


 待機していた白い猫たちの目の色が、一瞬だけ赤から薄い青へ変わった。


 「命令更新」

 「保護優先」


「……いけた」


 「REVI:えらい」

 「NOAH:まだ終わってない」

 「BUCHA:いまのうちに壊しとくか」

「だめ」


 ブチャがちょっと不満そうな顔をする。


 その時だった。


 天井のスピーカーが、ぴん、と鳴った。


『やはり、先に来ていたか』


 美緒の背中が冷える。


 鷹森征士の声だ。


『承認庫からそのまま地下へ降りる。

 合理的だ。

 親子そろって、そういうところは似ている』


「見てんのか」


『当然だ。

 監察塔の地下で、君たちだけが秘密を持てると思う方が不自然だろう』


 玲子が天井カメラへ中指でも立てそうな顔になった。


「ほんと感じ悪い」


『君の感想は毎回一貫していて安心するよ、白峰玲子』


 美緒は承認卓の前から動かない。


「父さんをここに移すの、やめさせろ」


『断る。

 君がその場にいる方が、彼もよく反応する』


 その言い方に、胃の奥が冷たくなった。


 こいつは本気で、人の心を道具として扱っている。

 痛がる場所を押せば開く箱みたいに考えている。


 鷹森は続けた。


『由羅美緒。

 君は昨日、拘置所で白猫を止めた。

 今日も塔内で承認鍵を奪った。

 もう偶然ではない。

 だから私は決めた。

 君たち父娘は、同じ空間で管理した方が有益だ』


「有益って何」


『折れるまでの速度が上がる』


 空気が、凍った気がした。


 美緒の声は自分でも驚くくらい低かった。


「……絶対に、あんたに父さん触らせない」


 鷹森は少しだけ笑ったようだった。


『触っているのは制度だ。

 私はただ、壊れやすい場所を把握しているだけだ』


「それ、同じだって言ってるでしょ」


『違うな。

 だが――証明したいなら、やってみるといい』


 その瞬間、通路の奥で赤い警告灯が点いた。


 移送列車 接近


 玲子が舌打ちする。


「予定より早い」


 「NOAH:二分」

 「REVI:いや、一分半!」

 「BUCHA:きた」


 レールの奥から、低い振動が近づいてくる。

 地下の空気そのものが、じわじわ震える。


 美緒は承認卓の操作を急いだ。


「解除手順のショートカット、出せる!?」


 「REVI:こっちで掘る!」

 「REVI:お父さん接続後、承認鍵→対象生体→二段承認」

「二段?」

 「REVI:監察官印影の代わりに、由羅系譜の補助権限で一回だけ代用できる!」

「できるの!?」

 「REVI:お父さんがわざと埋めてる! 性格わる!」


「知ってる!」


 ノアが、搬送路の暗がりを睨んだ。


 「NOAH:配置」

 「BUCHA:前に出る」

 「REVI:照明、落とす準備!」


「やるよ!」


 移送列車は、小型の装甲貨車みたいな形をしていた。


 白い。

 角ばっている。

 人を運ぶためというより、管理番号付きの"物件"を収納するための箱に見える。


 貨車がレールの中央で止まる。


 その左右に、黒服の移送官が三人。

 さらに、白い猫が二体。

 塔内待機個体より大きい、移送補助型だ。


「多い!」


 玲子が小さく吐き捨てる。


「想定より一体多い!」


「今それ言う!?」


 貨車の扉が開く。

 白い蒸気。

 拘束椅子。

 そして、その中央にいる男。


 由羅謙三。


 胸が、強く痛んだ。


 昨日会ったばかりなのに、こうしてまた檻ごと運ばれてくる姿を見ると、怒りで頭が熱くなる。


 「対象搬入開始」

 「承認卓へ接続」

 「白猫心理圧迫補助を――」


「させるか!」


 美緒が叫ぶより先に、レビが照明を落とした。


 地下特別移送区の光が、一列だけ消える。

 死角が生まれる。


 そこへノアが走った。


 黒い閃光みたいに、最前列の移送官の顔面へ飛びつく。

 相手がひるんだ瞬間、ブチャが正面から突っ込み、拘束椅子の前にいた白い移送補助型を横へ吹き飛ばした。


「ぶしゃあッ!」


「侵入者!」

「射線、射線――」


「撃つな!」


 玲子が工具箱からスタンカッターを抜き、移送官の一人の膝裏を払う。

 黒服が崩れた。


 美緒はその隙に承認卓へ走った。


「父さん!」


 謙三が、拘束椅子に固定されたまま顔を上げる。


「やっぱり来たか」

「来るって言ったでしょ!」


 そのやりとりの最中にも、白い移送補助型が起き上がる。

 でも、さっき書き換えた命令のせいか、一瞬だけ動きが鈍った。


 「被拘束者の生命保護を優先」

 「武装職員射線を妨害……」


 青い目になった白い猫が、なんと移送官と謙三のあいだへ入り、盾みたいに立った。


「……マジで効いてる」


 「REVI:だから言った!」

 「NOAH:美緒、卓!」


 承認卓へ承認鍵を叩き込む。

 画面が開く。

 謙三の拘束椅子がレールで自動接続され、首元の頸部焼灼チップ情報が表示された。


 対象 7-0413

 焼灼チップ 起動待機

 解除には二段承認が必要


「一段目!」


 承認鍵、認証。


 第一承認 完了


「二段目!」


 「REVI:生体確認! お父さんの手!」

「父さん、右手!」


 謙三が拘束された右手を、なんとか認証板へ伸ばす。

 でも、その途中で移送官の一人が非常通報を押そうとした。


 ノアが飛ぶ。

 黒い前脚が無線機ごとその手首を打ち抜いた。


「がっ……!」


「よし!」


 謙三の指が認証板へ触れる。


 対象生体確認 完了

 第二承認権限を要求


 画面が止まる。


「え」


 「REVI:補助権限出ない!?」

「なんで!?」


 玲子が別端末から承認卓へ割り込み、目を見開く。


「鷹森が階層を書き換えてる!」


 天井スピーカーがまた鳴る。


『当然だろう。

 君たちが真っすぐここへ来るくらい、予測している』


「くそ……!」


『だが、諦める必要はない。

 目の前に、使える監察印影が一人いる』


 その意味に気づくより早く、後方の通路で足音が響いた。


 黒いスーツ。

 薄い笑み。

 鷹森征士。


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