↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生ファラオ、古代エジプトを改革す!  作者: 泉水遊馬
ヒッタイト、それは雷の種族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/40

第30話 「鋼の対価(後編:技術と外交の決着)」

 外交の場における「優位」とは、単に兵の数や金銀の量によって定まるものではない。相手が喉から手が出るほど欲している「価値」を握り、それをいかに提示してみせるか――その一点にかかっている。

 

王宮専属の鍛冶工房。

黒煙と熱気が立ち込めるその中央で、職人が恭しく差し出した布が払われた。

現れたのは、日差しを浴びて波打つような刃紋を浮かべさせる、一振りの美しい刀――「日本刀(打刀)」であった。


「……何だ、その妙な形の剣は。青銅にしては色が青黒く、あまりに細い」


 バビロニア特使ナブー・シュム・リシルは、鼻で笑うように吐き捨てた。


「我がバビロニアの誇る重装歩兵の青銅の大盾や重甲冑の前には、そのような細身の剣など一撃でへし折れよう。

我が国の『銀』と『法』による保障条約を拒み、そのような玩具を見せびらかすおつもりか?」


 せせら笑うナブーの横で、宰相として立つアアイが、くっくっと低く喉を鳴らして嗤った。


「……ククッ、ナブー殿。無知とは罪なものよのう。その『玩具』が何であるかも見抜けぬとは、バビロニアの外交官も随分と目が曇られたようだ」


「なに……!?」


 アアイの刺すような挑発にナブーが顔を赤くした瞬間、ファラオが静かに一歩前へ出た。

ファラオは無言で柄に手をかけると、すっと刀を抜いた。切っ先が描く美しい「反り」。


「……ナブー特使。お前たちの誇る青銅の大盾と、我が国の鍛冶職人が命を削って創り上げた『鋼』。

どちらが上か、試してみるか?」


 

ファラオの静かな、しかし有無を言わせぬ圧迫感に、ナブーは一瞬息を詰まらせた。


「……よいでしょう。我がバビロニアの青銅技術の結晶を見せてやる! 打ち砕いて後悔するなよ!」


 ナブーの指示を受け、巨漢のバビロニア兵が重厚な青銅の大盾を前に構え、身構えた。

工房内に緊迫した静寂が走る。

ふ、とファラオが息を吐いた。

次の瞬間、ファラオの姿がブレた。


閃光。


空を断つ鋭い刃風の音とともに、一筋の銀の軌跡が走る。

 ――ガァンッ!

澄んだ金属音が工房内に響き渡った。

バビロニア兵が構えていた厚さ指二本分はある青銅の大盾が、一瞬の抵抗もなく、まるで温めたバターを切り裂くように一刀両断され、床に転がった。


「……な、なに……!?」


 ナブーの目が飛び出さんばかりに見開かれた。切り口は滑らかで、刃こぼれひとつしていない。


「折れず、曲がらず、極限まで切れ味を高めた『鋼』の刀だ」


 ファラオは刃を鞘に滑らせ、静かにカチリと音を立てて納刀した。


「バビロニアが誇る青銅や、ヒッタイトの粗悪な鉄剣など、この刀の前には紙同然。

……そしてナブー、我がエジプトが持っているのは、この製鉄技術だけではない」


 合図を受けた参謀メレルが、羊皮紙の図面と計算書をナブーの目の前に広げた。


「特使殿。こちらは我がファラオが設計された『水車式ナイル灌漑装置』、および高炉による『大量製鉄・金属鍛造』の設計図でございます」


 メレルは冷徹な眼差しで、絶句するナブーを見下ろした。


「この技術があれば、貴国が喉から手が出るほど欲している軍備の近代化と、農業生産性の爆発的向上(三倍以上の収穫)が約束されます。

……バビロニアの不平等な買い叩きに応じるなど、我が国には何の価値もありませんな」


「ば、バカな……! このような奇跡の技術が存在するはずが……!」


 狼狽するナブーに対し、追撃の手を緩めなかったのは老宰相アアイであった。

アイはナブーの耳元へ顔を寄せると、悪魔のような笑みを浮かべて囁いた。


「ナブー殿……我が国がこの『鋼の製鉄技術』と『灌漑図面』を、バビロニアではなく、北方のライバルである『ヒッタイト』や『ミタンニ』に売り渡したらどうなるか……お考えになられたことはおありか?」


「……つっ!!」


 ナブーの顔から一気に血の気が引いた。

もしヒッタイトがこの「しなやかで折れない鋼」と爆発的な糧食を手に入れれば、バビロニアは一回戦で踏み潰され、国家滅亡の憂き目に遭う。


「さぁ、選択されよ特使殿」


 アアイが冷ややかに追い詰める。


「我がエジプトの豊富な穀物・金と、バビロニアの錫・ラピスラズリ・高品質な軍馬を『完全対等な高レート』で等価交換するか……それとも、我が国を敵に回し、ヒッタイトの鉄足に踏み潰されるか!」


 完璧なまでの「技術」と「老謀」の挟み撃ち。

ナブーは膝から崩れ落ちそうになり、全身からダラダラと冷や汗を流した。


「く……降参だ。我がバビロニアは……エジプトの提示する『対等かつ不可侵の通商条約』を全面的に受け入れる……!」


 夕刻――。

 バビロニア使節団との調印を終え、テーベの街を見下ろす王宮のバルコニー。

 ナイル川に沈む夕陽が、王都を黄金色に染め上げていた。


「お見事でした、ファラオ」 


 可憐で気品に満ちた衣装を纏った王妃アンが、ファラオの隣に並び立ち、心からの尊敬と慈愛を込めた微笑みを向けた。


「武力で脅すのではなく、知恵と技術で相手を屈服させ、エジプトに富をもたらす……あの方たちも、ファラオの底知れぬ凄みに戦慄しておりましたわ」


「アン……」


 ファラオは優しく妻の肩を抱き寄せた。


「俺一人の力じゃないさ。

職人たちの汗、メレルの計算、そして……アアイの毒まで使いこなさなければ、ここまでの完勝はあり得なかった」


「ふふ、それでも……そのすべてを束ね、前へ進まれるのは、私の愛するファラオ、あなたです」


 アンはそっと夫の胸に頭を預けた。

ファラオはその温もりを確かに感じながら、新しく腰に挿した日本刀の柄に手を置いた。

 

武力による決着(アモン神殿戦)を経て、技術と経済による勝利(バビロニア外交戦)を収めたエジプト。

しかし、オリエント世界の覇権を巡る激動の波は、北方の巨大帝国、ヒッタイトの影とともに、確実に王都テーベへ迫りつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。