第20話「大将軍ケンアモン」
アモン神殿の巨大な塔門前。
激しさを増す怒号と金属打擲音が石畳を揺らす最前線で、不動の山のごとく立ち聳える男がいた。
大将軍ケンアモン。
鋼鉄の重甲冑にその巨躯を包み、身の丈を超える巨大な大盾を地面に突き立てた男の威容は、押し寄せるアモン神殿軍の一万の兵を圧迫していた。
ケンアモンは数々の死線を潜り抜けてきた生粋の武人である。
かつて先代ファラオの時代、北方ミタンニとの凄惨を極めた国境戦において、全滅寸前の味方後衛をたった一隊の大盾陣形で守り抜き、三日三晩敵の猛攻を凌ぎ切った伝説を持つ。胸から肩にかけて刻まれた無数の古い傷痕は、彼が築き上げてきた「不落の防壁」という絶対的な誇りの証であった。
だが、ケンアモンが誓いを立てる対象は、あくまで古代エジプトの至高の存在——「神の化身たるファラオ」という絶対的な王権そのもの。
(病床から奇跡の復活を遂げられたファラオ……。急ぎ改革を進められるそのお姿、まさに神の器に相応しい。だが……)
ケンアモンの重厚な鉄兜の奥で、鋭い眼光が後方の中央陣形を守る若き王へと一瞬向けられた。
ケンアモンはファラオの正体が現代日本からの転生者であることなど、知る由もない。ただ、死の淵から生還して以来、人が変わったかのように圧倒的な覇気と異質な知恵を発揮し始めた王の姿を、どこか畏怖を交えた目で見つめていた。
二人の間には、まだ個人的な対話も、打ち解けた信頼関係も存在しない。
ケンアモンにとってファラオは「命を賭して護るべき至高の王」でありながら、同時に「この激動のエジプトを本当に背負いきれるのか」を厳しく見定める対象でもあった。
「怯むな! たかが数千のファラオ軍だ、押し潰せ!」
パネヘシの悲鳴のような怒号に押され、アモン神殿の重装歩兵部隊が槍衾を揃えてケンアモンの陣形へと殺到する。
「……愚か者が」
ケンアモンは重々しく吐き捨てると、突き立てた大盾の把手を両手で固く握り直した。
**ズドォォン……ッ!!**
数百の兵が一線に衝突した瞬間、地鳴りのような衝撃波が走った。
だが、ケンアモンの打ち立てた「絶対防壁」はピクリとも動かない。敵の槍や大剣の刃は、鋼鉄の大盾に弾かれ、虚しく火花を散らすのみ。
「我が盾は、ファラオの権威そのもの。神殿の雑兵し風情が穿てると思うな!」
ケンアモンが咆哮し、巨大な大盾を力任せに押し返すと、前列の敵兵数十名がまとめて倒れ込み、悲鳴が上がった。
「セセラ! ラノフェル! 隙ができたぞ、敵の出足を挫け!」
「——承知」
ケンアモンの背後、大盾のわずかな隙間から、セセラの放つ魔道力学弓『ラ・バリスティカ』の超高初速の矢が空気を切り裂く。敵の指揮官や長距離兵器が寸分違わず撃ち抜かれ、倒れていく。
同時に、前線へ飛び出したラノフェルが、野性味あふれるアクロバティックな速撃で敵の陣形をさらに散らしていく。
頼もしい配下たちの躍動を背に受けながら、ケンアモンは再び後方のファラオへと意識を向けた。
(ファラオ……。貴方様が示される新たなエジプトの未来、このケンアモン、盾となって見届けさせていただく。……だが、我が忠誠に甘えは許さぬ。どこまでその意志を貫けるか、見せてもらいましょうぞ)
歴戦の大将軍ケンアモンの鉄壁の防衛が、ファラオ軍の進撃を何者にも侵させない絶対の聖域へと変えていた。




