scene4 あられシェイク
慧真は既に三人の同級生を連れて、待ち合わせ場所である正門の前に立っていた。
大人しそうなポニーテールの子、背の高い眼鏡の子、毛先の少し跳ねた、澄ました感じの子。いずれも私とは違うクラスの、親しくないどころか話したことすらない顔ぶれである。
「それにしても、各務原が神崎さんみたいな人と仲良いだなんて、なんだか意外だよ」
お互いの自己紹介を簡単に済ませた後、道中で最初に口を開いたのはポニーテールの井上さんだった。丸い輪郭にタヌキ顔の彼女は、見た目から受けるどこかゆるゆるとした印象に似合わず、言葉の後半になるにつれ早口気味になる節のある、少しせっかちな人物のようである。
慧真とは中学の頃からの仲であるらしいけれど、軽い自己紹介だけではどれほどの関係だったのかはよく分からなかった。なにしろ、慧真の口から彼女の名前が出てきたことも、慧真が彼女と一緒にいるところをこれまでに見たことすらもない。
慧真に対してなんだか気安い感じがするのは、同じ中学だったという理由だけで十分に説明がつくものではあるものの、感情の乗りやすい大きな声をした彼女は、慧真ととても気が合いそうにも思われる。
嫉妬、というのとは少し違うような気がするけれど、なんだかむすむずするというか、対抗したくなるというか――
仲が良いなんて意外、だってさ。
まあそりゃあそうなんだろうけど、なんて思いつつ「そんなことないと思うけど」といつも通りいかにも冷静そうな返事をする。すると慧真が声を張り上げて、
「だよねー。ぜんぜん意外じゃないよ。わかちょんは優しくて頼りになるし、もはやあたしにとってはかけがえのないお方なんだよ」
少し冗談めかしながら、無防備で悪戯っぽい笑顔を私に向けた。
「頼りっぱなしなんじゃーん」
ポニーテールが気安い感じで慧真の華奢な背中を叩くと、慧真と眼鏡の子がけらけらと笑い声をあげた。眼鏡の彼女は慧真と同じクラスの野田さんで――現状、それぐらいしか情報がない。一人だけ自転車を引いて歩く彼女は、電車通学の私たちよりも家が近いのかも知れない、ということぐらいか。
真っ黒で真っ直ぐな髪と、細長くてわずかに猫背気味の佇まいからは、墨絵の笹の葉か何かを連想させる素朴で物静かな雰囲気を感じていたけれど、大きくはないものの遠慮のない笑い声を聞くに、少し認識を改めた方が良いのかも知れない。
それにしても、ね。
かけがえのない、だなんてね。嬉しいこと言ってくれるね、慧真。いやあ、ね。クールに振る舞ってるのにさ、漏れ出ちゃってたか、優しさ。それとも、こんな私から優しさを見出しちゃう慧真がすごいのかな。
にやけ顔を抑えきれなくて、ちらりと空を見上げるふりをしてから、我慢できない感情をささやかな笑顔として小出しにした。
こうしていると、慧真はいつも通りの彼女に見える。
いや、いつも通り、だなんていう表現はおこがましいか。私は彼女のいつもを知ることができるほど一緒にいるわけでもないのだし、彼女のいつもを語ることができるほど古い付き合いというわけでもない。だけど少なくとも、こうして私たちの真ん中に立って楽しそうに笑う、お調子者ではにかみ屋で壁のない魅力的な女の子は私の知っている――私の思う通りの各務原慧真である。
慧真と井上さんを中心にドラマやバラエティー番組の話題で盛り上がってはすぐに放り投げながら、そのまま話の種が尽きることもなくベイバンに辿り着くとテーブル席で向かい合った。
井上さんと野田さんが慧真を挟んで座り、その向かい側に、私と跳ねっ毛の北沢さん。彼女はここまでの道中で様子を見てきた印象だと、もしかしたら私に一番近いタイプなのかも知れない。
つまり、物静かだということだ。
話しかければ笑顔で応えるし、特に暗いというわけでも空気が読めないというわけでもない。ただ、口数は少なくて、自分から話を振るようなことはない、見たままの澄ました子。
同じクラスであるとはいえ、慧真と話すこと自体今日が初めてだという彼女にはまだ多少の遠慮があるのだろうとは思う。だけど少なくとも今の段階では、良くも悪くも第一印象を裏切った井上さんと野田さんが慧真と同じ賑やかな側で、北沢さんは私と同じ大人しい側だ。
だから、私たちの座り位置は自然とこうなったのだった。
「北沢さんもあられシェイク頼んだんだね」
隣のトレイを見ながら、たった今気づいたみたいに笑いかけてみた。本当は店に入ってからすぐに、カウンターで注文しているのを聞いたときから分かっていたのだけれど、北沢さんとの間に会話が欲しくてそう言った。声をかけられて、表情が露骨に綻ぶのが分かる。
ちょうど、野田さんの好きなアイドルについての話題がひと段落したところだった。
「うん。各務原さんが、食べようって誘ってくれたから」
「ああ、そうやって皆を誘ってたのか」
だから私以外は全員、慧真の言っていた新商品であるあられシェイクをトレイに載せているわけだ。北沢さんの控えめな笑顔から視線を滑らせ、今まさにシェイクを吸っている最中の慧真をじとりと見つめる。少し機嫌を損ねた顔をしてみせるのは、半分演技で半分は本心からだ。
私もあられシェイク仲間に誘って欲しかったよ、慧真。
慧真が新商品であるあられシェイクを欲しがっていたのは知っているけれど、私の把握している範囲では同じ物を頼もうだなんていう話ではなかったはずだ。もちろん、学校で話を聞いた段階でそういう発想に至ることができなかったという私の落ち度ではあるのだけれど、あのときはもっと大切な話をしていてそれどころではなかったのだ。
慧真に続いて二番目に注文を済ませてしまったことが悔やまれる。
「あっ、わかちょんもこれ欲しかった? あたしの飲む?」
え、なにそれすごい仲良しみたい。最高じゃん。
私の視線の意図に気づかない鈍感な慧真の申し出を、はやり過ぎる心――頬を猛烈に押さえつけながら、自分でも惚れ惚れするほどの素っ気なさで受け入れる。
醤油の風味が口の中に冷たく広がった。
予想通りの味。
おいしい。気がする。
いや、不味くはない、ぐらいか。
このMサイズは間違いなくくどいな。
「やっぱり頼まなくて良かった」
慧真のシェイクがもらえたからね。
「ええっ、おいしくなかった?」
「嫌いじゃないけど一本全部はさすがに飽きそう」
正直な感想を告げると、弾かれるような勢いで野田さんが、続いて井上さん、最後に北沢さんが同意する。流されず、一人だけ美味しそうにシェイクを吸い始める慧真の姿は本当にいじらしくて、清々しくもある。




