第十章 第七拘置所
第十章 第七拘置所
中央第七拘置所は、遠くから見ると病院の建物に似ていた。
白い外壁。
静かな外観。
控えめな照明。
入口脇には花壇がある。
でも近づくにつれ、病院とは異なった威圧感を感じさせる。
あれは人を治すための白壁じゃない。
人の自由を奪い、黙らせるための白だ。
高い外壁の上を、サーチライトが一定の角度でなめていく。
門前には金属探知ゲート。
制服警備。
監視ドローン。
そして建物の南棟だけは、やけに人の出入りが多い。
そこが、拘置所の家族連絡区画だった。
面会、音声伝達、短時間接触、未決家族相談。
名前はいろいろある。
でも要するに、会いたい人間を列に並ばせてるための場所だ。
「思ったよりも、禍々しくない……普通の顔してる」
拘置所の向かい、古びた立体駐車場の陰から施設を見つめながら、美緒は小さく言った。
玲子がスコープを覗いたまま答える。
「檻っていうものはね、最初から檻の顔をしてると人が逃げるの。だから一番たちが悪い檻は、だいたい公共施設と変わらない顔をしてる」
「REVI:納得」
「BUCHA:むかつく」
「NOAH:南棟、人の動き多い」
南棟の前には、もう列ができていた。
年配の夫婦。
小さな子どもを連れた母親。
紙袋を抱えた青年。
誰も大声を出さない。
みんな、何かをこぼしたらその場で全部失うと知っている顔だった。
その列の間を、白い猫が歩いている。
「SHIRO」
生活安全支援端末。
ふざけた看板に書かれていた、その名前。
白い外殻。
無機質な目。
通る人間の脈拍、瞳孔、声の揺れを拾っていくための猫。
「……ほんとに入れたんだ」
美緒の声は低かった。
「父さんのいるところにまで」
玲子はうなずく。
「昨日、南砂で試験したのは、その前段階だったんでしょうね。
家族に会いに来る人間ほど、感情が大きく揺れる。
帝国からすれば、こんなに採りやすいデータはない」
黒匣の中には、白い猫の指揮機から引き抜いたログが残っている。
そこにははっきり書かれていた。
情動抽出
家族反応分析
従属誘導試験
家族の声まで、支配に使うつもりなのだ。
「気持ち悪い」
美緒が言うと、玲子はスコープを下ろした。
「だから壊す」
即答だった。
「ただし、正面からじゃない。
今日の目的は三つ。
ひとつ、白い猫の導入ルート確認。
ふたつ、家族連絡区画の配線と構造を取る。
みっつ――」
玲子の視線が、美緒へ向く。
「謙三が本当に、ここにいるのか確かめる」
喉が、かすかに鳴った。
「……はい」
玲子はコートの内側から、二枚のIDカードを出した。
ひとつは設備管理補修の臨時証。
もうひとつは、東都電子機工・試験協力員。
「今日は家族のふりじゃなく、整備作業員のふりをする。
白い猫の導入前点検って名目。
東都電子機工の残存権限が、まだ少し効くはず」
美緒はカードを受け取る。
そこには、偽名じゃなく、由羅美緒と書かれていた。
思わず顔を上げる。
「その名前で?」
「隠すより、通す方が危ない時もある」
玲子は淡々と言った。
「白い猫の制御系は、まだ由羅謙三系譜の認証を一部参照してる。
あんたの名前を完全に消す前に、利用したいと思うはず」
「REVI:賭けだね」
「NOAH:嫌いじゃない」
「BUCHA:行こう」
家族連絡区画の裏手には、設備業者用の搬入口があった。
台車。
工具箱。
洗浄剤のケース。
監視カメラ。
そして、愛想の悪い警備員。
「点検票を」
警備員が言う。
玲子は平然と端末を差し出した。
東都電子機工と拘置所設備管理課のロゴが並ぶ、いかにも本物っぽい書類だ。
「SHIRO導入前の最終確認。
七・十・十二番ブースの音響遅延、昨日の夜に報告は上がってるでしょ」
警備員が端末を見て、眉をしかめる。
「……聞いてない」
「聞いてないなら中の担当が悪い。こっちは帝国技術省直轄案件で来てるの」
玲子の言い方は、妙に板についていた。
たぶん昔から、こういう人間相手に仕事してきたのだろう。
警備員は舌打ちして、こっちを見る。
「助手は?」
「臨時の認証継承者」
その一言で、美緒の背筋が冷えた。
警備員の目が、わずかに細くなる。
「名前」
「由羅美緒です」
数秒の沈黙。
警備員の指が、端末の確認ボタンへ伸びる。
その瞬間、足元を白い影が横切った。
「うわっ!?」
白い猫だった。
ただし、拘置所配備前の調整個体らしく、首元の端子が露出している。
ノアが物陰からわざとその個体を走らせたのだ。
警備員がそちらへ気を取られた一瞬のあいだに、レビが搬入口の認証ログへ割り込みをかける。
「REVI:通った」
「REVI:五秒だけほんもの」
「ありがとうございます」
玲子は何事もなかったみたいに言って、美緒の背を軽く押した。
「入るよ」
搬入口の自動扉が閉まるまで、心臓が嫌な音で鳴っていた。
家族連絡区画の裏側は、表の"優しそうな顔"とはまるで違った。
陰鬱な空気。
灰色の壁。
むき出しの配線。
消毒液の匂い。
狭い保守通路。
扉の向こうでは、名前を呼ばれる家族たちのかすかなざわめきが聞こえる。
「ブースは十二個。今日は七、十、十二に白猫対応ユニットを入れる予定」
玲子が端末を開く。
「……やっぱり七」
美緒も画面を覗いた。
第七ブース/情動抽出優先
模擬家族音声試験対象:7-0413 由羅謙三
喉が、ひやりと冷えた。
「やっぱり、父さん」
「ええ。しかも、ただの連絡じゃない。模擬音声試験。要するに、合成された家族の声で揺さぶる気よ」
「BUCHA:最低」
「NOAH:急ぐ」
「REVI:奥に音声室ある」
「どうするんですか」
玲子は保守図面を指でなぞった。
「正面の七番ブースは罠。
でも、模擬音声を流すなら、その元の制御室がある。
そこを押さえれば、聞けるし、混ぜられる」
「混ぜる」
「ええ。向こうが家族の声を武器にするなら、こっちは回線を奪う」
玲子の目が少しだけ冷たくなる。
「ただし、美緒。
本当に、お父さんの声が聞こえても、飛び出さない」
「……努力します」
「努力じゃなくて守って」
「難易度高いですよ……でも」
「REVI:同感」
「NOAH:やる」
「BUCHA:おれが止める」
「それはそれで嫌」
制御室は、第七ブースの真裏にあった。
小さなガラス窓。
音声ルーター。
録音サーバー。
そして、棚いっぱいに並んだ音声ファイルの管理端末。
美緒は、最初その表示の意味がわからなかった。
家族声紋ライブラリ
泣き/懇願/平常/怒声/幼児化
「……なに、これ」
玲子が低く吐き捨てる。
「最低の技術利用例」
つまり、声を集めているのだ。
本物の妻の声。
本物の子どもの泣き声。
本物の"会いたい"を録音して、切って、貼って、相手を揺さぶるための素材にしている。
美緒の手が震えた。
画面をスクロールする。
由羅美緒。
該当ファイルあり。
MIO_YURA / 学齢後期推定補完音声
生成精度 93.1%
「っ……」
その数字が、たまらなく気持ち悪かった。
玲子が、すぐに美緒の肩へ手を置く。
「呼吸」
「……はい」
「怒るのはいい。
でも今は潰す順番を間違えない」
「REVI:七番、対象搬入が動いた」
「NOAH:あと二分」
「BUCHA:はやい」
美緒は目を閉じて、一度だけ深く息を吸った。
それから、端末へ向き直る。
「玲子さん。
これ、七番だけじゃなくて全部使われるんですよね」
「そのはず」
「じゃあ」
美緒は指を走らせた。
「本番の前に、壊す」
玲子が、ほんの少しだけ口元を上げる。
「そう来ると思った」
第七ブースの表側では、すでに別の家族が列を作っていた。
ガラス越しに顔を見るだけの短時間接触。
受話器越しの音声伝達。
たった数分のために、みんな背筋を伸ばし、泣くのを我慢して順番を待っている。
その列の端にいた小さな女の子が、近くの白い猫へおそるおそる手を伸ばした。
「ねこ……」
白い猫は、ぴたりとその手の前で止まり、赤い光を一度だけ走らせる。
「未成年情動指数、高」
「保護者の監督不安定」
女の子の母親が、顔色を変えた。
「ち、違います、すみません、この子は――」
「過剰反応を確認」
「別室で聞き取りの必要あり」
美緒は制御室の窓越しにそれを見て、奥歯を噛んだ。
「……これが導入されたら、毎日こうなる」
玲子は短くうなずく。
「だから今日止める」
その時、第七ブース側の扉が開いた。
奥の矯正側通路から、警備員二人に挟まれて、一人の男が歩いてくる。
「……父さん」
声には出なかった。
でも、目だけでわかった。
由羅謙三だった。
痩せている。
頬がこけ、腕も細い。
作業服みたいな拘置所衣の袖から見える手首には、うすい痣が何本もあった。
それでも、背中だけは曲がっていなかった。
ぶっきらぼうで、不器用で、頑固な父の背中だった。
美緒の視界が、一瞬だけ熱くなる。
「飛び出さない」
玲子が低く言う。
「はい……」
けれど、その返事はたぶん、ちゃんとした声になっていなかった。
謙三は第七ブースへ座らされる。
正面のガラスの向こうには、誰もいない。
代わりに、天井のスピーカーが白く光った。
制御室のモニターに、試験名が出る。
模擬家族音声試験開始
対象:7-0413
プロファイル:娘/懇願/救出依存
「……ふざけるな」
美緒の指が、無意識に机の端を握りしめていた。
スピーカーから、女の子の声が流れる。
『父さん……? あたしよ……』
気持ち悪いほど似ていた。
でも似てるだけだ。
心がなかった。
そして声に温度がない。
声の勢いにためらいがない。
"本物っぽさ"だけで作られた声。
『助けて……もう無理……父さんが来てくれないと……』
ガラスの向こうで、謙三は一度も顔を上げない。
代わりに、受話器をじっと見て、それからゆっくり持ち上げた。
『……下手だな』
その一言に、美緒の目が見開いた。
『美緒は、そんなふうに泣かないぜ』
玲子が、すぐ隣で小さく息を飲む。
スピーカーの合成声が、わずかに間を置く。
『父さん、お願い……あたしを――』
謙三が遮った。
『おまえは七を選びすぎる』
制御室の監視官が眉をひそめる。
モニターに"想定外応答"の表示。
謙三は続ける。
『美緒なら、七は選ばない。三だ。
青を落としてから来る』
「……三」
美緒の喉が鳴る。
玲子の指が、もう図面の上を走っていた。
「第三ブース……いや違う。
青の配線系統は……家族連絡区画の主電源、三系統分岐」
謙三は、なおもガラスの向こうを見ないまま言う。
『泣く前に噛み裂く。それがうちの娘だ』
その瞬間、美緒は泣きそうになった。
泣きそうなのに、同時に笑いそうでもあった。
ああ、この人は本当にお父さんなんだ、と思った。
どれだけ痩せても。
どれだけ番号で呼ばれても。
こういうところだけは変わらない。
監視官が慌てて端末を叩く。
「プロファイル不一致。
音声補正、パターンCへ――」
その言葉で、美緒の中の何かが切れた。
「レビ」
「REVI:待ってました」
「全部、落とす」
玲子がすぐに乗る。
「いい。
やるなら一発で」
制御室の主端末へ、継承モジュールを接続する。
主任技師カードを認証にかざす。
外線。
音声ライブラリ。
ブース制御。
白い猫のローカル補助網。
全部が、ひとつの画面に繋がった。
「七じゃなくて、三」
美緒は父の言葉を反芻しながら、系統図を見る。
青い配線。
第三分岐。
家族連絡区画全体の"感情評価補助系"だけを支えている独立線。
「これ、第三分岐」
玲子が即座にうなずく。
「切れば、白い猫の情動推定だけが落ちる。ブースと扉は生きる」
「NOAH:表で動きあり」
「BUCHA:白いの、数が増えた」
「REVI:急げ急げ」
美緒は、青い分岐の制御権を握る。
画面には最後の確認。
情動抽出補助系停止/実行しますか
「停止するに決まってる」
指を押し込む。
その瞬間、家族連絡区画の白い猫たちの目から赤線が消えた。
表側で、女の子を監視していた個体が、ぴたりと固まる。
別室候補にされていた母親が、信じられない顔でそれを見る。
制御室の監視官が立ち上がった。
「何があった!?」
美緒はそのまま、次の処理へ指を滑らせる。
模擬家族音声ライブラリ/削除対象選択
全選択。
玲子が横で、小さく笑う。
「容赦しないのね」
「そういう気分なんで」
全ライブラリ削除実行。
保存サーバーの表示が赤く染まる。
家族の泣き声。
懇願。
怒声。
勝手に切り刻まれていた声の断片が、次々焼却されていく。
監視官が叫ぶ。
「警備! 制御室に、侵入者――」
その声は、途中で途切れた。
ノアがガラス天井の隙間から飛び降り、監視官の無線機を叩き落としたのだ。
同時にレビがブース系統へ割り込み、区画内の非常放送を乗っ取る。
スピーカーが鳴る。
『家族連絡区画にてトラブル発生。利用者は最寄りの出口へ避難してください』
一瞬、廊下がざわめいた。
列が乱れる。
警備員の怒鳴り声。
泣き出す子ども。
白い猫は情動補助系を落とされたせいか、動きが半拍ずつ遅れている。
「いける」
玲子が言う。
「でも、長くは持たない」
ガラスの向こう、第七ブースでは警備員が謙三を立たせようとしていた。
謙三はその時、ほんの一瞬だけ顔を上げた。
制御室の窓。
そのさらに奥。
見つかるはずのない死角。
なのに、目が合った気がした。
本当に一瞬だった。
でも美緒には、それで十分だった。
謙三の視線が、わずかに右下へ落ちる。
右下。
第七ブースの床。
いや、そのさらに向こう。
配線ダクトのある下層。
「……第三分岐の下」
玲子が反応する。
「昇降機の隠し経路?」
「たぶん」
その時、区画の奥で重いシャッター音がした。
警備本隊だ。
もう猶予はない。
「NOAH:撤収」
「BUCHA:いま」
「REVI:でも人がまだ詰まってる!」
外を見ると、避難しようとした家族たちが、途中で警備シャッターに塞がれていた。
行き場を失って、狭い廊下で固まっている。
小さな女の子が、また泣きそうな顔で母親にしがみついていた。
美緒は舌打ちした。
「ほんとにさあ……!」
「美緒!」
玲子が呼ぶ。
でもその時には、もう身体が動いていた。
制御室を飛び出し、ブース側の非常手動盤へ走る。
ガラスの家族待機列の前を、白い猫が一体よろめきながら進んでくる。
「対象、規定外行動……停止命令……」
「うるさい!」
美緒は主任技師カードを、その首元の保守ポートへ突き刺した。
一瞬だけ認証競合。
その隙にブチャが横から体当たりを叩き込み、白い機体を壁へ押しつける。
「ぶしゃあッ!」
ノアはシャッター制御盤へ飛びつき、レビが非常解錠を通す。
がこん、と重い音。
閉じかけていた避難シャッターが、途中で持ち上がった。
「いま! 走って!」
母親たちが、われを忘れたように子どもを抱えて駆ける。
年配の男がひとり、転びそうになったのを玲子が引っ張る。
白い猫たちはなおも動こうとする。
でも情動補助系を切られているせいで、判断が散っていた。
何処に向かうべきかをきめかねて、右往左往していた。
「対象多数。優先順位……」
「家族分離……」
「未確定……」
「ずっと迷ってろ」
美緒は吐き捨てて、最後の非常盤を叩く。
区画全体の照明が、ぱん、と一列消えた。
暗転。
その一瞬の闇の中を、ノア、レビ、ブチャが走る。
黒い影。
三毛の閃き。
丸い鈍色の体当たり。
そして美緒と玲子は、避難する家族の波に紛れて、設備通路側へ離脱した。
保守通路を抜け、拘置所の外周排水路へ滑り出た時には、さすがに足が震えていた。
背後でサイレン。
白い光。
警備員の怒声。
でも、追跡はまだ迷っている。
家族連絡区画そのものが一時的に止まったせいで、拘置所側も優先順位が崩れているのだ。
玲子が息を整えながら言う。
「……やるじゃないの」
「勢いです」
「勢いであそこまでやるの、だいぶ危ないわよ」
「知ってます」
二人で壁にもたれたまま、少しだけ笑う。
笑わないと、心臓が持たない感じだった。
レビが、抜いてきたデータを展開する。
「REVI:取れた!」
「REVI:家族連絡区画の下に、第三分岐用の整備昇降路あり」
「REVI:ふだんは閉鎖」
「NOAH:内監区域につながる」
「BUCHA:たぶん、お父さんそこ」
美緒は画面を見つめた。
第三分岐。
青を落とす。
七じゃなくて三。
父は、あの数秒の中でちゃんと道を残していた。
しかも、それだけじゃない。
削除したライブラリの奥から、もうひとつログが出てきている。
白猫正式導入時刻:四十八時間後
導入先:中央第七拘置所・家族連絡区画および内監区前室
玲子の顔が険しくなる。
「四十八時間」
「短いですね」
「短い。
白い猫が内監区前室まで入ったら、謙三への揺さぶりは一気に強くなる」
美緒は、主任技師カードを見た。
その角には、さっき自分がつけた小さな傷がある。
「……行くしかない」
玲子がこちらを見る。
「奪還?」
少しだけ、言葉が試すみたいだった。
美緒は首を振る。
「まだ違う」
黒匣を抱え直す。
「これは、家族に会いたいから突っ込む話じゃない。
白い猫を、父さんのいる場所に入れないためにやる。
その上で……」
一度だけ息を吸う。
「それが出来たら、ちゃんと会う」
玲子は、ほんの少しだけ目を細めた。
「合格」
「誰目線ですか」
「保護者代行?」
「やめてください、ややこしい」
「REVI:でも似合う」
「BUCHA:ちょっと」
「NOAH:先を決めろ」
「……うん」
美緒は立ち上がる。
父は生きていた。
痩せていた。
傷もあった。
でも、心と背中は折れていなかった。
そして、囚人番号にされてもなお、娘に届く道を数秒で残していた。
だったら、自分も応えなきゃいけない。
七じゃなくて三。
青を落としてから。
第三分岐の下、整備昇降路。
もう道はある。
あとは進むだけだ。
拘置所の白い壁の向こうでは、まだサイレンが鳴っている。
家族連絡区画の灯りも慌ただしく明滅していた。
でも、その光の奥にいる父の顔を、美緒はたしかに見た。
それだけで、次へ行く理由は十分だった。
「四十八時間以内に、第三分岐を奪う」
黒猫ノアが静かに尻尾を揺らす。
三毛猫レビは、楽しそうに耳を立てた。
ブチャは傷の残る体で、それでも当然みたいに一歩前へ出る。
「白い猫が入る前に、先に噛む」
美緒はそう言って、拘置所から背を向けた。
逃げるためじゃない。
戻ってくるために一度離れるのだ。
もう陽が落ちていた。
夜の風は冷たかった。
でも、胸の奥にはもう、前みたいな空虚な寒さはない。
次は、檻のもっと内側へ行く。
家族の声を武器にする場所の、さらに下。
本当に閉じ込められているものがある場所へ。




