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第十二章 午前三時二十分 2

 

   2


 その隙にノアが側面へ回り、レビが配線ダクトからLIMENの背部ポートへケーブルを撃ち込んだ。


 火花が走る。


 命中した、でも、浅い。


 「抵抗接続を確認」

 「防壁を強化」


「硬っ……!」


 「REVI:やだこいつ賢い!」

 「NOAH:美緒!」


「わかってる!」


 美緒は継承モジュールを引き抜いた。

 黒匣の認証光が、それに呼応して脈打つ。


 主任技師カード。

 継承モジュール。

 父の声。


 全部を一気に握りしめて、美緒はLIMENの胸部へ飛びついた。


「心がないなら!」


 白い外殻は硬かった。

 でも継ぎ目はある。

 父の図面を継いだ自分なら、それがどこか見える。


 「未承認接近」

 「対象保護と拘束を両立――」


「人を分けるな!」


 主任技師カードで、胸部パネルのロックをこじ開ける。

 指を切る。

 でも止めない。


 そこへノアがLIMENの首元へ飛び、レビが補助リングへ過電流を流し、ブチャが下から持ち上げた。


 「命令系衝突」

 「再計算……」


「父さん、何を入れれば止まる!?」


 謙三の返事は、短かった。


「守れを上にしろ」


 その一言で十分だった。


 美緒は継承モジュールを押し込み、主命令階層へ飛ぶ。


 画面が展開する。


 公序保全

 家族分離補助

 情動抽出

 未成年隔離提案


 その下に、継承側から書き込めるわずかな空き領域。


 震える指で、美緒は打ち込んだ。


 未成年保護を最優先

 家族分離を禁止

 対話対象の苦痛増幅を禁止

 保護命令を国家命令の上位へ


 LIMENの瞳が、激しく点滅する。


 「命令矛盾」

 「国家秩序……」

 「家族保護……」

 「分離……禁止……」

 「処理不能」


「止まれ!」


 最後に、実行。


 次の瞬間、LIMENの全身から白い火花が散った。


 白い猫の動きが、ぴたりと止まる。


 停止したのは一体だけじゃなかった。


 内監区前室。

 家族連絡区画。

 拘置所のあちこちに配備されていた白い猫たちの信号が、一斉に乱れたのが、レビの端末を通して見てとれた。


 「REVI:来た! ローカル網、全部巻き込んだ!」

 「NOAH:今だ」

 「BUCHA:すすめ」


 LIMENが最後に、美緒を見た。


 その目は灰色のまま。

 でも、その最終音声だけは妙に静かだった。


 「保護……を……優先」


 それきり、崩れ落ちた。


 同時に、施設全体の警報が一段上がった。


 赤い灯。

 重いシャッター音。

 奥のスピーカーから、無機質な避難指示と封鎖命令が重なって流れる。


『内監区前監視路にて重大障害。

 関係者は直ちに――』


「時間切れよ!」


 玲子の声が飛ぶ。


 「REIKO:南棟全域が封鎖に入る!

 そこ、あと二分で袋になる!」


「父さん!」


 美緒は拘束椅子の残ったロックへ主任技師カードを差し込む。

 今度は完全解錠。

 胸のバンドが外れ、手首拘束も落ちた。


 謙三がゆっくり立ち上がる。


 その動きだけで、どれだけ消耗しているかがわかった。

 ふらつかないだけで異常だ。


「歩ける?」


「歩くしかないだろ」


「そういうとこだよ!」


 思わず怒鳴ると、謙三はほんの少しだけ眉を動かした。


「……うるさい」

「うるさいって何!」

「大きくなった」

「そこ今!?」


 言いながら、美緒の目の奥がまた熱くなる。


 会えた。

 触れられる距離にいる。

 声が返ってくる。


 それだけで、ほんとうは泣きそうだった。


 でも、泣く暇はなかった。


 謙三が、自分の首筋を指で叩いた。


 そこに、薄く赤い発光点が見える。


「外へは出られない」


「え」


「俺の延髄の部分に頸部焼灼チップが打たれている。

 監区境界を越えたら延髄が焼かれる。

 特別政治犯用だ」


 美緒の顔色が変わる。


「そんなの……!」


「ある。

 だから今夜は俺だけ外へ連れ出すのは無理だ」


「じゃあ何のために……!」


 言いかけて、止まる。


 違う。

 何のためにじゃない。

 白い猫を止めるため。

 家族の声を武器にさせないため。

 そして、父に直接会って、次の鍵をもらうためだ。


 でも、それでも悔しかった。


「また置いてくの」


 謙三が、その言葉にだけ少し間を置いた。


「違う」


 それから、ポケットの内側――いや、拘置衣の縫い目の中から、薄い金属片を指で押し出した。


 小さなメモリ片だった。

 指先に隠れるくらいのサイズ。


「監察承認鍵の位置だ。

 鷹森が持ってる。

 正確には、監察塔の承認庫」


 美緒がそれを受け取る。

 手のひらにのせると、ひどく軽かった。


「これがないと」

「チップは外れない」


 美緒は奥歯を噛んだ。


「最悪」

「知ってる」


 その返しが、あまりにも父らしくて、かえって腹が立つ。


「最初から言ってよ」

「言ったら、おまえは来る」

「来たよ!」

「だから言わなかった」


「理屈になってない!」


 通路の奥で、重い足音が増えている。

 本隊だ。


 ノアが低く送ってくる。


 「NOAH:一分」

 「REVI:もっと少ない!」

 「BUCHA:急げ」



 謙三が、美緒の手の中のメモリ片を見た。


「次は、それを取りに行け」

「父さんを置いて?」

「置いていくんじゃない。

 次のための順番だ」

「その勝手な順番、嫌い!」


 初めて、美緒は真正面からそう言った。


 謙三は黙った。

 何か言い返すかと思った。

 でも、そのあとに出た言葉は予想と少し違った。


「……ああ」


 短い肯定だった。


「悪かった」


 美緒は目を見開く。


 父の口から、そんなに素直な謝罪を聞いたことがあっただろうか。


 謙三は続ける。


「守るつもりで、勝手に決めた。

 それは事実だ」


 言葉が少ない。

 でも、ひとつひとつが重かった。


「だから次は、おまえが決めろ」


 通路の赤い灯が、その横顔を濡らすみたいに照らしていた。


「俺を出すか。

 網を優先するか。

 どっちを選んでも、もう俺は止めない」


 美緒の喉がつまる。


 そんなことを言われたら、余計に苦しい。

 だって、どっちも捨てたくない。


 でも、それでも。


「……両方やる」


 気づけば、そう言っていた。


 謙三の目が、ほんの少しだけ変わる。


「欲張りだな」

「父さんの娘だもん」




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