第5話 業
アアイの鋭い視線を受け止めながら、一真の意識はふっと遠のき、過去の暗い記憶の底へと沈み込んでいった。
冷たい雨が降る、あの夜の道場。
一真は思い出していた。
剣術の道を極めすぎた故に狂気へと落ち、最後に命を投げ打つ場所を求めた師との、凄惨な斬り合いを。
当時、天才剣士と持て囃されていた中学生の一真は、突然、師から真剣を叩きつけられた。
狂気と執念の入り混じる刃が幾度となく襲いかかり、少年の一真は必死にそれを受け流し、防ぐことしかできなかった。
(やめてくれ、師匠……! なんでこんなことを……!)
しかし、容赦のない刃が一真の脇腹を深く引き裂く。
激痛と湧き出る血。死の恐怖が脳裏を焼き尽くした瞬間、一真の中で泥臭い「命への執着」が爆発した。
理想も、師弟の絆も、すべてが吹き飛ぶ。
死にたくない。
ただその一心で、一真は踏み込んだ。
相手の懐へと一気に間合いを詰め、渾身の力で首元へ刃を振り抜く。
生暖かい血が豪快に吹き出し、絶対的だった師の巨躯が、その場に力なく崩れ落ちた。
傷口からの出血で薄れゆく意識の中、一真の耳に最後に届いたのは、倒れた師の掠れた声だった。
「……ありがとう、一真……」
それは、修羅の道を走り抜け、弟子に介錯された男の、あまりにも残酷で救いのある感謝の言葉だった。
「——っ……!」
一真は息を呑み、跳ね起きるように目を覚ました。
荒い息を吐く一真の額には、大量の汗が滲んでいる。
「ファラオ……!? 大丈夫ですか……!?」
そばにいたアンが弾かれたように立ち上がり、心配そうにその手を握りしめる。
一真は自分の手を見つめた。
真剣で人を斬り、命を奪った感触。そして「ありがとう」と言われたときの絶望的な重み。
(……俺は、命を奪うことの虚しさを知っている。
だからこそ……甘い理想論で誰かを死なせるわけにはいかないんだ)
一真の瞳から迷いが消え、修羅を潜り抜けた者だけが放つ静かな気が満ちていく。
その様子を、見舞いに訪れていた老宰相アアイは、蛇のような眼光でじっと見つめていた。
(ほう……病床から起きたばかりの青二才の眼ではないな。
死線を潜り抜けた者特有の……人を喰らうかのような気を纏っておる……)
アアイは内心の動揺を隠すように、深々と首を垂れた。




