第3話 アモン神殿
アモン神殿。
幾重もの巨大な石柱が影を落とす、暗闇の奥深く。
古代エジプトの権力を裏から牛耳る巨大な既得権益の総本山にて、低く濁った怒声が響き渡った。
「……何だと? しくじっただと!?」
羊毛の豪華な神官衣を纏った男——アモン神殿の大神官が、黄金の燭台を床に叩きつけた。
甲高い音を立てて金細工が砕け散り、暗がりの中に赤々とした油が散らばる。
「病床の青首ひよこ一羽、首を跳ねるだけの簡単な仕事のはずだ!
なぜ、あの衰弱しきった傀儡がまだ生きている!」
暗闇の影から、膝を折り、全身を激しく震わせる刺客の報告が届く。
「ま、申し訳ございません、大神官様……!
しかし、あのファラオは……ツタンカーメンは死にかけてなどおりませんでした……!」
「戯れ言を抜かすな!」
「ま、まことです!
あのお方は……まるで冥府から戻った死神のごとき異様な気迫を放っておりました!
一瞬で間合いを詰められ、見たこともない妙技で腕を砕かれ……あの鋭い眼光に見つめられただけで、魂を射抜かれたように体が動かなくなったのです……!」
「黙れ、無能が!」
大神官は吐き捨てるように叫び、暗闇の手前に立つ男へと視線を向けた。
そこにいたのは、神殿の裏社会を仕切る暗殺組織の長・バキであった。
「バキよ。
お前の配下が連れてきたのは、ただの臆病者か?
それとも、あの小僧が土壇場で何らかの薬毒でも使って悪あがきをしたとでも言うのか?」
バキは低く冷たい声で応えた。
「……刺客の報告に嘘はございません。
しくじった者は腕を折られ、完全に身柄を拘束されております。
ファラオは以前の病弱な人形ではなく……明らかに『何か』が変わっております」
「ふん、たかが19の子供が少し足掻いた程度で何が変わる!」
大神官は苛立ちを隠せない様子で、太い指を噛みながら足早に部屋を往復した。
「先代アケナテンが始めたあの狂った改革を正し、このアモン神殿が再びこの国を統率するのだ。
そのためには、言うことを聞く扱いやすいファラオでなければならん。
急ぎ次の手を進めよ!
病死に見せかける毒でも、夜陰に乗じた再度の暗殺でも構わん……あの小僧を今度こそ完全に葬り去るのだ!」
「……かしこまりました」
影へと消えていくバキの後ろ姿を見送りながら、大神官は不気味な笑みを浮かべた。
(ファラオよ……どれほど悪あがきをしようと無駄だ。
この国の土地も、財も、民の信仰も、すべては我がアモン神殿の手の中にある。
ただの飾りが意地を張ったところで、潰される運命からは逃れられぬのだからな……)
史実のアモン神殿とは、古代エジプト新王国時代における国家最大の宗教拠点であり、特にテーベ(現ルクソール)にあるカルナック神殿複合体がその中心だった。
アモン(アメン/アムン)は「隠された者」を意味する強大な国家神で、王権・政治・軍事・経済のすべてと結びついていた。




