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第十三章 監察塔の鍵 2

 

  2


 監察塔の中。


 人がいて、機械が動いて、空調も唸っている。

 なのに、全部が妙に低く」抑えられている。


 床は柔らかい吸音材。

 壁はマットな灰色。

 靴音すら、最後まで響かない。


「……嫌な感じ」


 美緒が囁くと、玲子も声を落とした。


「鳴瀬向きの建物ね。音で追う人間のために、他の音を消してる」


 「REVI:やだやだ」

 「NOAH:二十七階まで三ルート」

 「BUCHA:エレベーター嫌い」


「今回は同意」


 玲子は搬入用のサービスエレベーター前で、工具箱から小さな端末を出した。

 そこへ古いノイズ発生器を接続する。


「非常時用。鳴瀬が寄ってきたら、アナログで殴る」


「すごい雑な説明」


「だいたい合ってる」


 エレベーターが上がる。


 数字がゆっくり増えていく。

 十一。

 十四。

 十八。


 その途中、二十四階で一度止まりかけた。


「っ」


 玲子の手が端末へ飛ぶ。

 でも扉が開くより先に、ノアから通信が入る。


 「NOAH:開けるな」

 「REVI:外、鳴瀬いる」


 心臓がひやりとする。


 扉の向こうから、ほんの小さく、鼻歌が聞こえた。


 あの少年だ。


 エレベーターの隙間から、白いイヤホンの線が一瞬だけ見える。


「……ほんとにいた」


 玲子が舌打ちし、手動優先で行き先を書き換える。

 エレベーターは開かず、そのまま上へ逃げた。


 上昇する密室の中で、美緒は呼吸を整える。


「気づかれた?」


 「REVI:半分」

 「NOAH:まだ"いる"だけ」

 「BUCHA:でも来る」


「だよね」


 二十七階。


 扉が開く。


 そこは、ほとんど倉庫みたいな無機質なフロアだった。

 黒い床。

 低温管理のガラス室。

 壁一面の認証庫。

 そして中央奥に、ひとつだけ温度表示の違う部屋。


 承認庫


「着いた」


 玲子が短く言う。


「でも、ここから先は速い」


 承認庫は、思っていたよりずっと冷たかった。


 白い冷気。

 薄い霜。

 透明な冷却槽が壁沿いに並び、その中に、指先ほどの黒い印章片が浮かんでいる。


 印章、といっても判子じゃない。

 光を吸うような黒い結晶片だ。

 ひとつひとつに番号が振られている。


 7-0118

 7-0224

 7-0341


 政治犯。

 反秩序要監督対象。

 拘束者。

 名前じゃない。

 全部、番号だけ。


「……こんなに」


 美緒の喉が詰まる。


 父だけじゃない。

 ここに並んでいるのは、人間の首へ繋がれた"許可と罰"の結晶だ。


「だから言ったでしょ」


 玲子の声は低い。


「ここは檻の台帳よ」


 レビが、端末へ潜り込む。


 「REVI:三番みつけた」

 「REVI:奥、単独冷却槽」


 冷却槽三番だけは、ほかと少し違っていた。

 単独。

 封印三重。

 温度も低い。


 そこに、細長い黒い印章核が一本だけ眠っている。


 監察承認鍵/Takamori Backup


「これだ」


 美緒は主任技師カードをリーダーへ差し込む。

 青い光。

 でも、二段目で止まる。


 無情の警告表示。


「監察官生体印影が必要です」


「くそ……」


「想定内」


 玲子が冷却槽の根元を指差す。


「見て」


 そこには、旧式の補助ポートが埋めこまれていた。

 新しい生体印影認証の裏に、古い主任技師用の保守経路が残っている。

 敢えて残していたのがわかった。


「父さん……」


 まただ。

 こういう時だけ、本当に意地が悪いくらい先回りしている。


 美緒は継承モジュールを取り出し、補助ポートへ差しこんだ。


 画面が切り替わる。


 緊急保守手順

 冷却槽三番/開封可能時間 12秒


「十二秒!?」


「十分よ。

 開けた瞬間、監察側に通知が飛ぶ」


「それ先に言って!」


「いま言った」


 「NOAH:急げ」

 「REVI:もう、音してる」


 その"音"が何を指すのか、次の瞬間わかった。


 承認庫の外。

 廊下の向こうから、鼻歌が近づいてくる。


「こんばんは」


 ぞわり、と背筋が粟立つ。


 ガラス越しに見えたのは、白いイヤホンの少年。

 鳴瀬トワ。


「今度は高いところなんだね」


 玲子が即座にノイズ発生器のスイッチへ手をかける。


「美緒、開ける!」


「うん!」


 美緒は手順を実行した。


 冷却槽三番の封印が、ぱきぱきと音を立てて解ける。

 白い霧が流れ出す。


 同時に、鳴瀬が音叉みたいな金属棒を鳴らした。


 キィン――。


 目の奥を引っかくような高音。

 呼吸が詰まる。

 ノアたちの動きが、一瞬だけ鈍る。


「っ……!」


「いまだよ」


 鳴瀬は、やけに楽しそうだった。


「君の音、前よりずっと尖ってる」


「黙れ!」


 玲子がノイズ発生器を叩きこむ。


 次の瞬間、承認庫のスピーカーから古い輪転機みたいな不格好な雑音が爆発した。


 ザザザザザッ!!


 鳴瀬の顔がはじめて歪む。


「……うわ、それ、きらい」


「でしょうね!」


 玲子が叫ぶ。


 その隙に、ノアが飛んだ。

 黒い影が鳴瀬の顔面めがけて一直線。

 少年はかわす。

 でも、その半歩のズレで進路が開く。


 美緒は冷却槽から、黒い承認鍵を掴んだ。


 冷たい。

 痛いくらい冷たい。

 でも確かに、手の中にある。


「取った!」


 「REVI:いい!」

 「BUCHA:帰るか」

 「NOAH:待て」


 帰れなかった。


 承認庫の反対側の扉が、静かに開いたからだ。


 そこに立っていたのは、鷹森征士だった。


 黒いスーツ。

 薄い笑み。

 細い目。

 まるで、最初からそこが自分の立ち位置だと決まっていたみたいに、ゆっくりと歩いてくる。


「よく来たな」


 その一言に、美緒は承認鍵を握る手へ力を入れた。


「あんた……!」


「人間、目的を達成した直後は、行動が直線的になる。ありがたい性質だ」


 鷹森の視線が、承認鍵へ落ちた。





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