第36話 【太陽の傘下に集う者たち】
シリア砂漠を北上するエジプト本軍の前に、見渡す限りの陣幕が広がっていた。
オリエントの要衝、カデシュ。
その平原に集結していたのは、ファラオの激に従って駆けつけた同盟国および従属都市国家の軍勢であった。
ビブロス、アムル、ウガリト、さらには遠くヌビアの精鋭に至るまで、旗印は違えど、そのすべてがただ一つの存在の到着を固唾をのんで待ち望んでいたのである。
「ファラオのご到着である!」
大将軍ケンアモンの朗々たる声が轟くと、数万の兵が割れ、黒鉄の打刀を腰に差した若きファラオ——ツタンカーメンが姿を現した。
その背後には、陽光を反射して怪しく光る新式鋼鉄長槍を掲げた長槍陣形部隊、そして無数の連射巨大弩弓を積載した車列が整然と従っている。
「……これが、あの病弱と噂されたファラオの軍勢か……?」
アムル王の配下であり、数々の死線を潜り抜けてきた武将ダラは、目を見張った。
ヒッタイトの圧倒的な軍勢を恐れ、寝返りすら検討していた諸国の将軍たちの中に、動揺と戦慄が走る。
ファラオが本陣の中央、一段高い指揮台へと足を踏み入れた。
その両脇には、冷徹な眼光をたたえる参謀メレル、銀弓を背負う女隊長セセラ、そして覚醒を果たした若き剣士ラノフェルが控えている。
「諸将、よう集まってくれた。」
ファラオの声は決して張り上げられたものではなかった。
しかし、日本武道における腹から発せられるその「気」と「声」は、広大な陣幕の隅々にまで清冽に響き渡った。
「ヒッタイトの覇王シュッピルリウマは、四万の大軍と三千五百の重装戦車を率いて南下している。さらにその身に最高神テシュブの神雷を宿し、我らを滅ぼさんと欲している。」
諸将の顔に緊張と恐怖が走る。
シュッピルリウマの名は、この時代の諸国にとって絶対的な絶望の象徴であった。
だが、ファラオの表情には微塵の揺らぎもなかった。
「だが、恐れるに足らん。」
ファラオは静かに腰の打刀の柄に手をかけた。
カチャリ、と澄んだ金属音が響く。
「我らが手にするのは、単なる鉄ではない。科学の智恵と、民の汗と、我が国の誇りが鍛え上げた【至高の鋼】だ。そして何より、ここには理がある。」
ファラオの瞳に、現代世界の軍事・科学知識と、古代エジプトの神威が重なった圧倒的な「覇者の眼光」が宿る。
その場にいたすべての将軍たちが、息を呑んでファラオの圧に射すくめられた。
「かつてエジプトは退いた。
ゆえに諸国は惑い、ヒッタイトの威に屈した。……だが、今日この時より、我が傘下に入る者に一切の敗北は許さぬ。
余が打倒してみせよう。あの覇王の雷すらも、この余の剣と智恵の前に打ち砕いてみせる!」
沈黙。
そして次の瞬間、地鳴りのような歓声がカデシュの地を揺らした。
「ファラオ万歳! 我が太陽の王万歳!!」
先ほどまでヒッタイトの影に怯えていた従属国の将軍たちが、相次いでファラオの前にひざまずく。
彼らが目にしたのは、神話から舞い降りた絶対の指導者であり、時代の奔流すらねじ伏せる不世出の英雄の姿であった。
参謀メレルがファラオの隣に歩み寄り、羊皮紙の地図を広げた。
「我が君。諸国の軍勢が合流し、我らの総兵力もまた三万五千に達しました。いかにしてヒッタイトの重装戦車隊を迎え撃ちますか?」
ファラオは薄く微笑み、カデシュの地形を指し示した。
「テリピヌ率いる三千五百の戦車隊は、その圧倒的突撃力で我らの中央を突破する気でいる。
……ならば、その『力』を逆手に取るまで。バリスタと長槍陣形で、重装戦車を完全に封殺する『罠』を仕掛ける。」
ファラオの采配のもと、古代オリエントの歴史を覆す最大決戦の幕が、静かに上がろうとしていた。




