第16話:ふたつの魂と明日の作戦
バキ一族への手配を終え、夜も更けた宮殿の執務室へ戻ったファラオを待っていたのは、賢者メレルであった。
羊皮紙の書状を巻き終えたメレルは、ファラオの姿を認めると静かに頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ファラオ。
ケンアモン将軍にはすでに伝令を飛ばし、明朝に行うアモン神殿包囲の全権指示をしかと伝えてございます。
重甲冑隊と鋼鉄の大盾による包囲網は、鼠一匹逃さぬ完璧なものとなりましょう」
「メレル。手回しが早くて助かる」
ファラオは疲れたように椅子へ腰掛けようとしたが、ふと足を止め、まっすぐにメレルの眼差しを見つめた。
部屋を照らすオイルランプの小さな焔が、二人の影を揺らしている。
ファラオは静かな、しかし確信に満ちた声で問いかけた。
「……なぁ、メレル」
「はい、何でしょう?」
「もう、俺の『中身』のことは察しているんだろう?
……それに、きっとあんたも、俺と同じなんじゃないのか?」
「―――」
静寂が執務室を包み込んだ。
「病床から起きた時の立ち振る舞い。
エジプトにはないはずのロジスティクスや国家行政の知識、そしてあの見慣れぬ見切りの技術……。俺がどれだけ『ファラオ』として振る舞おうとしても、知恵者であるあんたの目を誤魔化し切れるわけがない。
そして……あんたのその深すぎる叡智や先見の明も、この時代の人間離れしている」
ファラオの言葉を受け、メレルはゆっくりと目を閉じた。
しばらくの沈黙。ランプの油が爆ぜる音だけが部屋に響く。
やがて、メレルは静かに息を吐き出すと、顔を上げてフッとどこか懐かしむような柔らかい笑みを浮かべた。
「……脱帽いたしました。やはり、貴方様には隠し通せませんでしたか」
メレルは胸に手を当て、自らの過去、異界の記憶を打ち明け始めた。
「仰る通りです、我が君。
私もまた……この肉体宿る前、別の世界で生きておりました。
幾多の書物に囲まれ、歴史とロジックを修める学者として生涯を終えた男でございます」
メレル(賢者)もまた、現代に近い異世界の知識を持った「転生者」であったのだ。
「目覚めた時、このエジプトの凄惨な状況に絶望いたしました。腐敗した神権政治、民をむさぼる神官たち、そして傀儡として病床に伏せる若きファラオ……。
私一人の知識でこの国を救うには限界があると、半ば諦めかけていたのです」
メレルは眼差しに強い光を宿し、ファラオの前で深く膝をついた。
「ですが、貴方様が目覚められた。
その圧倒的な武のキレ、現代的な行政の概念、そして何より身分に関わらず民を慈しみ、人を惹きつける王の器!
それを見た瞬間、確信したのです。『このお方こそが、我が人生のすべてを捧げるに足る真の覇王だ』と」
転生者として同じ孤独や葛藤を抱えていた二人。
だが今、その二つの魂は時空を超えてこの古代エジプトで重なり合い、固い絆で結ばれた。
「……そうか。あんたがいてくれて、本当によかったよ」
ファラオは笑みを浮かべると、膝をつくメレルの肩を力強く掴んで立たせた。
「異世界の知識を持つ俺たちが揃ったんだ。
アモン神殿の腐敗も、ヒッタイトの脅威も……全部ひっくり返して見せようじゃないか」
「御意にございます、我がファラオ。
……さあ、明日はあの腐り切った大神官パネヘシと宰相アアイの喉元に、王の剣を突きつける時です」
二人の知恵と絆が合流し、エジプトの歴史を塗り替える反撃の決戦。
アモン神殿包囲作戦が、いよいよ明朝に迫っていた。




