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第13話「最後の乗客」

第13話 最後の乗客


――1971年11月23日 午後0時15分

アメリカ合衆国・ワシントン州シアトル シアトル・タコマ国際空港


 11月のシアトルは、冷たい雨に包まれていた。

 空港の大きなガラス窓には細かな雨粒が流れ、駐機場では銀色の旅客機が次々と離着陸を繰り返している。

 エレノア・アシュフォードは、出発ロビーの一角で足を止めた。

 灰金色の髪を整え、青い瞳で周囲を見渡している。

 その隣には、栗色の髪をしたソフィア・ベネット。そして、少しくたびれたベージュ色のトレンチコートを羽織ったクララ・コールマンが立っていた。

「……随分と賑やかな空港ね」

 エレノアが呟いた。

「ええ。感謝祭の前日ですからねぇ」

 クララは答えた。

「明日は、もっと混雑すると思いますよ」

 ソフィアは周囲を見渡した。

「旅行する人が多いんですね」

「そういうことです」

 クララは頷いた。

「それに、1971年の空港は今とは随分違いますから」

 エレノアは出発カウンターを見つめた。

 乗客たちは航空会社の係員と短い会話を交わし、航空券を受け取っている。

 現代の空港で見られるような厳格な保安検査は、まだ一般的ではなかった。

「……身分確認も、かなり簡単なのね」

 エレノアが言った。

「ええ」

 クララは頷いた。

「偽名で航空券を購入することも、今よりずっと容易です」

 ソフィアは手帳を開いた。

「じゃあ、犯人が使った名前も本名とは限らないんですね」

「そのとおりです」

 クララは微笑んだ。

「いやぁ、いいところに気が付きましたね」

 エレノアは資料を取り出した。

「今回の犯人は、ダン・クーパーという名前で搭乗する予定だったわね」

「ええ」

 クララは答えた。

「ただし、その名前が本人のものかどうかは分かりません」

 ソフィアは頷いた。

「……まずは、航空券の購入方法を調べるんですね」

「そういうことです」

 クララは歩き始めた。

「それじゃあ、航空会社の窓口へ行ってみましょうか」

 エレノアは微笑んだ。

「ええ」

 3人は出発ロビーの奥へ向かった。


――同日 午後0時40分

シアトル・タコマ国際空港 航空会社事務室


 航空会社の事務室には、電話機と書類棚が並んでいた。

 机の上には航空券の控えや運航予定表が積まれている。

 3人を迎えたのは、40代ほどの男性職員だった。

「私は航空会社の地上係員、ロバート・ヘイズです」

 男性は名刺を差し出した。

「本日は、どのようなご用件でしょうか?」

 クララは人懐っこい笑顔を浮かべた。

「いやぁ、すみません。ちょっと航空券の販売について伺いたくて」

「航空券ですか?」

「ええ」

 クララは頷いた。

「当日、空港で現金を払って航空券を買うことはできますよね?」

「もちろんです」

 ヘイズは答えた。

「空席があれば、その場で購入できます」

「身分証明書は必要ですか?」

「通常は、そこまで厳格な確認はしていません」

 エレノアは手帳に書き込んだ。

 クララは頷いた。

「なるほど、なるほど」

 そして、何気ない調子で尋ねた。

「ところで、航空券を買った人が、そのまま飛行機に乗らなかった場合はどうなります?」

 ヘイズは少し首を傾げた。

「……どういう意味でしょう?」

「いやぁ、例えばの話ですよ」

 クララは笑った。

「誰かが航空券を買って、別の人に渡したとしたら、係員の方は気付くものなんでしょうか?」

 ヘイズは少し考えた。

「……必ずしも、気付くとは限りませんね」

 エレノアの表情が変わった。

「つまり、航空券の購入者と搭乗者が同一人物である保証はない」

「そうなります」

 ヘイズは頷いた。

 クララは満足そうに微笑んだ。

「いやぁ、ありがとうございます」

 ソフィアが尋ねた。

「航空券の控えは、どのくらい保管されるんですか?」

「会社の規定によりますが、販売記録は残ります」

 ソフィアは頷いた。

「ありがとうございます」

 クララは立ち上がった。

「いやぁ、お忙しいところ、すみませんでした」

 ヘイズも立ち上がった。

「いえ、お役に立てたなら何よりです」

 3人は事務室を出ようとした。

 しかし、クララは扉の前で立ち止まった。

「ああ、そうそう」

 彼女は振り返った。

「もう1つだけ、いいですか?」

 ヘイズは頷いた。

「何でしょう?」

「空港で働いている方なら、乗客の顔を覚えていることもありますよね?」

「ええ。特徴のある方なら」

「では、同じ服装をした別人を見分けるのは、難しいでしょうか?」

 ヘイズは少し考えた。

「……顔をよく見ていなければ、難しいかもしれません」

 クララは微笑んだ。

「なるほど。ありがとうございました」

 今度こそ、3人は事務室を後にした。

 廊下へ出ると、エレノアが口を開いた。

「……あなた、最初から別人の搭乗を疑っているの?」

 クララは肩をすくめた。

「いやぁ、まだ何とも言えませんねぇ」

「でも、質問はそこに集中していたわ」

「そうでしたか?」

 クララはとぼけたように笑った。

「ただ、航空券を買った人と乗った人が同じとは限らない。それだけ確認したかったんです」

 エレノアは腕を組んだ。

「……なるほど」

 ソフィアは笑った。

「クララさんって、質問が上手ですね」

「いやぁ、そんなことないですよ」

 クララは微笑んだ。

「私はただ、気になることを聞いているだけですから」


――同日 午後2時10分

シアトル・タコマ国際空港 手荷物取扱区域


 空港の手荷物取扱区域では、作業員たちが忙しく荷物を運んでいた。

 金属製の台車が床を走り、遠くでは航空機のエンジン音が響いている。

 3人は、空港職員の案内で手荷物保管室を訪れていた。

 そこには、旅行鞄や段ボール箱が整然と並べられている。

「……ここが、例の鞄が発見される場所なのね」

 エレノアが呟いた。

「ええ」

 クララは頷いた。

「事件から3日後、この保管室で黒い革鞄が見つかる予定です」

 ソフィアは周囲を見渡した。

「でも、今はまだ事件の前日ですよね?」

「そうです」

 クララは答えた。

「だからこそ、今の状態を確認しておきたいんですよ」

 エレノアは頷いた。

「事件後の記録と比較するためね」

「そのとおりです」

 クララは微笑んだ。

 案内役の職員が、保管室の奥を指さした。

「こちらが、長期間引き取り手のない荷物を一時的に置く棚です」

 エレノアは棚を見つめた。

 木製の棚には番号札が付けられている。

 その一角には、黒い革鞄がいくつか並んでいた。

 ソフィアが呟いた。

「……似たような鞄がいっぱい」

「ええ」

 クララは頷いた。

「だからこそ、取り違えが起きる可能性もあります」

 エレノアは手帳を開いた。

「荷物を預ける時には、何か記録が残るの?」

 職員は答えた。

「預かり票を発行します。荷物にも番号札を付けます」

「その番号札は、誰でも付け替えられる?」

 エレノアが尋ねた。

「通常は、係員が管理しています」

 クララは頷いた。

「なるほど」

 そして、何気ない調子で尋ねた。

「ところで、預かり票をなくしたお客さんが来たら、どうします?」

 職員は少し考えた。

「本人確認をして、記録と照合します」

「なるほど」

 クララは微笑んだ。

「じゃあ、荷物を預けた本人じゃなくても、預かり票を持っていれば引き取れる可能性はありますね?」

「……規定上は確認が必要ですが、状況によっては」

 クララは頷いた。

「いやぁ、ありがとうございます」

 エレノアは棚を見つめた。

「……つまり、鞄の発見場所だけでは、誰が持ち込んだのか分からない」

「そういうことです」

 クララは答えた。

 ソフィアは手帳に書き込んだ。

『鞄の持ち主と、保管室へ持ち込んだ人物は同じとは限らない』

 クララはその文字を見て微笑んだ。

「いやぁ、いいですねぇ」

「何がですか?」

 ソフィアが尋ねた。

「その書き方ですよ」

 クララは答えた。

「事件を調べる時は、当たり前だと思っていることを疑うのが大切なんです」

 エレノアは頷いた。

「同感ね」


――同日 午後4時30分

シアトル市内 CLIBアメリカ支部・臨時連絡室


 夕方。

 3人は空港での調査を終え、連絡室へ戻っていた。

 机の上には、航空券の販売方法や手荷物保管室の管理についてまとめた資料が並んでいる。

 ソフィアは手帳を開いた。

「今日分かったことを整理してみよう」

 エレノアは頷いた。

「まず、航空券の購入者と搭乗者が同一人物とは限らない」

 クララが続けた。

「それから、鞄を預けた人と、鞄の持ち主が同じとも限らない」

 ソフィアは書き込んだ。

「つまり、犯人が使った名前や鞄だけでは、本人を特定できないんですね」

「そのとおりです」

 クララは頷いた。

 エレノアは資料を見つめた。

「……でも、まだ仮説にすぎないわ」

「ええ」

 クララは答えた。

「だから、明日の事件で何が起きるかを確認する必要があります」

 ソフィアが少し不安そうに尋ねた。

「……本当に、ハイジャックが起きるんですよね?」

 クララは静かに頷いた。

「そうです」

「でも、私たちは止めちゃいけない」

「ええ」

 クララは答えた。

「歴史への重大な干渉は禁止されています」

 エレノアは窓の外を見た。

 雨に濡れたシアトルの街並みが、夕暮れの中に沈んでいる。

「……難しい任務ね」

 クララは頷いた。

「そうですねぇ」

 そして、少し真剣な表情になった。

「でも、私たちの目的は、事件の真相を明らかにすることです」

 ソフィアは頷いた。

「……うん」

 クララは微笑んだ。

「それじゃあ、明日に備えて休みましょうか」

 エレノアは資料を閉じた。

「ええ」

 しかし、その夜。

 3人はまだ知らなかった。

 翌日、空港で起きる出来事が、彼女たちの予想以上に複雑な謎を生み出すことを。


――1971年11月24日 午後2時30分

アメリカ合衆国・オレゴン州ポートランド ポートランド国際空港


 感謝祭前日の空港は、多くの旅行客で賑わっていた。

 出発ロビーには、家族連れやビジネスマンが行き交い、航空会社のカウンターには短い列ができている。

 その中に、1人の男がいた。

 年齢は40代半ばほど。

 黒っぽいスーツに白いシャツ、細いネクタイ。

 髪は短く整えられ、手には黒い革鞄を持っている。

 男は航空会社のカウンターへ近づいた。

「シアトルまで、片道1枚」

 係員は頷いた。

「お名前をお願いします」

「……ダン・クーパー」

 係員は航空券を発行した。

 男は現金を支払い、券を受け取った。

 その動作には、特に不自然なところはなかった。

 男は静かにカウンターを離れた。

 しかし、少し離れた場所では、3人の少女がその様子を見ていた。

 エレノア、ソフィア、クララである。

 3人は一般の旅行客を装い、空港内で調査を行っていた。

 ソフィアが小声で言った。

「……あの人?」

 クララは頷いた。

「ええ。記録にある服装と一致しています」

 エレノアは男を見つめた。

「……黒い鞄を持っているわね」

「そうですねぇ」

 クララは答えた。

 ソフィアは手帳を開いた。

「……でも、あの人が本当に犯人なんですよね?」

 エレノアは静かに答えた。

「少なくとも、事件で使われる名前を名乗った人物よ」

 クララは微笑んだ。

「そこが大切なんです」

 ソフィアは頷いた。

 男は出発ロビーを横切り、搭乗口へ向かって歩いていく。

 その後ろ姿を見つめながら、クララは小さく呟いた。

「……さて」

 エレノアが尋ねた。

「何?」

 クララは静かに答えた。

「この人が、本当に最後まで同じ人物なのか」

 エレノアは目を細めた。

「……まだ別人説を疑っているのね」

「いやぁ、疑っているというより、確かめたいんですよ」

 クララは微笑んだ。

「何しろ、顔を見た人の証言は、時々驚くほど曖昧ですから」

 ソフィアは男の後ろ姿を見つめた。

 黒いスーツ。

 黒い鞄。

 そして、ダン・クーパーという名前。

 そのすべてが、これから始まる事件の中心になるはずだった。


――同日 午後2時55分

ポートランド国際空港 搭乗口


 ノースウエスト・オリエント航空305便。

 シアトル行きの短距離便である。

 搭乗口では、乗客たちが順番に航空券を提示していた。

 ダン・クーパーを名乗る男も、その列に並んでいる。

 エレノアたちは、少し離れた場所から様子を見ていた。

 ソフィアが小声で尋ねた。

「……私たちは乗らないんですか?」

 クララは首を振った。

「今回は、地上から調べることになっています」

「どうして?」

「機内で事件に関われば、歴史へ大きく干渉する危険がありますから」

 エレノアは頷いた。

「それに、犯人が搭乗する前後の動きを調べる必要があるわ」

 ソフィアは納得したように頷いた。

「……なるほど」

 その時、クララが小さく呟いた。

「あれ?」

 エレノアが顔を上げた。

「どうしたの?」

「いやぁ、ちょっと気になりまして」

 クララは搭乗口の近くを見つめた。

 そこには、空港職員の制服を着た若い男性が立っていた。

 男はダン・クーパーを名乗る人物の方を、一瞬だけ見た。

 そして、すぐに視線を逸らした。

 エレノアもその様子に気付いた。

「……知り合いなのかしら」

「分かりませんねぇ」

 クララは答えた。

「ただ、少し不自然でした」

 ソフィアが尋ねた。

「何が?」

「目が合った時の反応ですよ」

 クララは静かに答えた。

「知らない人を見る目ではなかったように思うんです」

 エレノアは頷いた。

「……確認する価値があるわね」

 クララは微笑んだ。

「ええ」

 しかし、その時には、ダン・クーパーを名乗る男はすでに搭乗口を通過していた。

 彼の姿は、機内へ続く通路の奥へ消えていった。


――同日 午後3時05分

ポートランド国際空港 駐機場


 銀色のボーイング727が、滑走路へ向けてゆっくりと動き始めた。

 エレノアたちは、ターミナルの窓からその姿を見つめていた。

 ソフィアは小さく呟いた。

「……行っちゃった」

 エレノアは頷いた。

「ええ」

 クララは腕時計を確認した。

「……ここからですね」

 エレノアが尋ねた。

「何が?」

「事件が始まるのは」

 クララは答えた。

 旅客機は滑走路の端で停止した。

 エンジン音が高まり、機体が加速する。

 やがて、銀色の機体は雨雲の下へ浮かび上がった。

 ソフィアは窓の外を見つめた。

「……あの中で、これからハイジャックが起きるんだね」

 エレノアは静かに頷いた。

「ええ」

 クララは小さく呟いた。

「……どうか、乗客の皆さんが無事でありますように」

 その言葉には、いつもの軽い調子はなかった。


――同日 午後3時15分

ノースウエスト・オリエント航空305便 機内


 旅客機は、雲の上を飛行していた。

 客室では、乗客たちが新聞を読んだり、窓の外を眺めたりしている。

 機内後方の座席には、ダン・クーパーを名乗る男が座っていた。

 男は静かに客室乗務員を呼び止めた。

「……すみません」

 客室乗務員が微笑んだ。

「何かご用でしょうか?」

 男は小さな紙片を差し出した。

「これを読んでください」

 客室乗務員は紙片を受け取った。

 最初は、単なる連絡先か何かだと思った。

 しかし、そこに書かれた文章を読んだ瞬間、表情が変わった。

『私は爆弾を持っている』

 客室乗務員は顔を上げた。

 男は静かに言った。

「……騒がないでください」

 そして、足元の黒い革鞄を少し開いた。

 中には、赤い筒状の物体と、複数の配線らしきものが見えた。

 客室乗務員は息を呑んだ。

「……これは」

「爆弾です」

 男は静かに答えた。

「私の要求を、操縦室へ伝えてください」

 客室乗務員は震える手で紙片を握りしめた。

 男は続けた。

「身代金20万ドル。それから、パラシュートを4つ」

 客室乗務員は頷いた。

「……分かりました」

 男は窓の外を見た。

「それから、シアトルへ着いたら、乗客を降ろしてください」

 客室乗務員は小さく頷いた。

 そして、操縦室へ向かった。

 客室には、まだ何も知らない乗客たちの話し声が響いていた。

 その中で、1人の男だけが静かに座っていた。

 黒いスーツ。

 黒い鞄。

 そして、ダン・クーパーという偽名。

 こうして、アメリカ航空史に残る不可解な事件が始まった。


――同日 午後3時35分

アメリカ合衆国・オレゴン州ポートランド CLIB臨時調査室


 エレノアたちは、空港近くの臨時調査室へ戻っていた。

 机の上には、空港の見取り図と航空会社の資料が並んでいる。

 クララは椅子に腰掛け、古い電話機の前で待っていた。

 その時、電話が鳴った。

 クララは受話器を取った。

「はい、コールマンです」

 しばらく話を聞いた後、彼女の表情が変わった。

「……分かりました。ありがとうございます」

 受話器を置くと、エレノアとソフィアを見た。

「……始まりました」

 ソフィアが顔を上げた。

「ハイジャック?」

「ええ」

 クララは頷いた。

「305便から、緊急連絡が入ったそうです」

 エレノアは静かに立ち上がった。

「……予定どおりね」

「そうですねぇ」

 クララは答えた。

 しかし、その表情は真剣だった。

「ただ、ここから先は、記録に残っていないことが起きるかもしれません」

 ソフィアは手帳を握りしめた。

「……うん」

 エレノアは窓の外を見た。

 雨雲の向こうでは、1機の旅客機がシアトルへ向かって飛んでいる。

 その機内には、身代金とパラシュートを要求する男がいた。

 そして、地上には、男の行動を追う3人の少女探偵がいる。

 事件は、まだ始まったばかりだった。

 クララは静かに呟いた。

「……さて」

 彼女は机の上の航空券の資料を見つめた。

「犯人さんは、いったい何を考えているんでしょうねぇ」

 エレノアは答えた。

「それを解き明かすのが、私たちの仕事よ」

 クララは微笑んだ。

「……そうですね」

 そして、少し考えた後、付け加えた。

「ああ、そうそう」

 ソフィアが顔を上げた。

「何ですか?」

 クララは静かに尋ねた。

「さっき搭乗口にいた、あの空港職員のことなんですけどね」

 エレノアの表情が変わった。

「……あの男?」

「ええ」

 クララは頷いた。

「どうも、気になるんですよ」

「何が?」

 ソフィアが尋ねた。

 クララは少し困ったように笑った。

「いやぁ、たいしたことじゃないかもしれませんけど」

 そして、静かに続けた。

「あの人、クーパーさんが飛行機に乗る前に、時計を見ていたんです」

 エレノアは腕を組んだ。

「……それが?」

「普通なら、時間を確認するのはおかしくありません」

 クララは頷いた。

「でも、あの人はクーパーさんが搭乗口を通った直後にも、もう一度時計を見ていたんですよ」

 ソフィアは首を傾げた。

「……何かを待っていたのかな?」

 クララは微笑んだ。

「……さあ、どうでしょうねぇ」

 その目には、いつもの人懐っこさとは違う鋭い光が宿っていた。

 エレノアは静かに頷いた。

「……調べる価値はありそうね」

 クララは立ち上がった。

「ええ」

 そして、くたびれたトレンチコートの襟を整えた。

「じゃあ、次はその方にお話を聞いてみましょうか」

 ソフィアも立ち上がった。

「はい!」

 エレノアは資料を手に取った。

「……面白くなってきたわね」

 クララは笑った。

「いやぁ、そう言っていただけると嬉しいですね」

 しかし、その笑顔の奥では、すでに次の質問が組み立てられていた。

 何気ない視線。

 時計を確認する仕草。

 そして、1人の男が旅客機へ乗り込む瞬間。

 その小さな違和感が、やがて事件の真相へつながることを、少女たちはまだ知らなかった。


――第13話 完

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