第17話「存在しない預かり主」
第17話 存在しない預かり主
――1971年11月27日 午前8時15分
アメリカ合衆国・オレゴン州ポートランド CLIB臨時調査室
11月27日、土曜日。
ポートランドの街は、朝から灰色の雲に覆われていた。
前日まで降り続いていた雨は一時的に弱まっていたものの、窓の外には濡れた道路が広がり、通りを走る自動車が時折水しぶきを上げていた。
空港に隣接する古い事務所ビルの一室では、3人の少女が机を囲んでいた。
エレノア・アシュフォードは、黒い革鞄の写真を見つめている。
ソフィア・ベネットは、これまでの聞き取り内容を手帳に整理していた。
そして、クララ・コールマンは、いつものベージュ色のトレンチコートを椅子の背もたれに掛け、紙コップに入ったコーヒーを飲んでいた。
「……さて」
クララが呟いた。
「今日は、あの荷物札を調べるんでしたねぇ」
エレノアは頷いた。
「ええ。昨日、鞄の内側から見つかった荷物札の番号が判明したわ」
ソフィアは手帳を確認した。
「11月24日、ポートランド空港で発行されたもの。名前はダン・クーパー」
「そうですねぇ」
クララは頷いた。
「でも、その名前が書かれているからといって、本当にクーパーさんが荷物を預けたとは限りません」
エレノアは腕を組んだ。
「名前を偽ることはできるし、荷物札を別の鞄へ入れることもできる」
「そのとおりです」
クララは微笑んだ。
ソフィアは首を傾げた。
「……じゃあ、荷物札を発行した人に聞けば分かるのかな?」
「少なくとも、何か手掛かりは得られるでしょうねぇ」
クララは答えた。
その時、部屋の扉が開いた。
ジョージ・ミラーが、数枚の書類を持って入ってきた。
「皆さん、お待たせしました」
エレノアが顔を上げた。
「何か分かった?」
「はい」
ミラーは机の上に書類を置いた。
「荷物札の発行記録を確認しました」
ソフィアは身を乗り出した。
「誰が発行したんですか?」
ミラーは資料を指さした。
「発行担当者は、マーガレット・ウィルソン。航空会社の手荷物受付係です」
エレノアは頷いた。
「勤務していたのは?」
「11月24日の午後です」
ミラーは答えた。
「現在も同じ部署に勤務しています」
クララは立ち上がった。
「いやぁ、ありがとうございます」
そして、トレンチコートを羽織った。
「それじゃあ、早速お話を聞きに行きましょうか」
ソフィアは手帳を閉じた。
「うん」
エレノアも立ち上がった。
「行きましょう」
3人は資料をまとめ、部屋を後にした。
――同日 午前9時05分
ポートランド国際空港 手荷物受付事務室
空港の手荷物受付事務室には、タイプライターの音が響いていた。
壁には運航予定表が掲げられ、机の上には航空券の控えや手荷物の預かり記録が積まれている。
マーガレット・ウィルソンは、30代半ばほどの女性だった。
明るい茶色の髪を後ろでまとめ、紺色の制服を着ている。
彼女は3人の少女を見ると、少し驚いた表情を浮かべた。
「……CLIBの方々ですね?」
エレノアは頷いた。
「ええ。エレノア・アシュフォードです」
「ソフィア・ベネットです」
「クララ・コールマンです。いやぁ、お忙しいところすみません」
クララは人懐っこく微笑んだ。
マーガレットは椅子を勧めた。
「どうぞ。お話は伺っています」
3人は机を囲んで座った。
エレノアは、黒い革鞄から見つかった荷物札の写真を取り出した。
「この荷物札について、確認したいの」
マーガレットは写真を見つめた。
「……ああ、これですね」
ソフィアが尋ねた。
「覚えているんですか?」
「ええ」
マーガレットは頷いた。
「昨日、連邦捜査局の方からも問い合わせがありました」
クララは頷いた。
「なるほど」
そして、静かに尋ねた。
「この荷物札、あなたが発行したものなんですね?」
「はい」
マーガレットは答えた。
「11月24日の午後、私が受付を担当しました」
エレノアは手帳を開いた。
「何時頃?」
マーガレットは記録を確認した。
「午後1時50分です」
ソフィアは書き込んだ。
『11月24日 午後1時50分』
クララは微笑んだ。
「いやぁ、ありがとうございます」
そして、何気ない調子で尋ねた。
「ところで、その時のお客さんの顔は覚えていらっしゃいます?」
マーガレットは少し考えた。
「……はっきりとは」
エレノアは顔を上げた。
「男性だった?」
「ええ」
マーガレットは答えた。
「確か、男性でした」
ソフィアが尋ねた。
「黒いスーツを着ていましたか?」
マーガレットは首を傾げた。
「……どうだったかしら」
クララは頷いた。
「いやぁ、そうですよねぇ」
そして、微笑んだ。
「毎日、大勢のお客さんがいらっしゃいますから」
マーガレットは少し安心したように頷いた。
「そうなんです」
クララは続けた。
「では、荷物を預けた時のことは覚えていますか?」
マーガレットは考え込んだ。
「……少しだけ」
エレノアが尋ねた。
「どんなこと?」
「その男性は、荷物を預けるというより、荷物札だけを欲しがっていたような……」
室内に、短い沈黙が落ちた。
ソフィアが顔を上げた。
「……荷物札だけ?」
マーガレットは頷いた。
「ええ。正確には、預かりの手続きを途中で取りやめたんです」
エレノアの表情が変わった。
「取りやめた?」
「はい」
マーガレットは答えた。
「受付票を書いた後で、やっぱり自分で持っていくと言い出したんです」
クララは静かに頷いた。
「なるほど」
そして、少し身を乗り出した。
「それで、荷物札はどうなったんでしょう?」
マーガレットは答えた。
「通常なら回収するのですが、その時は忙しくて……」
彼女は少し申し訳なさそうに続けた。
「お客さんが持っていったのかもしれません」
エレノアは腕を組んだ。
「……つまり、その荷物札が発行されたことと、実際に鞄が預けられたことは別なのね」
「そうなります」
マーガレットは答えた。
クララは微笑んだ。
「いやぁ、大変参考になりました」
ソフィアは手帳に書き込んだ。
『荷物札は発行されたが、預かり手続きは中止』
『荷物札は回収されなかった可能性』
エレノアは、その文字を見つめた。
ダン・クーパーという名前。
事件当日に発行された荷物札。
そして、実際には預けられなかった荷物。
黒い革鞄をめぐる謎は、さらに複雑になっていた。
――同日 午前10時20分
ポートランド国際空港 出発ロビー
3人は、手荷物受付事務室を後にしていた。
出発ロビーには、旅行客の話し声と館内放送が響いている。
エレノアは、マーガレットの証言を整理していた。
「……つまり、荷物札を発行した人物は、鞄を預けていなかった」
ソフィアは頷いた。
「うん。途中で取りやめたんだよね」
クララは微笑んだ。
「そうですねぇ」
エレノアは続けた。
「そして、その荷物札が、後になって黒い革鞄の中から見つかった」
「ええ」
クララは頷いた。
ソフィアは首を傾げた。
「……じゃあ、どうして鞄の中に入っていたんだろう?」
エレノアは腕を組んだ。
「荷物札を持ち帰った人物が、後から鞄へ入れた可能性がある」
「そうですねぇ」
クララは答えた。
「でも、もう1つ考えられます」
エレノアが顔を上げた。
「何?」
クララは静かに答えた。
「荷物札を持ち帰った人物と、鞄を置いた人物が別だった可能性です」
ソフィアは息を呑んだ。
「……協力者?」
「そうかもしれません」
クララは頷いた。
「ただし、まだ証拠はありません」
エレノアは静かに頷いた。
「……なるほど」
クララは出発ロビーを見渡した。
「いやぁ、それにしても」
ソフィアが尋ねた。
「何ですか?」
「荷物札を発行した人は、預かり手続きを取りやめた男性の顔をはっきり覚えていない」
クララは答えた。
「でも、その男性が本当にクーパーさんだったかどうかは、まだ分からない」
エレノアは頷いた。
「……名前だけでは本人確認にならないものね」
「そういうことです」
クララは微笑んだ。
そして、少し考えた。
「ああ、そうそう」
エレノアが顔を上げた。
「何?」
クララは静かに尋ねた。
「マーガレットさん、荷物札を発行した時刻を午後1時50分と言いましたよね?」
「ええ」
エレノアは答えた。
「記録にもそう書いてあったわ」
クララは頷いた。
「でも、クーパーさんが航空券を購入したのは、午後2時30分頃でしたよね?」
ソフィアは手帳を確認した。
「……そうです」
クララは微笑んだ。
「いやぁ、不思議ですねぇ」
エレノアは腕を組んだ。
「……航空券を買う前に、荷物札を発行していた?」
「ええ」
クララは頷いた。
「もちろん、先に荷物の手続きをすることもあるでしょう」
そして、静かに続けた。
「でも、もし別の人物が荷物札を発行していたとしたら……」
ソフィアは顔を上げた。
「……クーパーさんの名前を、先に知っていた人がいた?」
クララは微笑んだ。
「そういうことになりますねぇ」
エレノアの表情が変わった。
「……それは重要ね」
クララは頷いた。
「ええ」
そして、静かに呟いた。
「どうやら、事件は飛行機に乗る前から始まっていたのかもしれませんねぇ」
――同日 午前11時35分
ポートランド国際空港 航空券販売窓口
航空券販売窓口では、数名の職員が乗客の対応をしていた。
3人は、11月24日にダン・クーパーという名前で航空券を販売した担当者を訪ねていた。
担当者は、40代ほどの男性だった。
名前はジェームズ・カーター。
彼は、当日の販売記録を机の上に広げた。
「……確かに、ダン・クーパーという名前で航空券を販売しています」
エレノアが尋ねた。
「時刻は?」
「午後2時30分頃です」
カーターは答えた。
「ポートランドからシアトルまでの片道航空券でした」
ソフィアは手帳を開いた。
「……その男性の顔は覚えていますか?」
「ええ」
カーターは頷いた。
「黒っぽいスーツを着た、40代くらいの男性でした」
クララは微笑んだ。
「いやぁ、ありがとうございます」
そして、何気ない調子で尋ねた。
「その男性、何か変わった様子はありませんでした?」
カーターは少し考えた。
「……特には」
エレノアは尋ねた。
「急いでいた?」
「いいえ」
カーターは答えた。
「落ち着いていました」
ソフィアは頷いた。
「……普通のお客さんだったんですね」
「そうです」
カーターは答えた。
クララは少し考えた。
「ああ、そうそう」
カーターが顔を上げた。
「何でしょう?」
「その男性、航空券を買う時に名前を自分で書きました?」
カーターは頷いた。
「はい。申込用紙に記入していました」
クララは微笑んだ。
「なるほど」
そして、静かに尋ねた。
「その用紙、まだ残っていますか?」
カーターは資料を確認した。
「……あります」
彼は引き出しから書類を取り出した。
そこには、手書きの文字で名前が記されていた。
『DAN COOPER』
エレノアは、その文字を見つめた。
ソフィアも身を乗り出した。
クララは微笑んだ。
「いやぁ、ありがとうございます」
そして、静かに続けた。
「これで、もう1つ確認したいことができました」
エレノアが顔を上げた。
「……筆跡?」
「ええ」
クララは頷いた。
「荷物札の申込用紙と、この航空券の申込用紙」
そして、微笑んだ。
「同じ人が書いたのかどうか、調べてみたいんです」
エレノアは頷いた。
「……なるほど」
ソフィアは手帳に書き込んだ。
『荷物札の申込用紙と航空券の申込用紙――筆跡比較』
クララは静かに頷いた。
「そういうことです」
――同日 午後1時10分
ポートランド国際空港 CLIB臨時調査室
机の上には、2枚の申込用紙の複写が並べられていた。
1枚は、午後1時50分に発行された荷物札の申込用紙。
もう1枚は、午後2時30分頃に購入された航空券の申込用紙。
どちらにも、ダン・クーパーという名前が記されている。
エレノアは拡大鏡を手に取り、文字を観察していた。
ソフィアは隣で手帳を開いている。
クララは椅子に腰掛け、静かにその様子を見守っていた。
「……どうですか?」
クララが尋ねた。
エレノアは答えた。
「……いくつか違いがあるわ」
ソフィアが顔を上げた。
「違い?」
「ええ」
エレノアは拡大鏡を置いた。
「例えば、Dの書き始めの位置」
彼女は2枚の用紙を指さした。
「こちらは縦線がまっすぐだけれど、もう1枚は少し右へ傾いている」
ソフィアは覗き込んだ。
「……本当だ」
エレノアは続けた。
「それに、COOPERの最後のRも違う」
クララは頷いた。
「なるほど」
ソフィアは尋ねた。
「……じゃあ、別の人が書いたんですか?」
エレノアは首を振った。
「まだ断定できないわ。人間の筆跡には多少の変化があるし、筆記具や書く姿勢でも違いが出る」
クララは微笑んだ。
「いやぁ、さすがですねぇ」
そして、少し考えた。
「でも、鑑識に調べてもらう価値はありそうです」
エレノアは頷いた。
「ええ」
ソフィアは手帳に書き込んだ。
『筆跡に相違点あり――鑑識による確認が必要』
クララは2枚の用紙を見つめた。
「……それにしても」
エレノアが顔を上げた。
「何?」
クララは静かに呟いた。
「同じ名前を使っているのに、2人の男性が別々の手続きをしていたとしたら、ずいぶん奇妙な話ですよねぇ」
ソフィアは頷いた。
「……うん」
エレノアは腕を組んだ。
「……でも、もしそうなら、誰かがクーパーの名前を利用していたことになる」
「ええ」
クララは頷いた。
「その可能性があります」
その時、電話が鳴った。
ソフィアが受話器を取った。
「はい、CLIB臨時調査室です」
しばらく話を聞いた後、彼女の表情が変わった。
「……分かりました。ありがとうございます」
受話器を置くと、エレノアとクララを見た。
「……鑑識から連絡が来たよ」
エレノアが顔を上げた。
「何か分かった?」
「うん」
ソフィアは頷いた。
「黒い革鞄から見つかった指紋について、追加の結果が出たんだって」
クララは静かに頷いた。
「なるほど」
ソフィアは続けた。
「鞄の内側の金具から、別の指紋が見つかったそうです」
エレノアの表情が変わった。
「……内側の金具?」
「うん」
ソフィアは答えた。
「しかも、その指紋はリードさんのものではないんだって」
クララは微笑んだ。
「いやぁ、これは重要ですねぇ」
エレノアは腕を組んだ。
「……別の人物が鞄を開けた可能性がある」
「ええ」
クララは頷いた。
ソフィアは続けた。
「それで、その指紋を305便の機内で採取された指紋と照合しているそうです」
エレノアは静かに頷いた。
「……結果が出れば、鞄が本当にクーパーのものか分かるかもしれない」
「そうですねぇ」
クララは答えた。
そして、少し考えた。
「ああ、そうそう」
エレノアが顔を上げた。
「何?」
クララは静かに尋ねた。
「その指紋、鞄のどの部分から見つかったんでしょう?」
ソフィアは資料を確認した。
「……内側の留め金の裏側だって」
クララは頷いた。
「なるほど」
そして、静かに微笑んだ。
「それなら、鞄を開けた人が触れた可能性が高いですねぇ」
エレノアは頷いた。
「……そうね」
クララは椅子から立ち上がった。
「さて、次はその指紋の持ち主を調べましょうか」
ソフィアは頷いた。
「うん」
エレノアも立ち上がった。
「行きましょう」
――同日 午後3時25分
ポートランド国際空港 連邦捜査局臨時捜査室
臨時捜査室には、事件に関する資料が山積みになっていた。
壁には305便の飛行経路が掲げられ、机の上には証拠写真が並んでいる。
トーマス・ウォーカー捜査官は、3人を迎えると、1枚の報告書を差し出した。
「……追加の指紋照合結果です」
エレノアは資料を受け取った。
「結果は?」
ウォーカーは答えた。
「鞄の内側から採取された指紋の一部が、305便の機内で採取された指紋と一致しました」
ソフィアが息を呑んだ。
「……本当ですか?」
「はい」
ウォーカーは頷いた。
「ただし、現時点では、その指紋が犯人本人のものかどうかは断定できません」
エレノアは頷いた。
「……機内には乗客や乗員がいたものね」
「そのとおりです」
ウォーカーは答えた。
クララは微笑んだ。
「いやぁ、慎重で助かります」
そして、静かに尋ねた。
「その指紋、機内のどこから採取されたんでしょう?」
ウォーカーは資料を確認した。
「……後方座席付近の飲み物の容器です」
エレノアの表情が変わった。
「……クーパーが座っていた場所?」
「はい」
ウォーカーは頷いた。
「ただし、容器の使用者を確実に特定できたわけではありません」
クララは頷いた。
「なるほど」
そして、少し考えた。
「いやぁ、これは興味深いですねぇ」
ソフィアは尋ねた。
「……じゃあ、鞄は本当にクーパーさんのものなんですか?」
クララは首を振った。
「まだ分かりません」
そして、静かに続けた。
「でも、鞄と305便の間に、何らかのつながりがある可能性は高くなりました」
エレノアは頷いた。
「……そして、荷物札にはダン・クーパーの名前が書かれている」
「ええ」
クララは答えた。
ウォーカーは資料を閉じた。
「現在、荷物札の発行記録と、航空券の申込用紙についても調査を進めています」
エレノアは頷いた。
「ありがとうございます」
クララは微笑んだ。
「いやぁ、助かります」
そして、静かに尋ねた。
「ああ、そうそう。もう1つだけ、いいですか?」
ウォーカーが顔を上げた。
「何でしょう?」
「その鞄、発見された時に鍵は掛かっていました?」
ウォーカーは首を振った。
「いいえ」
クララは頷いた。
「なるほど」
そして、少し考えた。
「では、誰でも中を開けられたんですねぇ」
「そうなります」
ウォーカーは答えた。
クララは微笑んだ。
「いやぁ、ありがとうございます」
エレノアはクララを見つめた。
彼女が何を考えているのか、まだ完全には分からなかった。
しかし、1つだけ確かなことがあった。
クララは、黒い革鞄を単なる遺留品として見ていない。
誰かが意図的に残した物である可能性を、慎重に調べているのだ。
――同日 午後5時10分
ポートランド CLIB臨時調査室
夕暮れの街には、再び雨が降り始めていた。
エレノアは、机の上に並べた資料を見つめていた。
ソフィアは手帳を開き、事件の時系列を整理している。
クララは窓際の椅子に腰掛け、静かにコーヒーを飲んでいた。
「……これまでに分かったことをまとめましょう」
エレノアが言った。
ソフィアは頷いた。
「うん」
エレノアは続けた。
「11月24日午後1時50分、ダン・クーパーという名前で荷物札が発行された」
「でも、荷物は預けられなかった」
ソフィアが続けた。
「そして、午後2時30分頃、同じ名前で航空券が購入された」
クララは頷いた。
「そうですねぇ」
エレノアは続けた。
「その後、305便がハイジャックされ、犯人は飛行中に姿を消した」
ソフィアは手帳を見つめた。
「そして26日の朝、ポートランド空港の手荷物保管室で黒い革鞄が見つかった」
「発見者はマイケル・リード」
エレノアが言った。
「鞄の中には、ダン・クーパーの名前が書かれた荷物札が入っていた」
クララは頷いた。
「ええ」
ソフィアは続けた。
「さらに、鞄の内側から見つかった指紋の一部が、305便の機内の指紋と一致した」
エレノアは腕を組んだ。
「……つまり、鞄と事件の間には何らかの関係がある可能性が高い」
「そうですねぇ」
クララは答えた。
ソフィアは尋ねた。
「……でも、どうして鞄がポートランドにあったんだろう?」
エレノアは静かに答えた。
「そこが最大の謎ね」
クララはコーヒーカップを置いた。
「いやぁ、私にはもう1つ気になることがあるんですよ」
エレノアが顔を上げた。
「何?」
クララは静かに尋ねた。
「もし犯人が飛行機から飛び降りたなら、どうして鞄が空港に残っているんでしょうねぇ」
ソフィアは考えた。
「……犯人が飛び降りる前に、誰かへ渡した?」
「そうかもしれません」
クララは頷いた。
エレノアは腕を組んだ。
「……あるいは、別の人物が同じような鞄を用意した」
「ええ」
クララは答えた。
そして、少し考えた。
「ああ、そうそう」
ソフィアが顔を上げた。
「何ですか?」
クララは静かに尋ねた。
「クーパーさんが飛行機に持ち込んだ鞄、中には何が入っていました?」
エレノアは答えた。
「爆発物らしい物が入っていたと、客室乗務員が証言しているわ」
「そうですねぇ」
クララは頷いた。
「では、今回見つかった鞄の中には?」
ソフィアは手帳を確認した。
「新聞、衣類、荷物札……爆発物はなかった」
クララは微笑んだ。
「そうなんですよ」
エレノアの表情が変わった。
「……中身が違う」
「ええ」
クララは頷いた。
「もちろん、犯人が途中で中身を取り出した可能性もあります」
そして、静かに続けた。
「でも、もし最初から別の鞄だったとしたら?」
ソフィアは息を呑んだ。
「……誰かが、犯人の鞄に見せかけた?」
「そういう可能性もあります」
クララは答えた。
エレノアは腕を組んだ。
「……そして、その鞄を発見したのがリード」
「ええ」
クララは頷いた。
窓の外では、雨が降り続いていた。
空から消えた男。
地上に残された黒い革鞄。
そして、存在しない預かり主。
事件の謎は、少しずつ形を変え始めていた。
クララは静かに呟いた。
「……さて」
そして、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべた。
「どうやら、私たちは少し違う方向から事件を見ていたのかもしれませんねぇ」
エレノアが尋ねた。
「……どういうこと?」
クララは答えた。
「犯人がどこへ消えたのかを考える前に、誰がこの鞄を置いたのかを考えるべきなのかもしれません」
ソフィアは頷いた。
「……地上の人間ですね」
「ええ」
クララは微笑んだ。
そして、静かに続けた。
「空から消えた男の謎を解く鍵は、案外、空港の中にあるのかもしれませんよ」
エレノアは窓の外を見つめた。
雨雲の向こうには、305便が飛んだ夜空が広がっている。
その空から、1人の男が姿を消した。
しかし、彼が残したとされる鞄は、地上にあった。
そして、その鞄には、誰かの意図が隠されているように思えた。
エレノアは静かに呟いた。
「……次は、リードの行動をもう一度調べる必要があるわね」
クララは頷いた。
「そうですねぇ」
そして、微笑んだ。
「今度は、彼が何をしたかではなく、何を知っていたかを確かめましょう」
ソフィアは手帳を閉じた。
3人の少女探偵は、互いに顔を見合わせた。
事件は、まだ終わっていない。
むしろ、本当の謎はこれから始まろうとしていた。
――第17話 完




