第7話 宣戦布告
アモン神殿。
巨大な石柱群が並び立ち、香炉から立ち上る煙と、選民思想に酔いしれる神官たちの冷ややかな視線が充満する、エジプト最大の権力領域。
その回廊の最奥、黄金の神像が鎮座する大広間に、ファラオたるツタンカーメンが足を踏み入れた。
傍らには老賢者メレル、そして不服そうな表情を浮かべる宰相アアイの姿もある。
神殿の頂点に立つアモン大神官パネヘシは、深々と頭を垂れつつも、その口元にはファラオを嘲笑う不敵な笑みを浮かべていた。
「これはこれは、ファラオ。
暗殺者に襲われたばかりで、まだお体も万全ではございませんでしょうに……神への感謝の祈りを捧げに、わざわざこのような場所までお運びいただけるとは」
パネヘシの声には、病弱な傀儡ファラオに対する侮蔑と、絶対的な既得権益の余裕が滲み出ていた。
(ふん……病床から起き上がったばかりの子供が、神殿の権威に怯えにきたか)
だが、次の瞬間。
ファラオが放った一言が、大広間の空気を氷点下まで凍りつかせた。
「祈りを捧げに来たのではない。
本日は、アモン神殿に対する『特別行政指導』および『財務監査』の着手を通告しに来た」
「……な……何とおっしゃいましたかな?」
パネヘシの笑みが引きつり、周囲の神官たちからどよめきが起こる。
ファラオは一歩踏み出し、神殿全体を呑み込むような鋭い威圧感、修羅の気迫を放った。
背後に控えるメレルが、不敵な笑みを浮かべながら分厚い羊皮紙の束を提示する。
「大神官パネヘシ。
アモン神殿は王家から拝領した農地の免税措置を悪用し、記載のない穀物を膨大に蓄え、裏社会の暗殺組織へ資金を流流出させている疑いがある。
これは国家に対する重大な背任および脱税行為だ」
パネヘシの顔色が怒りで赤黒く染まり、太い指をファラオへと突きつけた。
「た、戯れ言を!
このアモン神殿は神ラーの代弁者であり、この国の土地と民はすべて神のもの!
ファラオとて、神託の前に頭を垂れるのがこの国の掟!
王家の若造が、神の聖域に土足で踏み込もうなど……神罰が下りますぞ!」
大声を張り上げるパネヘシに対し、ファラオは一切動じることなく、静かに、しかし地鳴りのような重みを持つ声で言い放った。
「神の名を語り、民の生き血を吸う害虫が……神罰を口にするか」
その瞬間、ファラオの胸飾りが淡い威光を放ち、場にいたすべての神官たちが圧倒的な覇気で金縛りに遭ったかのように身をすくめた。
ファラオの瞳は、相手の動脈の脈動や心の揺らぎすら見抜く鋭さを宿している。
「いいか、パネヘシ。
神への信仰は尊い。だが、神の名を隠れ蓑にして私腹を肥やし、不正を働く組織を俺は絶対に容認しない。
今日この時をもって、アモン神殿が所有する全農地および資産の再調査を実施する。
拒否する者は、ファラオに対する反逆罪とみなす」
「な……!? ファラオ、狂ったか!
そのようなことをすれば、全国の神官と信者が黙っては……!」
狂乱するパネヘシを見下ろし、ファラオは冷徹な眼光で言い捨てた。
「民を喰い物にする既得権益の時代は、今日で終わりだ。
改革を受け入れるか、それともこの手で解体されるか……好きな方を選べ」
一歩も引かぬファラオの圧倒的な覚悟と覇気。
アモン神殿の巨大な権力が、一人の若きファラオの手によって一気に叩き潰されようとしていた。
アモン神殿の実態
古代エジプト最大の宗教都市カルナックアモン神殿は単一の建物ではなく、巨大な神殿都市(複合体)だった。
中心はカルナック神殿で、以下の三つの神域から構成される。アメン=ラー神域(最大)ムト神域モンチュ神域
総面積は約100ヘクタール以上で、世界最大級の古代宗教建築群とされる。




