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第十三章 監察塔の鍵 3


   3


「それが欲しかったのだろう?

 なら、少しは礼を言ってくれてもいい」


「ふざけるな。

 あんたが父さんに首輪をつけてるんでしょ」

 鷹森は否定しない。


「正確には、制度がつけている。

 私は制度の形が歪まないように整えているだけだ」


「同じだよ!」


 鷹森は、ほんの少しだけ笑みを深くした。


「違うがな。

 まあ同じだと思ってくれた方が、人は怒りやすい。

 怒ってくれた方が動きも読みやすい」


 鳴瀬が雑音に顔をしかめながら、壁に寄ったまま言う。


「監察官。

 この音、すごくうるさいんだけど」


「我慢しろ、トワ。

 結果が出ればいい」


 鷹森の目が美緒へ戻る。


「由羅美緒。

 君は父親に似て、技術の使い方をまだためらっている。

 だから私は好きだ。

 壊す前に、一度守ろうとする」


「気持ち悪い」


「褒め言葉として受け取ろう」


 その空気を、レビが壊した。


 「REVI:美緒! 承認鍵、ただの解除じゃない!」

「え?」

 「REVI:ログの奥! 移送決裁ファイルある!」


 美緒は承認庫端末へ目を走らせる。


 そこには、新しい決裁文書が開いていた。


 7-0413 由羅謙三

 拘置所中央第七より監察塔地下特別移送区へ移送

 時刻 06:10


 時計を見る。

 いま、05:42。


「……二十八分後」


 美緒の血の気が変わる。


「父さんをここへ移す気だ」


 鷹森が初めて、少しだけ感心したように眉を上げた。


「早いな」


「ふざけるな!」


「ふざけてはいない。中央第七は、もう君にとって近すぎる。

 なら、私の目の届く塔の地下へ移す方が合理的だ」


「人を荷物みたいに言うな!」


「政治犯はただの荷物よりは価値がある。

 運ぶ意味があるからな」


 その言い方に、玲子が低く吐き捨てた。


「ほんとに嫌い」


「光栄だ、白峰玲子」


 鷹森が一歩だけ前へ出る。


「承認鍵を置いていけ。

 そうすれば今夜は見逃してやる。

 父親も、少なくとも今日中には壊さない」


「信じると思う?」


「思わない。

 だが、人は選択肢を与えられると少し迷う」


 美緒は承認鍵をぎゅっと握り直した。


 迷いなら、たしかに一瞬あった。

 父を今すぐ助けられないかもしれない。

 ここで捕まれば全部終わる。


 でも、その迷いを押し切る材料も、もう自分の中にあった。


「……あたし、あんたみたいな顔する大人、ほんと嫌い」


 鷹森の笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。


「何でも"仕方ない"って整理した顔」


「仕方ないことは多い」

「うん。でもそれ、あんたが決めていい顔じゃない」


 その時だった。


 承認庫の外で、白い猫たちの補助網が再接続されたのか、警告灯が赤く走る。


 「SHIRO塔内補助個体、起動」


「面倒だな」


 鷹森が呟いた、その一瞬。


 美緒は承認庫端末へ継承モジュールを叩き込んだ。


「レビ! 塔内の白いの、補助命令変えられる!?」


 「REVI:やる! でも短い!」


「十分!」


 画面が開く。


 塔内補助SHIRO 一括運用

 来訪者監視

 要人保護

 秩序維持


 美緒は迷わず打ち換えた。


 非戦闘員の避難を最優先に

 武装職員との接触回避

 保守階への通路を確保


「何を……」


 鷹森の声が、ほんの少しだけ低くなる。


「白い猫を、人を狩るために歩かせないようにしてあげるのよ」


 実行。


 次の瞬間、塔内各所でSHIROの挙動が一斉に乱れた。


 廊下の向こうから、職員の叫びが飛ぶ。


「何だ!?」

「SHIROが来客を誘導してる!?」

「止めろ、そっちは承認庫だ!」


 玲子が口元を上げる。


「いい子」


「そこだけ急に雑!」


 鳴瀬が顔をしかめたまま、音叉をもう一度鳴らそうとする。

 でもノアがその手首へ噛みつくように飛びつき、レビがイヤホンコードをケーブルで絡め取った。


「うわ、まって」


 ブチャが真正面から、どすん、と体当たり。


「ぶしゃあッ!」


 鳴瀬は壁へ吹っ飛び、音叉を落とす。


「ほんと、猫きらい……」


「知ってる!」


 美緒は承認鍵と継承モジュールを掴み、玲子を見る。


「下!」


 玲子はすでに走っていた。


「そう。

 逃げるんじゃない。

 地下へ先回りする!」


 鷹森が、はじめてはっきりと呼ぶ。


「由羅美緒」


 足を止めないまま、美緒は振り返った。


 鷹森は承認庫の白い冷気の中に立っている。

 相変わらず静かだ。

 でもその目だけは、さっきまでより少しだけ硬く見えた。


「君は、父親より面倒だな」


「褒め言葉として受け取っとく!」


 そう言い返して、美緒は承認庫を飛び出した。


 二十七階の監察塔は、すでに静かなる地獄となっていた。


 SHIROたちは改変された補助命令のせいで、職員の制止を無視して囚われていた政治犯の囚人たちを非常階段へ誘導している。

 黒服の監察職員は怒鳴り、警備員は混乱し、誰が優先目標か一瞬だけわからなくなっていた。


「ここ!」


 玲子がサービス階段の非常扉を蹴り開ける。


 上じゃない。

 下だ。


 承認鍵を奪った以上、逃げるだけならいくらでもできる。

 でも父は六時十分にここへ運びこまれる。


 だったら、逃げる意味はない。


 階段を駆け下りながら、レビがデータを引っぱる。


 「REVI:承認鍵、解凍した!」

「何かわかった!?」

 「REVI:頸部焼灼チップの解除、一回だけ」

 「REVI:でも使用端末が限定!」

「限定?」

 「REVI:監察塔地下特別移送区の承認卓」

 「BUCHA:つまり下」

「……ほんとに下か」


 息が上がる。

 でも足は止めない。


 玲子が一段飛ばしで降りながら言う。


「いいニュースと悪いニュースがある」


「今このタイミングで!?」

「いいニュース。

 承認鍵は本物。

 謙三の首輪、外せる」

「悪いニュースは」

「外せるのが、監察塔地下の承認卓だけ」


「最悪!」


「だから下に行かなきゃ」


 「NOAH:後ろ、二班」

 「REVI:鳴瀬もしぶとく来てる」

 「BUCHA:追うなっての」


 二十三階。

 十八階。

 十二階。


 途中で、白いSHIROが二体、階段踊り場を塞いでいた。

 でも補助命令の競合がまだ効いているのか、動きが鈍い。


 「非戦闘員避難優先」

 「武装職員回避……」

 「経路、確保……」


「開けて」


 美緒が低く言うと、白い個体たちはほんの一拍だけ止まり、それから階段の端へ退いた。


 玲子が小さく息を吐く。


「やっぱり心はなくても、命令階層は心の代用品にはなるのね」


「代用品で終わらせたくないけど」


「ええ。

 でも今はそれで十分」


 さらに降りる。


 四階。

 一階。

 地下表示。


 そこへたどり着いた時には、塔全体の警報がまた一段階変わっていた。

 赤から白へ。

 これは封鎖じゃない。


 移送準備だ。


 地下への最後のセキュリティ扉の脇に、表示が出ている。


 地下特別移送区 起動準備

 対象搬入時刻 06:10


 時計は、05:51。


 十九分しかない。


 美緒は扉の前で、一度だけ大きく息を吐いた。


 ここまで来た。

 承認鍵もある。

 猫たちもいる。

 玲子もいる。


 そして、もう引き返す理由はなかった。


「玲子さん」


「なに」


「ここから先、戻るつもりで行くけど」


「うん」


「たぶん、きれいには戻れない」


 玲子は即答した。


「最初からそのつもりよ」


 その言い方が妙に頼もしくて、美緒は少しだけ笑った。


 ノアが地下扉の前で座る。

 レビは認証盤へ飛び乗る。

 ブチャは、相変わらず当然みたいな顔で美緒の隣へ来た。


 「NOAH:決めろ」

 「REVI:下、もう始まる」

 「BUCHA:いくぞ」


 美緒は承認鍵を取り出した。


 黒い結晶片は、まだ冷たい。

 でも、いまはその冷たさが逆にいい。

 頭が冴える。


「うん」


 由羅美緒は、地下特別移送区の扉へ承認鍵を差し込んだ。


「次は、迎えに行く」


 重いロックが、ゆっくり外れていく。


 監察塔のもっとも暗い場所へ続く扉が、音もなく開きはじめた。


 その向こうにあるのは、

 父を外へ出すための承認卓か、

 それとも鷹森が用意した最後の檻か。


 どちらでもいい。


 もう、躊躇う時間は終わっていた。

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