第6話「探偵たちの推理対決」
第6話 探偵たちの推理対決
――1891年11月22日 午後6時45分
並行世界E-1891
英国・ロンドン東部
CLIB現地連絡所
「……アーサー・ウィットモア」
エレノア・アシュフォードは、机の上に置かれた古い警察記録を見つめていた。
その名前を目にするのは、これが初めてではない。
つい数日前、彼女たちは1986年のロンドンで、同じ名前を持つ歴史研究者の死亡事件を調査していた。
そして今、1891年の事件に関する資料から、再びその名前が現れたのである。
「……偶然にしては、出来すぎているわね」
エレノアが呟いた。
セシル・ルノワールは静かに頷いた。
「ええ。ですが、同姓同名の別人という可能性もあります」
「もちろん」
エレノアは答えた。
「まだ何も断定できないわ」
ソフィア・ベネットは不安そうに書類を覗き込んだ。
「でも、どうしてこんな昔の事件にウィットモアさんの名前があるんだろう?」
ジャンヌ・モローは椅子に腰掛け、考え込んでいた。
短い栗色の髪。
穏やかな茶色の瞳。
16歳のフランス人少女探偵は、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「……私は、まず1888年の火災について調べ直したいわ」
エレノアが顔を上げた。
「理由は?」
「今回の事件に関係する人たちは、みんなあの火事を気にしているから」
ジャンヌは答えた。
「ブラックウッドさんは火災の話を避けていた。トマス・リードさんは火災で亡くなったことになっている。そして、昔の労働者たちは今でもあの火事を忘れていない」
セシルは頷いた。
「確かに、共通する出来事ですね」
「ええ」
ジャンヌは続けた。
「事件を解くには、まず当時何が起きたのかを知らなきゃ」
エレノアは少し考えた。
「……賛成よ」
ソフィアは驚いた。
「えっ? エレノアがすぐ賛成するなんて珍しいね」
「合理的な提案には賛成するわ」
エレノアは平然と答えた。
「私だって、何でも反対するわけじゃないもの」
セシルは微笑んだ。
「Très bien。では、調査を分担しましょう」
彼女は手帳を開いた。
「ジャンヌとソフィアは、火災当時の関係者への聞き込みを。私とエレノアは、警察記録と現場の再確認を行います」
ジャンヌは頷いた。
「分かったわ」
ソフィアも答えた。
「うん!」
エレノアは机の上の懐中時計の写真を見つめた。
「……それと、もう1つ」
セシルが尋ねた。
「何でしょう?」
「この時計について、詳しく調べたいわ」
エレノアは写真を指さした。
「T.R.という刻印がある銀色の懐中時計。1888年の火災でも、今回の事件でも重要な役割を持っている可能性がある」
セシルは静かに頷いた。
「承知しました」
エレノアは小さく微笑んだ。
「では、始めましょう」
こうして、4人の少女探偵による最後の調査が始まった。
――1891年11月23日 午前9時15分
ロンドン東部・旧港湾地区
翌朝。
ジャンヌとソフィアは、再び旧港湾地区を訪れていた。
空には低い雲が広がり、石炭の煙が街を薄く覆っている。
倉庫の間を荷車が行き交い、労働者たちの怒号が響いていた。
「……昨日より寒いね」
ソフィアが呟いた。
「ええ」
ジャンヌは頷いた。
「でも、この辺りの人たちは、もっと早い時間から働いているのよ」
彼女は通りの向こうを見た。
荷物を運ぶ男性たち。
工場へ向かう女性たち。
そして、新聞を売る少年。
「……みんな、生活のために働いているのね」
ソフィアが言った。
「そうよ」
ジャンヌは静かに答えた。
「だからこそ、仕事を失うことは大きな問題なの」
2人は、昨日話を聞いたジョージ・ミラーを訪ねた。
ミラーは倉庫の前で荷物を整理していた。
「おや、昨日のお嬢さんたちじゃないか」
男性は驚いたように言った。
「こんにちは、ミラーさん」
ジャンヌは微笑んだ。
「もう少し、1888年の火災についてお話を伺いたくて」
ミラーは少し考えた。
「……ああ。構わんよ」
彼は荷物を置き、2人を倉庫の脇へ案内した。
「何が知りたい?」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「火災が起きた夜、トマス・リードさんは何をしていましたか?」
ミラーはしばらく考えた。
「……ブラックウッドに会いに行くと言っていた」
「その理由は?」
「倉庫の帳簿だ」
ジャンヌは頷いた。
「昨日も、そうおっしゃっていましたね」
「ああ」
ミラーは続けた。
「リードは、帳簿に不自然な数字があると言っていた」
ソフィアが尋ねた。
「不自然な数字?」
「倉庫に入ってきた荷物の数と、出ていった荷物の数が合わなかったんだ」
ジャンヌの表情が変わった。
「……つまり、何かが消えていた?」
「そうだ」
ミラーは頷いた。
「それに、保険の契約も妙だった」
ジャンヌは手帳を開いた。
「保険?」
「ああ。火事の少し前、ブラックウッドは倉庫に高額の保険をかけていた」
ソフィアは驚いた。
「……まさか」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「火災が、偶然ではなかった可能性があるのですね?」
ミラーは頷いた。
「俺たちの間では、ずっとそう噂されていた」
彼は拳を握り締めた。
「だが、証拠がなかった」
ジャンヌは静かに頷いた。
「……分かりました」
その時、ソフィアが尋ねた。
「ミラーさん。リードさんには娘さんがいたんですよね?」
「ああ」
ミラーは答えた。
「名前はエミリーだった」
「今は何歳くらいですか?」
「確か……12歳か13歳くらいだろう」
ジャンヌは頷いた。
「お母さんと一緒にロンドンを離れたと伺いましたが、行き先は?」
「……ブライトンだと聞いたことがある」
ソフィアは手帳に記録した。
「ありがとうございます」
ミラーは2人を見つめた。
「……あんたたち、本当にリードを探しているのか?」
ジャンヌは静かに頷いた。
「ええ」
「もし見つけたら……」
ミラーは言葉を切った。
「……娘に会わせてやってくれ」
ジャンヌは穏やかに答えた。
「できる限りのことをします」
ミラーは小さく頷いた。
「……ありがとう」
2人は倉庫を後にした。
歩きながら、ソフィアが呟いた。
「……火災って、事故じゃなかったのかな」
ジャンヌは静かに答えた。
「まだ分からないわ」
そして、少しだけ表情を曇らせた。
「でも、もし故意に起こされた火事なら……」
ソフィアは頷いた。
「……亡くなった人たちが、かわいそうだね」
ジャンヌは静かに言った。
「ええ」
彼女は遠くの倉庫群を見つめた。
「だから、真実を確かめたいの」
――同日 午前10時40分
ブラックウッド邸・2階書斎
一方、エレノアとセシルは、ハリントン警部の許可を得て、事件現場を再確認していた。
書斎には、昨日と同じように重い空気が漂っている。
エレノアは扉の前にしゃがみ込んでいた。
「……やはり、おかしいわね」
セシルが尋ねた。
「何がです?」
「鍵の位置よ」
エレノアは答えた。
「被害者のポケットに鍵があったということは、犯人が外から施錠したとは限らない」
セシルは頷いた。
「ええ。被害者自身が施錠した可能性もあります」
「そう」
エレノアは立ち上がった。
「でも、その場合、被害者はなぜ鍵をかけたのかしら?」
セシルは少し考えた。
「……誰かを恐れていたから?」
「あるいは、誰にも見られたくないことをしていたから」
エレノアは答えた。
彼女は机へ近づいた。
机の上には、事件当夜の配置を記録した警察の図面が置かれていた。
銀色の懐中時計。
インク壺。
羽根ペン。
そして、数枚の書類。
「……時計は午後8時47分で止まっていた」
エレノアは呟いた。
セシルは頷いた。
「ええ」
「でも、警察の推定死亡時刻は午後8時から9時」
「つまり、時計の時刻と一致する可能性があります」
エレノアは首を振った。
「……一致しすぎているのよ」
セシルは目を細めた。
「どういう意味でしょう?」
「犯人が、わざと時計を止めた可能性がある」
エレノアは答えた。
「死亡時刻を偽装するために」
セシルは少し考えた。
「……なるほど」
エレノアは続けた。
「でも、なぜ8時47分なのか。それが分からない」
その時、セシルが机の引き出しを指さした。
「……こちらは?」
エレノアは近づいた。
引き出しには、古い帳簿の写しが入っていた。
その中の1冊には、1888年の倉庫に関する記録が残されている。
エレノアはページをめくった。
「……これは」
セシルが覗き込んだ。
「何かありましたか?」
エレノアはある数字を指さした。
『1888年10月17日』
『午後8時47分』
セシルの表情が変わった。
「……時計と同じ時刻」
エレノアは静かに頷いた。
「ええ」
帳簿には、火災発生直前の倉庫の状況が記されていた。
午後8時47分。
それは、火災が最初に確認された時刻だった。
「……なるほど」
エレノアは小さく微笑んだ。
「時計は、死亡時刻を示しているわけではない」
セシルが頷いた。
「1888年の火災を示しているのですね」
「ええ」
エレノアは答えた。
「犯人は、あの火災を忘れるなと伝えたかったのかもしれない」
セシルは静かに呟いた。
「……復讐」
エレノアは首を振った。
「まだ決めつけるのは早いわ」
そして、帳簿を閉じた。
「でも、犯人の意図を考える重要な手がかりになる」
セシルは頷いた。
「では、次は密室の仕組みですね」
エレノアは扉へ視線を向けた。
「……ええ」
彼女は静かに微笑んだ。
「そろそろ、答えが見えてきたわ」
――同日 午後1時20分
ロンドン東部・小さな喫茶店
4人は再び合流していた。
窓の外では、霧がゆっくりと流れている。
テーブルの上には、調査記録が広げられていた。
「……では、情報を整理しましょう」
セシルが言った。
ジャンヌは頷いた。
「1888年の倉庫火災には、不審な点があったわ」
彼女はミラーから聞いた話を説明した。
火災直前にかけられた高額の保険。
不自然な帳簿。
そして、ブラックウッドとリードの対立。
エレノアは静かに頷いた。
「なるほど」
セシルが続けた。
「一方、私たちは書斎で重要なことを発見しました」
彼女は時計の図面を示した。
「銀色の懐中時計が止まっていた午後8時47分は、1888年の火災発生時刻と一致します」
ジャンヌの表情が変わった。
「……つまり、犯人は火災を意識していた?」
「その可能性が高いわ」
エレノアは答えた。
ソフィアは小さく呟いた。
「……やっぱり、リードさんが犯人なのかな」
ジャンヌは首を振った。
「まだ分からないわ」
「どうして?」
「もし本当にリードさんが犯人なら、どうして自分の時計を現場に残したのかしら?」
エレノアは微笑んだ。
「……いい質問ね」
セシルも頷いた。
「確かに、犯人が自分の身元を示す物を残すのは不自然です」
ソフィアは考え込んだ。
「……じゃあ、誰かがリードさんに罪を着せようとしている?」
「その可能性もあるわ」
エレノアは答えた。
ジャンヌは静かに言った。
「私は、もう1度ブラックウッドさんの家族に話を聞きたい」
エレノアが尋ねた。
「理由は?」
「彼が何を恐れていたのか、まだ分かっていないから」
ジャンヌは答えた。
「それに、火災のことを知っていたのはリードさんだけではないはずよ」
セシルは頷いた。
「確かに」
エレノアは少し考えた。
「……では、午後は屋敷へ戻りましょう」
ソフィアも頷いた。
「うん!」
4人は立ち上がった。
事件の真相は、少しずつ姿を現し始めていた。
――同日 午後2時45分
ブラックウッド邸・応接室
ブラックウッドの妻、エリザベス・ブラックウッドは、応接室のソファに座っていた。
年齢は40代半ばほど。
黒い喪服を身につけ、疲れた表情を浮かべている。
「……夫の事件について、ですか」
彼女は静かに尋ねた。
「はい」
ジャンヌは穏やかに答えた。
「おつらい時に申し訳ありません」
エリザベスは小さく首を振った。
「構いません」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「ご主人は、最近何かを恐れていらっしゃいませんでしたか?」
エリザベスはしばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……ええ」
「何を?」
「……過去のことです」
ジャンヌは静かに待った。
エリザベスは続けた。
「3年前の倉庫火災について、誰かが調べ始めたのです」
エレノアの表情が変わった。
「誰が?」
「……分かりません」
エリザベスは答えた。
「ただ、夫のもとに何通も手紙が届いていました」
セシルが尋ねた。
「どのような内容でしたか?」
エリザベスは少し考えた。
「……『1888年10月17日を忘れるな』と」
4人は顔を見合わせた。
エレノアは静かに頷いた。
「……なるほど」
ジャンヌは優しく尋ねた。
「ご主人は、火災について何かお話しされましたか?」
エリザベスは俯いた。
「……あの火事は、事故ではなかったのかもしれません」
ソフィアが息を呑んだ。
「……え?」
エリザベスは震える声で続けた。
「夫は、倉庫の保険金を受け取っていました」
エレノアは静かに尋ねた。
「その保険金は、火災の直前に契約されたものですね?」
エリザベスは驚いた。
「……なぜ、それを?」
「調査で分かりました」
エレノアは答えた。
エリザベスはしばらく黙っていた。
そして、涙を浮かべた。
「……私は、夫が何か悪いことをしたのではないかと、ずっと疑っていました」
ジャンヌは静かに頷いた。
「そうだったのですね」
「でも、怖くて聞けなかった」
エリザベスは続けた。
「夫は、昔から怒りっぽい人でしたから」
ソフィアは女性の表情を見つめた。
そこには、悲しみだけでなく、長年の恐怖が浮かんでいた。
「……大変でしたね」
ソフィアが静かに言った。
エリザベスは顔を上げた。
そして、小さく頷いた。
「……ありがとう」
ジャンヌはしばらく沈黙した。
やがて、静かに尋ねた。
「奥様。事件の夜、どこにいらっしゃいましたか?」
エリザベスの表情が変わった。
「……私?」
「はい」
ジャンヌは穏やかに答えた。
「確認のためです」
エリザベスは少し考えた。
「午後8時頃から、自分の部屋にいました」
「お1人で?」
「……ええ」
セシルは静かに尋ねた。
「どなたか、そのことを確認できる方は?」
エリザベスは首を振った。
「……いません」
エレノアは手帳に記録した。
そして、静かに呟いた。
「……なるほど」
ジャンヌは女性を見つめた。
「もう1つだけ、伺ってもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「ご主人の書斎には、普段どなたが入ることができましたか?」
エリザベスは答えた。
「夫と私、それから執事です」
エレノアの表情が変わった。
「……執事?」
「ええ」
エリザベスは頷いた。
「書斎の掃除や書類の整理を任せていました」
ジャンヌは静かに頷いた。
「ありがとうございます」
4人は礼を言い、応接室を後にした。
――同日 午後4時10分
ブラックウッド邸・廊下
4人は廊下を歩いていた。
エレノアは手帳を見つめていた。
「……容疑者が増えたわね」
セシルが頷いた。
「ええ。奥様にも、執事にも、書斎へ入る機会がありました」
ジャンヌは静かに言った。
「でも、私はまだ奥様を疑いたくないわ」
エレノアは振り返った。
「……感情で判断するの?」
「いいえ」
ジャンヌは首を振った。
「ただ、彼女は何かを隠しているように見えたの」
セシルが頷いた。
「確かに、質問への反応には不自然な点がありました」
ソフィアが尋ねた。
「……何を隠してるんだろう?」
ジャンヌは少し考えた。
「……誰かを守ろうとしているのかもしれない」
エレノアは静かに頷いた。
「なるほど」
その時、廊下の奥から1人の男性が現れた。
黒い燕尾服を身につけた、50代ほどの男性だった。
背筋を伸ばし、無表情で歩いている。
「……失礼いたします」
男性は丁寧に一礼した。
「皆様、何かお困りでしょうか?」
ジャンヌが答えた。
「こんにちは。あなたが執事の方ですね?」
「はい」
男性は頷いた。
「ヘンリー・ウォーカーと申します」
エレノアは男性を観察した。
磨かれた靴。
整えられた服装。
そして、右手の指先に残る小さな傷。
「……ウォーカーさん」
エレノアが尋ねた。
「何でしょう?」
「事件の夜、書斎へ行かれたのはあなたですね?」
「はい」
男性は答えた。
「午後9時頃、旦那様をお呼びするために」
「その時、扉には鍵がかかっていた?」
「はい」
「鍵穴には何か入っていましたか?」
「……いいえ」
エレノアは頷いた。
「なるほど」
セシルが尋ねた。
「扉を破った時、どなたが一緒にいましたか?」
「使用人のジェームズとピーターです」
男性は答えた。
「3人で扉を破りました」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「ウォーカーさん。旦那様は、最近何かを恐れていらっしゃいましたか?」
男性は少し考えた。
「……ええ」
「何を?」
「過去の出来事です」
ジャンヌは頷いた。
「1888年の火災ですね?」
ウォーカーの表情が変わった。
「……そのことをご存じで?」
「ええ」
ジャンヌは答えた。
男性はしばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……旦那様は、あの火災について何かを隠しておられました」
エレノアが尋ねた。
「あなたは、それを知っていた?」
「……一部は」
ウォーカーは答えた。
セシルは静かに言った。
「では、事件の夜、旦那様が誰かと会う予定だったことも?」
ウォーカーは顔を上げた。
「……なぜ、それを?」
セシルは微笑んだ。
「推測です」
男性はしばらく黙っていた。
そして、頷いた。
「……旦那様は、ある人物と会う予定でした」
エレノアの瞳が鋭くなった。
「誰と?」
ウォーカーは静かに答えた。
「……トマス・リードです」
4人の間に沈黙が落ちた。
ソフィアが小さく呟いた。
「……やっぱり、生きてるんだ」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「その約束は、いつ決まったのですか?」
「数日前です」
ウォーカーは答えた。
「旦那様のもとに、手紙が届きました」
エレノアは頷いた。
「その手紙は?」
「……旦那様が燃やしてしまいました」
セシルが尋ねた。
「内容はご存じですか?」
「一部だけ」
ウォーカーは答えた。
「……『火災の真実を公表する』と書かれていたそうです」
エレノアは静かに微笑んだ。
「……なるほど」
そして、3人を見た。
「これで、事件の中心が見えてきたわ」
――同日 午後5時30分
ブラックウッド邸・2階書斎
4人は再び書斎へ戻っていた。
エレノアは扉の前に立っていた。
「……さて」
彼女は静かに言った。
「ここまでの情報を整理しましょう」
セシルが頷いた。
「ええ」
エレノアは手帳を開いた。
「1888年、ブラックウッドは倉庫に高額の保険をかけた」
「そして、その直後に火災が発生した」
ジャンヌが続けた。
「トマス・リードは死亡したと記録されたけれど、身元確認には疑問が残る」
ソフィアが言った。
「それから、1891年にブラックウッドさんが殺された」
「ええ」
エレノアは頷いた。
「そして、現場にはT.R.と刻まれた懐中時計が残されていた」
セシルが続けた。
「時計が止まっていた時刻は、1888年の火災発生時刻と一致します」
ジャンヌは静かに言った。
「つまり、犯人は火災のことを伝えたかった」
エレノアは頷いた。
「その可能性が高いわ」
彼女は扉へ近づいた。
「そして、問題の密室」
セシルが尋ねた。
「何か分かりましたか?」
エレノアは静かに答えた。
「……ええ」
3人が顔を上げた。
「本当に?」
ソフィアが尋ねた。
エレノアは頷いた。
「犯人が部屋を出た後、被害者が自分で鍵をかけたと考えれば、密室は成立する」
セシルは少し考えた。
「ですが、その場合、被害者は犯人が出た後も生きていたことになります」
「そう」
エレノアは答えた。
「つまり、犯人は被害者を即死させていない」
ジャンヌが尋ねた。
「……どういうこと?」
「例えば、毒物や遅効性の薬品を使った可能性がある」
エレノアは答えた。
「犯人が部屋を出た後、被害者が自分で鍵をかけ、その後に死亡した」
セシルは頷いた。
「なるほど」
しかし、ソフィアは首を傾げた。
「……でも、胸に刺された傷があったんだよね?」
エレノアは微笑んだ。
「……いい質問ね」
彼女は続けた。
「だから、まだ別の可能性も考えなければならない」
ジャンヌは静かに言った。
「……被害者が、自分で傷を負った可能性?」
エレノアは頷いた。
「ええ」
セシルは驚いた。
「自殺ということですか?」
「あるいは、事故」
エレノアは答えた。
「ただし、どちらにしても、凶器が消えている理由を説明する必要がある」
4人はしばらく沈黙した。
その時、ソフィアが小さく呟いた。
「……ねえ」
「何?」
エレノアが振り返った。
「もしかして、事件の最初から何か勘違いしてるんじゃない?」
エレノアは目を細めた。
「……どういうこと?」
「だって、みんな密室の中で殺されたって考えてるけど……」
ソフィアは少し考えた。
「……本当に、その部屋で刺されたのかな?」
エレノアの表情が変わった。
セシルも静かに頷いた。
「……なるほど」
ジャンヌが呟いた。
「……刺された場所と、亡くなった場所が違う可能性」
エレノアはゆっくりと微笑んだ。
「……ソフィア」
「何?」
「あなた、素晴らしいことに気づいたわ」
ソフィアは驚いた。
「……え?」
エレノアは机の上の図面を見つめた。
「そうよ。私たちは、最初から前提を間違えていたのかもしれない」
セシルが頷いた。
「被害者は、書斎で刺されたとは限らない」
「ええ」
エレノアは答えた。
「そして、書斎で死亡したとも限らない」
ジャンヌは静かに言った。
「……つまり、密室は犯人が作ったものではない?」
エレノアは微笑んだ。
「その可能性があるわ」
彼女は扉を見つめた。
「……ようやく、答えが見えてきた」
――同日 午後7時00分
ブラックウッド邸・応接室
応接室には、事件関係者が集められていた。
ハリントン警部。
ブラックウッドの妻エリザベス。
執事ヘンリー・ウォーカー。
そして、数人の使用人。
4人の少女探偵は、部屋の中央に立っていた。
ハリントン警部が尋ねた。
「……モロー嬢。事件について、何か分かったのかね?」
ジャンヌは頷いた。
「はい」
彼女はエレノアを見た。
「エレノア、お願い」
エレノアは一歩前へ出た。
「……まず、皆さんに確認したいことがあります」
彼女は静かに続けた。
「ブラックウッド氏は、書斎で殺害されたと考えられています」
警部は頷いた。
「そうだ」
「しかし、それを証明するものはありますか?」
警部は眉をひそめた。
「……何?」
「遺体が書斎で発見されたことと、そこで刺されたことは同じではありません」
セシルが続けた。
「つまり、被害者は別の場所で傷を負い、その後に書斎へ移動した可能性があります」
警部は考え込んだ。
「……確かに、理屈としてはあり得る」
エレノアは頷いた。
「そして、被害者自身が書斎の扉に鍵をかけた」
ソフィアが続けた。
「だから、鍵はポケットにあったんです」
ジャンヌは静かに言った。
「……密室は、犯人が作ったものではなかった」
室内に沈黙が落ちた。
エレノアは続けた。
「では、なぜブラックウッド氏は、傷を負った後に書斎へ戻ったのでしょう?」
セシルは答えた。
「何かを隠すため、あるいは誰かから身を守るためです」
ジャンヌは静かに頷いた。
「そして、彼が守ろうとしたものは、1888年の火災に関する秘密だったのかもしれません」
ハリントン警部は腕を組んだ。
「……なるほど」
エレノアは静かに言った。
「しかし、まだ1つ重要な問題があります」
「何だね?」
警部が尋ねた。
「凶器が見つかっていないことです」
彼女は続けた。
「もし被害者が別の場所で刺されたなら、凶器はその場所に残されている可能性があります」
警部は頷いた。
「……捜索が必要だな」
エレノアは微笑んだ。
「ええ」
そして、静かに続けた。
「ですが、私はすでに、ある場所が怪しいと考えています」
セシルが尋ねた。
「どこでしょう?」
エレノアは執事のウォーカーを見つめた。
「……事件当夜、ブラックウッド氏と最後に会った人物がいた場所です」
ウォーカーの表情が変わった。
「……私ですか?」
エレノアは静かに頷いた。
「ええ」
警部が尋ねた。
「ウォーカー。事件の夜、旦那様と会ったのか?」
男性は少し動揺した。
「……はい」
室内がざわめいた。
「なぜ、今まで話さなかった?」
警部が厳しく尋ねた。
ウォーカーは俯いた。
「……旦那様に口止めされていたのです」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「何について?」
ウォーカーはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……1888年の火災についてです」
4人は顔を見合わせた。
ウォーカーは続けた。
「旦那様は、あの火災が事故ではなかったことを知っていました」
ソフィアは息を呑んだ。
「……やっぱり」
ウォーカーは静かに言った。
「そして、その秘密を知っていた人物が、もう1人いたのです」
エレノアが尋ねた。
「……誰?」
ウォーカーは顔を上げた。
「……トマス・リードです」
ジャンヌは静かに頷いた。
「……なるほど」
ウォーカーは続けた。
「旦那様は、彼が生きていることを知っていました」
室内に重い沈黙が落ちた。
エレノアは静かに言った。
「……つまり、1888年の火災で死亡したという記録は、誤りだった」
ウォーカーは頷いた。
「はい」
セシルが尋ねた。
「では、事件当夜、リード氏は屋敷へ来たのですか?」
ウォーカーは少し迷った。
そして、答えた。
「……はい」
ハリントン警部が立ち上がった。
「何だと?」
ウォーカーは震える声で続けた。
「午後8時頃、旦那様は裏口で彼と会っていました」
エレノアは目を細めた。
「……その後は?」
「……口論になりました」
ウォーカーは答えた。
「私は、廊下から声を聞きました」
ジャンヌが尋ねた。
「何を話していたの?」
「……火災のことです」
ウォーカーは続けた。
「リードは、旦那様に真実を公表するよう求めていました」
エレノアは静かに頷いた。
「……なるほど」
そして、警部を見た。
「裏口付近を調べてください」
警部は部下に指示を出した。
数分後。
警察官が戻ってきた。
「警部!」
「どうした?」
「裏口近くの物置から、血の付いた刃物が見つかりました!」
室内がざわめいた。
エレノアは静かに頷いた。
「……やはり」
セシルが呟いた。
「これで、犯行現場が書斎ではなかった可能性が高まりましたね」
ジャンヌは静かに言った。
「でも、まだ犯人は分からない」
エレノアは頷いた。
「ええ」
彼女はウォーカーを見つめた。
「……最後の質問よ」
男性は顔を上げた。
「何でしょう?」
「あなたは、なぜ今まで嘘をついていたの?」
ウォーカーはしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……旦那様の名誉を守りたかったのです」
ジャンヌは男性を見つめた。
「……それだけ?」
ウォーカーは答えなかった。
セシルは静かに言った。
「あなたは、何かを隠していますね」
男性の表情が変わった。
エレノアは一歩前へ出た。
「……ウォーカーさん」
彼女は静かに続けた。
「あなたは、ブラックウッド氏が刺された後、何をしたの?」
男性は青ざめた。
「……私は」
そして、震える声で答えた。
「……何もできませんでした」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「助けを呼ばなかったの?」
ウォーカーは首を振った。
「……旦那様が、呼ぶなとおっしゃったのです」
エレノアの表情が変わった。
「……なぜ?」
ウォーカーは答えた。
「……誰にも知られたくないことがある、と」
セシルは静かに頷いた。
「……なるほど」
エレノアは少し考えた。
そして、静かに呟いた。
「……これで、密室の理由は説明できるわ」
ソフィアが尋ねた。
「……どういうこと?」
エレノアは答えた。
「ブラックウッド氏は、傷を負った後、自分で書斎へ戻り、鍵をかけた」
ジャンヌが続けた。
「そして、誰にも知られたくない秘密を守ろうとした」
セシルは頷いた。
「その結果、助けを呼ぶことができず、亡くなったのですね」
室内に沈黙が落ちた。
ハリントン警部は静かに言った。
「……では、犯人は?」
エレノアは答えた。
「まだ確定していません」
警部は驚いた。
「何?」
「凶器が見つかっただけでは、誰が刺したのかは分からないからです」
エレノアは続けた。
「リード氏が屋敷へ来たことは分かりました。でも、それだけで彼が犯人とは言えません」
ジャンヌは静かに頷いた。
「……私たちは、彼本人から話を聞く必要があります」
セシルが頷いた。
「ええ」
ソフィアも言った。
「……ちゃんと、真実を聞きたい」
エレノアは静かに微笑んだ。
「そうね」
そして、警部を見た。
「トマス・リード氏を探しましょう」
警部は頷いた。
「……分かった」
こうして、事件の捜査は新たな段階へ進んだ。
――1891年11月24日 午前10時30分
ロンドン東部・小さな宿屋
翌朝。
4人は、ジャンヌの聞き込みによって、トマス・リードと思われる男性が滞在している宿屋を突き止めていた。
宿屋は、ホワイトチャペルの裏通りにあった。
古い木製の看板。
狭い階段。
そして、薄暗い廊下。
ジャンヌは宿屋の主人に声をかけた。
「こんにちは。こちらに、トマス・リードという男性が泊まっていませんか?」
主人は少し考えた。
「……その名前ではないが、似た男ならいるよ」
「どんな方ですか?」
「右頬に大きな傷のある男だ」
4人は顔を見合わせた。
ジャンヌは静かに頷いた。
「ありがとうございます」
主人は2階を指さした。
「奥の部屋だ」
4人は階段を上った。
廊下の奥にある扉の前で、ジャンヌが立ち止まった。
そして、静かにノックした。
「……どなたですか?」
低い男性の声が聞こえた。
「ジャンヌ・モローと申します」
彼女は穏やかに答えた。
「少し、お話を伺いたいことがあります」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、扉がゆっくりと開いた。
そこには、黒いコートを着た中年男性が立っていた。
右頬には、大きな傷痕があった。
ソフィアは小さく息を呑んだ。
「……昨日の人」
男性は4人を見つめた。
「……何の用だ?」
ジャンヌは静かに答えた。
「トマス・リードさんですね?」
男性はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……ああ」
4人の表情が変わった。
「俺が、トマス・リードだ」
ジャンヌは穏やかに微笑んだ。
「お会いできてよかったです」
男性は少し驚いた。
「……警察じゃないのか?」
「いいえ」
ジャンヌは答えた。
「私たちは、事件の真相を調べている探偵です」
リードはしばらく黙っていた。
そして、小さく溜息をついた。
「……入れ」
4人は部屋へ入った。
室内には、古いベッドと小さな机があるだけだった。
窓からは、霧に包まれたロンドンの街が見えていた。
ジャンヌは椅子に腰掛けた。
「……リードさん」
「何だ?」
「1888年の火災について、お話を聞かせてください」
男性は顔を伏せた。
「……あの火事か」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、リードは静かに語り始めた。
「……あれは、事故じゃなかった」
ソフィアは息を呑んだ。
リードは続けた。
「ブラックウッドが、保険金を手に入れるために倉庫へ火をつけさせたんだ」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「証拠は?」
「帳簿だ」
リードは答えた。
「俺は、倉庫の帳簿を見つけた。荷物の数が合わなかったんだ」
エレノアは頷いた。
「……なるほど」
リードは続けた。
「ブラックウッドに問い詰めたら、黙っていろと言われた」
「それで?」
セシルが尋ねた。
「……その夜、火事が起きた」
リードは拳を握り締めた。
「俺は何とか逃げたが、仲間が死んだ」
ソフィアは静かに尋ねた。
「……どうして、死んだことになっていたんですか?」
リードはしばらく黙っていた。
そして、答えた。
「……ブラックウッドに殺されると思ったからだ」
ジャンヌは静かに頷いた。
「だから、身を隠したのですね」
「ああ」
リードは答えた。
「家族にも迷惑がかかると思ってな」
ソフィアは悲しそうに呟いた。
「……娘さんにも?」
リードの表情が変わった。
「……エミリーを知っているのか?」
「ええ」
ジャンヌは答えた。
「昔の同僚の方から伺いました」
リードは俯いた。
「……あの子には、悪いことをした」
ジャンヌは静かに言った。
「……今でも、会いたいと思っていますか?」
男性は小さく頷いた。
「……毎日な」
室内には重い沈黙が落ちた。
やがて、エレノアが口を開いた。
「……リードさん」
「何だ?」
「11月21日の夜、ブラックウッド邸へ行きましたね?」
男性は顔を上げた。
「……ああ」
「そこで、何があったの?」
リードはしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……奴に、真実を公表しろと言った」
「それで?」
「……口論になった」
リードは続けた。
「だが、俺は殺していない」
エレノアは静かに尋ねた。
「では、どうして逃げたの?」
「……警察に捕まると思ったからだ」
リードは答えた。
「俺は、死んだことになっている。そんな男が殺人現場の近くにいたら、疑われるに決まっている」
セシルは静かに頷いた。
「……なるほど」
ジャンヌは男性を見つめた。
「リードさん。あなたは、ブラックウッドさんを殺したいほど憎んでいましたか?」
男性はしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……憎んでいた」
ソフィアは息を呑んだ。
「でも……」
リードは続けた。
「殺してしまったら、あいつの罪を証明できなくなる」
ジャンヌは静かに頷いた。
「……そうですね」
エレノアは少し考えた。
「……あなたが屋敷を出たのは何時頃?」
「午後8時20分頃だ」
リードは答えた。
「その時、ブラックウッドは生きていた」
エレノアは頷いた。
「……分かったわ」
ジャンヌは静かに言った。
「ありがとうございます」
リードは4人を見つめた。
「……俺を信じるのか?」
ジャンヌは少し考えた。
「……信じたいと思っています」
彼女は答えた。
「でも、探偵としては、証拠を確かめなければなりません」
リードは小さく笑った。
「……正直な子だな」
ジャンヌも微笑んだ。
「ありがとうございます」
4人は宿屋を後にした。
しかし、エレノアの表情は晴れなかった。
「……まだ、何かが足りない」
セシルが尋ねた。
「何でしょう?」
エレノアは静かに答えた。
「……事件当夜、午後8時20分から9時までの間に、何が起きたのか」
ジャンヌは頷いた。
「そこが最後の謎ね」
ソフィアは小さく呟いた。
「……もう少しで、分かりそうなのに」
エレノアは微笑んだ。
「ええ」
そして、静かに続けた。
「……だからこそ、最後まで調べるのよ」
――1891年11月24日 午後2時00分
ブラックウッド邸・使用人用台所
4人は再び屋敷へ戻っていた。
ジャンヌはミセス・カーターに、事件当夜の様子を詳しく尋ねていた。
「……午後8時20分頃、何か変わったことはありませんでしたか?」
カーターは少し考えた。
「……そういえば」
ジャンヌが顔を上げた。
「何でしょう?」
「旦那様が、裏口から戻ってこられました」
エレノアの表情が変わった。
「……その時、様子は?」
「……かなり怒っておられました」
カーターは答えた。
「それから、執事のウォーカーを呼んでおられました」
セシルが尋ねた。
「何時頃?」
「午後8時25分頃だったと思います」
エレノアは手帳に記録した。
「……なるほど」
ジャンヌは続けて尋ねた。
「その後、旦那様を見た方は?」
「……私は見ていません」
カーターは首を振った。
「でも、奥様が廊下を歩いておられたのを見ました」
ソフィアが尋ねた。
「何時頃?」
「午後8時30分頃です」
ジャンヌは静かに頷いた。
「ありがとうございます」
4人は台所を後にした。
廊下へ出ると、エレノアが立ち止まった。
「……これで、時間がつながったわ」
セシルが頷いた。
「ええ」
ジャンヌは静かに言った。
「午後8時20分、リードが屋敷を出る」
「午後8時25分、ブラックウッドがウォーカーを呼ぶ」
ソフィアが続けた。
「午後8時30分、奥様が廊下を歩いていた」
エレノアは頷いた。
「そして、午後9時に遺体が発見された」
セシルは静かに言った。
「……つまり、リードが屋敷を出た後にも、ブラックウッドと接触できた人物がいる」
ジャンヌは頷いた。
「奥様と、執事ね」
エレノアは静かに微笑んだ。
「……そう」
彼女は廊下の奥を見つめた。
「そして、私はようやく分かったわ」
ソフィアが尋ねた。
「……何が?」
エレノアは答えた。
「……犯人が、どうして密室を作る必要がなかったのか」
セシルの表情が変わった。
「……なるほど」
ジャンヌも静かに頷いた。
「……そういうことね」
ソフィアは3人を見比べた。
「……えっ? 分かったの?」
エレノアは微笑んだ。
「ええ」
そして、静かに続けた。
「……あとは、証拠を揃えるだけよ」
――1891年11月24日 午後5時30分
ブラックウッド邸・応接室
応接室には、再び事件関係者が集められていた。
ハリントン警部。
エリザベス・ブラックウッド。
執事ヘンリー・ウォーカー。
そして、数人の使用人。
4人の少女探偵は、部屋の中央に立っていた。
ハリントン警部が尋ねた。
「……今度こそ、事件の真相が分かったのかね?」
エレノアは頷いた。
「ええ」
彼女は静かに続けた。
「まず、今回の事件は、最初から密室殺人ではありませんでした」
警部は眉をひそめた。
「……どういうことだ?」
エレノアは答えた。
「ブラックウッド氏は、書斎の外で致命傷を負ったのです」
セシルが続けた。
「その後、被害者は自分で書斎へ戻り、扉に鍵をかけた」
ジャンヌは静かに頷いた。
「つまり、密室を作ったのは犯人ではなく、被害者自身だったのです」
室内がざわめいた。
警部は腕を組んだ。
「……なるほど」
エレノアは続けた。
「そして、犯人は被害者が書斎へ戻る前に、その場を離れていた」
セシルが言った。
「だから、凶器も書斎には残されていなかった」
ソフィアは静かに頷いた。
「……全部、つながるんだね」
警部が尋ねた。
「では、誰が刺した?」
エレノアは少し考えた。
そして、静かに答えた。
「……ヘンリー・ウォーカーさん」
執事の顔が青ざめた。
「……私?」
エレノアは頷いた。
「ええ」
室内に沈黙が落ちた。
ウォーカーは首を振った。
「……違います」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「では、どうして事件当夜の行動を隠していたのですか?」
「……旦那様に口止めされていたからです」
ウォーカーは答えた。
セシルは静かに言った。
「しかし、あなたはブラックウッド氏が負傷していたことを知っていました」
男性は俯いた。
「……はい」
エレノアは続けた。
「それなのに、助けを呼ばなかった」
ウォーカーは震える声で答えた。
「……旦那様が、呼ぶなとおっしゃったのです」
ジャンヌは静かに尋ねた。
「なぜ、旦那様は助けを拒んだのでしょう?」
ウォーカーは答えなかった。
エレノアは静かに言った。
「……あなたは、1888年の火災の秘密を知っていた」
ウォーカーの表情が変わった。
「……」
「そして、ブラックウッド氏がその秘密を公表しようとした時、あなたは困った」
セシルが続けた。
「なぜなら、あなた自身も火災に関わっていたからです」
ウォーカーは首を振った。
「……違う」
ジャンヌは静かに言った。
「ウォーカーさん。私たちは、あなたを責めたいわけではありません」
男性は顔を上げた。
「……何?」
「ただ、真実を知りたいんです」
ジャンヌは続けた。
「あなたは、長年この屋敷で働いてきました。旦那様のことも、奥様のことも、よく知っていたはずです」
ウォーカーは俯いた。
「……はい」
「だからこそ、何かを守ろうとしたのではありませんか?」
ジャンヌは静かに尋ねた。
男性はしばらく黙っていた。
そして、震える声で答えた。
「……私は」
彼は両手を握り締めた。
「……旦那様に、真実を公表してほしくなかった」
室内がざわめいた。
エレノアは静かに頷いた。
「……なぜ?」
ウォーカーは顔を上げた。
「……あの火災は、私が手伝ったのです」
ソフィアは息を呑んだ。
ウォーカーは続けた。
「ブラックウッド様に命じられて、倉庫の裏口を閉めました」
ジャンヌの表情が曇った。
「……中に人がいると知っていたの?」
ウォーカーは首を振った。
「……知らなかった」
彼は震える声で答えた。
「本当に、知らなかったのです」
セシルは静かに頷いた。
「……それで?」
「……火災が起きた後、私は真実を隠しました」
ウォーカーは続けた。
「旦那様に逆らえば、私も罪に問われると思ったからです」
エレノアは静かに尋ねた。
「そして、今回も?」
ウォーカーは俯いた。
「……はい」
彼は続けた。
「旦那様は、リードが現れたことで動揺していました」
「それで?」
エレノアが尋ねた。
「……私に、すべての責任を押しつけようとしたのです」
室内が静まり返った。
ウォーカーは震える声で続けた。
「火災を起こしたのは私だと証言するつもりだ、と」
ジャンヌは静かに頷いた。
「……だから、口論になったのですね」
ウォーカーは頷いた。
「……はい」
エレノアは静かに尋ねた。
「その時、何が起きたの?」
ウォーカーはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……旦那様が、私を突き飛ばしました」
彼は続けた。
「私は、近くにあった刃物を手に取って……」
ソフィアは息を呑んだ。
「……刺してしまったのですね」
ウォーカーは頷いた。
「……はい」
彼は顔を覆った。
「……その後、旦那様は書斎へ戻っていきました」
エレノアは静かに頷いた。
「そして、あなたは凶器を物置に隠した」
「……はい」
ウォーカーは答えた。
「私は、どうすればいいか分からなくなって……」
ジャンヌは静かに言った。
「……あなたは、真実を隠し続けた」
男性は何も答えなかった。
やがて、ハリントン警部が静かに立ち上がった。
「……ウォーカー」
男性は顔を上げた。
「詳しい話は署で聞こう」
ウォーカーは抵抗しなかった。
警察官に付き添われ、ゆっくりと部屋を出ていった。
応接室には重い沈黙が残った。
エレノアは静かに呟いた。
「……これで、事件は解決ね」
セシルは頷いた。
「ええ」
ジャンヌは窓の外を見つめた。
「……でも、悲しい事件だったわ」
ソフィアも頷いた。
「……うん」
エレノアはしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……真実が明らかになっても、失われた命は戻らないものね」
ジャンヌは小さく頷いた。
「ええ」
4人はしばらく、何も言わなかった。
――1891年11月25日 午前9時00分
ロンドン東部・CLIB現地連絡所
翌朝。
4人は、事件の報告書をまとめていた。
エレノアは密室の構造について記録し、セシルは証言の整理を行っていた。
ジャンヌは事件関係者の生活環境や動機についてまとめ、ソフィアは聞き込みの内容を整理していた。
「……これで、ひとまず完成ね」
エレノアが言った。
セシルは頷いた。
「ええ」
ジャンヌは微笑んだ。
「みんな、お疲れさま」
ソフィアも笑った。
「ジャンヌもね!」
その時、連絡所の扉がノックされた。
「……失礼します」
入ってきたのは、現地CLIBの職員だった。
「モロー調査員。こちらをお渡しするように言われました」
ジャンヌは封筒を受け取った。
「ありがとうございます」
職員は一礼して部屋を出た。
ジャンヌは封筒を開いた。
中には、古い書類の写しが入っていた。
エレノアが尋ねた。
「……何?」
ジャンヌは静かに答えた。
「1888年の倉庫火災について、追加の資料が見つかったみたい」
彼女は書類を机の上に広げた。
そこには、火災当時の共同管理責任者に関する記録があった。
『アーサー・ウィットモア』
エレノアの表情が変わった。
「……また、その名前」
セシルも頷いた。
「ええ」
ジャンヌは続けた。
「でも、今回の資料には、もう1つ重要なことが書かれているわ」
ソフィアが尋ねた。
「何?」
ジャンヌは書類の下部を指さした。
そこには、小さな紋章が印刷されていた。
時計の文字盤。
時刻は2時17分を示していた。
そして、その中心に描かれた迷宮。
エレノアは息を呑んだ。
「……これは」
セシルが静かに呟いた。
「……CLIBの紋章」
ジャンヌは頷いた。
「ええ」
4人の間に沈黙が落ちた。
ソフィアは不安そうに尋ねた。
「……どうして、1888年の書類にCLIBの紋章があるの?」
エレノアは静かに答えた。
「……分からないわ」
彼女は書類を見つめた。
「でも、これで確かなことが1つある」
セシルが尋ねた。
「何でしょう?」
エレノアは静かに言った。
「CLIBの歴史には、まだ私たちが知らない秘密がある」
ジャンヌは頷いた。
「……そうね」
エレノアは小さく微笑んだ。
「……面白くなってきたわ」
ソフィアは苦笑した。
「……またそれ?」
セシルも微笑んだ。
「ですが、今回は私も同感です」
ジャンヌは窓の外を見つめた。
霧に包まれた1891年のロンドン。
その街には、まだ多くの秘密が眠っている。
そして、4人の少女探偵は、ようやくその一端に触れたばかりだった。
――第6話 完




