第6話 賢者との対話と新たなる決意
老宰相アアイが不気味な笑みを残して部屋を辞した後、ファラオは静かに息を吐いた。
「アン、メレルを呼んでくれないか」
「はい……無理はなさらないでくださいね」
アンが少し心配そうに去ると、老賢者メレルが、静かな足取りで寝所へと入ってきた。
部屋の重厚な扉が閉じられ、二人の間に深い静寂が満ちる。
「……ファラオ。アアイの狸爺は退散したようだな。お体の具合は如何か」
「ああ、精神的に少し昔の嫌な夢を見たが……体の方はなんとか持ちそうだ。それよりメレル、単刀直入に聞きたい」
ファラオはベッドの端に腰掛け、真剣な眼差しで目の前の老賢者を見つめた。
「俺が……いや、この俺という存在がなぜ今、この試練の中に置かれていると思う?
お前はこの国の理や、不可解な現状について何かを見抜いているはずだ」
メレルは白髪の蓄えられた髭をさすり、すべてを見通すような意味深な笑みを浮かべながら静かに頷いた。
「……ふむ。単なる偶然や、神の気まぐれなどではありますまい。
わしが探ってきた真実……そして、ファラオたる貴方がここに立つ理由は大きく分けて三つございます」
メレルは指を一本立て、まるで何もかも知っているかのように噛み砕いて説明を始めた。
「第一に、『破滅の運命と歴史の修正』でございます。
この国は暗闘の末に衰退の一途をたどるはずでした。
だが今、アモン神殿の闇と、北の絶対覇者ヒッタイトの脅威が、国を根本から食い荒らそうとしている。
放置すればエジプトは滅び、歴史そのものが崩壊いたします」
「……歴史の崩壊か。だが、なぜこの俺なんだ?
国を変えるなら、もっと天下を狙うような覇王や軍人の方が向いているんじゃないのか」
ファラオが苦笑交じりに呟くと、メレルはまるで貴方の隠された過去や心の傷すら察しているかのように温かい眼差しを向け、二本目の指を立てた。
「それこそが第二の理由……『修羅の覚悟と、民を護る慈愛の融合』でございます。
貴方は……人の命を奪う凄惨さや、その虚しさを誰よりも知るお方だ。だからこそ、安易な『不殺』の甘い理想論に逃げない。
『国と民を守るためなら、自ら血を浴びて最前線で戦う』という修羅の覚悟を持ちながら、同時に泥臭く民に寄り添う温かさをお持ちだ」
メレルはファラオの目をまっすぐに見つめ返す。
「ただ力でねじ伏せる暴君でもなく、綺麗事しか言えない愚者でもない。
死の重みを知る者。
それが、死神の気迫とアモン=ラーの神気を宿す『ファラオ』として立った貴方の真価なのです」
ファラオは自分の両手を見つめた。
(この老いぼれ……どこまで俺のことを見抜いているんだ?)
過去のトラウマ、そして現代の公務員として培ってきた泥臭い対応。
そのすべてが、いまこの過酷なエジプトで民を救うための力として繋がっているのだと、メレルの言葉が教えてくれる。
「そして第三……これが最も現実的で、ファラオにしかできないお役目でございます」
メレルは三本目の指を立て、不敵に頬を緩めた。
「『この世界における内政・行政の根本改革』ですよ。
どれほど強い武力があろうと、国という『組織』の制度が爛れていては国は滅びます。
アモン神殿の不正脱税と既得権益の解体、衛生環境の改善、そして国を支える補給網の構築……。
わしの持つ知恵と、貴方の持つ……いわば『卓越した行政手腕と現場対応力』。
この二つが合わさって初めて、この国は崩壊の危機を脱するのです」
メレルの言葉は、まるでファラオの前世の経験すら分かった上で道を示しているかのようだった。
(市民課での地道な業務、そして命を賭けた過去……すべてはこの腐った国家組織を改革するためにあったのか……)
ファラオの唇に、自然と力強い不敵な笑みが浮かんだ。
瞳から一切の迷いが消え去っていく。
「分かったよ、メレル。
俺の役目が『民を守るために最前線で修羅になり、この腐った国を組織の根本から立て直すこと』なら……喜んでやってやる。
アモン神殿の不正調査から、ヒッティテの侵攻まで、全部まとめて引き受けてやるさ」
「くくっ……頼もしい限りでございます、ファラオ。
では早速、明日の朝一番でアモン神殿への『行政指導』の準備を始めるといたしましょうか」
二人は静かに顔を見合わせ、夜の暗闇を吹き飛ばすような強い絆の笑みを交わした。




