第21話「圧倒の兵力・熾烈な総力戦」
カルナック神殿の前庭は、もはや巨大な血と鉄の坩堝と化していた。
ケンアモンの絶対防壁、セセラの超長距離精密射撃、そして先陣を切るラノフェルの縦横無尽な疾走。ファラオ軍の誇る精鋭たちの爆発的な初動は、アモン神殿軍の先鋒を鮮やかに粉砕してみせた。
だが戦局は、ここから地獄の「総力戦」へと引きずり込まれようとしていた。
神殿の中央陣形、前線を見渡せる高台に構えられた本陣。
羊皮紙と粘土板を広げた賢者メレルが、眼鏡の奥の鋭い瞳で戦況を正確に観察し、羊皮紙へ数字を書き走らせていた。
「ファラオ、戦況の分析が出ました。敵の第一波・二波を破り、我が軍の士気は依然として高い。ですが……数字は極めて冷酷です」
傍らに立つファラオ(一真)へ、メレルが静かに、しかし重々しい声で報告を始める。周囲の兵に聞こえぬよう配慮されたその言葉には、参謀としての客観的な冷徹さが宿っていた。
「アモン神殿軍の総兵力はおよそ一万。我らが初戦で倒した敵兵は五百から七百程度に過ぎません。依然として敵の兵力は八千を超えています」
対するファラオ軍は、後方の王宮警護に残したカメスの部隊を除けば、実戦に投入できる兵力はわずか二千余り。
【一対四】という絶望的な兵力差。
「カルナック神殿の巨大な列柱室と堅固な塔門が、奴らの無限の補充を可能にしています。パネヘシは恐怖と資金力で傭兵や神殿騎士を次々と前線へ流し込んでいる。このまま押し合いの膠着状態が続けば、我が軍のスタミナと物量が先に底を突きます」
メレルの提示した冷徹な「兵力分析」。
それは、高度な武術や個の強さだけでは覆しきれない、純粋な「物量と消耗戦」の恐ろしさであった。
「……なるほどな。数に任せた押し潰し作戦か。パネヘシの奴、指揮は拙いが、手持ちの駒を力任せにぶつけることだけは徹底している」
ファラオは静かに呟き、鋭い眼光で戦場全体を見渡した。
前線では、重甲冑を纏ったケンアモンが巨大な大盾で敵の怒涛の押し戻しを耐え抜いているが、その背中には汗が滲み、息がわずかに荒くなっている。
ラノフェルも敵の重厚な壁に囲まれ、そのアクロバティックな速撃の運動量が徐々に削られつつあった。
「おのれええ! 退くな! 相手はたった二千の乱臣賊子だぞ! 押し潰せ! 一人殺すごとに黄金三両を与える!!」
神殿の壁上からパネヘシが狂気じみた怒号を上げ、莫大な報償金を餌に傭兵たちの士気を無理やり引き上げていく。
金に目が眩んだ数千の神殿軍が、まるで黒い波のようにファラオ軍の陣形へ何度も何度も押し寄せる。
「くっ……! 次から次へと……キリがないな!」
ラノフェルが西洋直剣で敵の槍を叩き落とし、すれ違いざまに斬り伏せるが、倒した先から新たな敵兵が群がってくる。
後方のセセラも、『ラ・バリスティカ』の弦を引き絞る指先にわずかな疲労の色が見え始めていた。魔導回路の調整と精密補正を維持し続ける集中力は、過酷な限界に達しつつある。
熾烈を極める総力戦。
数で勝るアモン神殿軍の粘りと、徐々に削られていくファラオ軍の体力。
「メレル」
ファラオが低く呼びかける。
「ハッ」
「兵力差を覆す手は、一つしかない。……奴らの『頭脳』を叩く」
「同感です、ファラオ。
既得権益で固まった敵軍の弱点は、パネヘシとアイによる『恐怖と金の統制』に過ぎないこと。
彼ら指揮官の動揺、あるいは神殿内部の要衝を奪取すれば、一万の雑兵は一瞬で崩壊します」
「ああ。……バキを呼べ」
ファラオの言葉に応ずるように、本陣の影から一人の男が静かに滑り出た。
かつてアモン神殿の暗殺者であり、今はファラオの慈愛に救われ「闇の盾」として忠誠を誓った男、バキ。
「はっ……ファラオ。お呼びでしょうか」
「バキ。神殿の裏道と、パネヘシの潜む本陣までの最短ルートは頭に入っているな?」
「勿論にございます。我が一族の全十二名、すでに神殿裏の排水路および柱の死角を確保しております。
表の正面突破に敵の意識が集中している今こそ、真の裏工作の好機」
ファラオは満足そうに口元を綻ばせると、全軍へ響き渡るような力強い声で命令を下した。
「ケンアモン! セセラ!
正面の敵をそのまま釘付けにしろ!
耐え抜いてみせよ!」
前線で大盾を構えるケンアモンが、後方からのファラオの声に応えて咆哮する。
「御意! このケンアモンの不落の防壁、骨の一本となろうとも一歩も引きませぬ!!」
「これより、我が軍の真の反撃を開始する!」
一万の敵軍の猛攻に晒されながらも、ファラオ軍の瞳から希望の光が消えることはなかった。
消耗戦の限界を超えた極限の攻防の中で、ファラオの次なる一手、アモン神殿の心臓部を穿つ奇襲作戦が始まろうとしていた。




