第23話「神殿の鳴動(バキの仕掛け)」
「ご一緒させてください」
猛将レクミレの巨躯が静まり返る戦場に倒れ伏した直後、まだファラオと直接の面識を持たない青年、ラノフェルが、疾風のごとく前線へ躍り出た。
傷つき膝をつくケンアモンの前に進み出ると、ラノフェルは鋭い目つきのままファラオに向き直し、不敵な笑みを浮かべつつ膝をついた。
「俺は街の片隅で野良犬のように生きてきた。
だが……王自ら最前線で刀を振り、兵を護るその姿に震えた。この剣、貴方様に捧げさせてほしい」
西洋刀を手にする若き野生の剣士の覚悟に、ファラオは静かに頷き、その言葉を受け留めた。
その光景を後方で見ていた一万のアモン神殿軍には、計り知れない衝撃が走っていた。
最強の猛将レクミレが一瞬で葬り去られ、さらに異能の剣士までもがファラオの威光に惹きつけられ下ったのだ。
「ひ、ひいい……! レクミレ様が一瞬で……! あいつまで寝返るのか!?」
「なんなんだあのファラオは!? あの強さは何なんだ!?」
兵たちの動揺は、波紋のように神殿前庭全体へと広がっていく。金で雇われた傭兵も、神殿の私兵も、一様に槍を握る手を震わせ、じりじりと後退し始めた。
「何を怯んでいるか、愚か者どもめ!!」
神殿の塔門の上から、大神官パネヘシの血走った悲鳴が響き渡る。
「敵はファラオただ一人!
背後の将軍はすでに手負い、兵の数もこちらが圧倒しているのだぞ!
行け! 押し潰せ! ファラオを討ち取った者には、生涯遊んで暮らせるほどの黄金を与える!!」
莫大な黄金の誘惑に、後方の傭兵たちが再び色めき立つ。
数で押し潰せば勝てる
そう自分に言い聞かせるように、一万の敵軍が再び歪な殺気を孕んでファラオ軍へと踏み出そうとした。
その、まさに直後であった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
大地を揺るがす地鳴りのような重低音が、カルナック神殿の最奥から轟いた。
「な……なんだ!? 地震か!?」
パネヘシが狼狽して塔門の欄干にすがりつく。
激しい振動は地面からだけではない。
神殿を形作る巨大な列柱室、そして高々と聳え立つピロン(塔門)の巨石そのものが、まるで生き物のように共鳴し、空間全体を震わせているのだ。
神殿の暗闇から静かに姿を現したのは、影のごとき男、バキであった。
ファラオと前線の将兵が敵の意識を完全に釘付けにしている間、バキ率いる暗殺者一族の十二名は、裏道から神殿至聖所へと侵入を果たしていた。
彼らが狙ったのはパネヘシの首ではない。
このカルナック神殿が数千年の歴史の中で隠し続けてきた「古代のカラクリ」の全貌であった。
神殿の地下に広がる音響反響空洞の開放弁。
そして、屋上集光鏡とラピスラズリの特殊レンズ群の角度調整。
かつて歴代の大神官たちが「神の威光」を演出し、民をひれ伏せさせるために密かに建造したその巨大構造を、元・アモンの暗殺者として知り尽くしていたバキが完全に奪取・起動させたのだ。
「これこそ……ファラオが示された『神託』の刻」
バキが至聖所の地下で巨大な石のレバーを全力で叩き落とした。
ドドドドォォォンッ!!
次の瞬間、戦場を覆う朝空を切り裂き、神殿の塔門の頂から天に向かって、眩いばかりの聖なる白銀の光柱が放たれた。
集光鏡が朝の光を極限まで増幅し、神殿全体を後光のごとく包み込んでいく。
「ひあぁぁぁっ!?」
あまりの光量に、兵たちが次々と目を覆ってその場に蹲る。
それだけではなかった。神殿の巨柱室に施された音響増幅機構を通し、戦場の中央に立つファラオ(一真)の声が、まるで天の雷鳴のごとき圧倒的な重低音となって戦場全体に降り注いだ。
『——アモン神の庭を汚す不忠の徒よ。
神の怒りを知るがいい!』
ドォォォン……! と音霊が鼓膜を、そして魂を直接揺らす。
「か……神の……声……!?」
「アモン様が……アモン様が怒っておられる!!」
神殿軍の兵たちにとって、カルナック神殿は絶対の聖域であり、信仰の象徴であった。
その神殿が光り輝き、天の雷鳴のごとき声で自分たちの行為を糾弾している。
狂信と恐怖で動いていた兵たちの心に、「我らはファラオという真の神の化身に刃を向けてしまったのではないか」という決定的な絶望が叩き込まれた。
「ち、違う! 騙されるな、これは罠だ!
奇術だ!!」
パネヘシが顔を蒼白にして叫ぶが、その声は神殿を揺らす轟音にかき消され、誰の耳にも届かない。
光の渦の中心で、ファラオは西洋刀を高く掲げ、一万の敵軍を見下ろした。
泥と血に塗れながらも敵将を打ち倒した【人間の圧倒的な力】。
そして、神殿全体を従えて降臨した【神のごとき威光】。
二つの「覇気」が完璧に融合した若きファラオの姿は、もはや一万の軍勢であっても抗うことのできない、絶対的な「王」そのものであった。
前線の敵兵の手から、一筋の槍が力なく石畳へと落ち、乾いた音を立てた。




