第15話:日陰の民と約束の村
その夜。静まり返った王都の裏路地に、気配を消した影たちが次々と滑り込んできた。
暗殺者バキの一族。
女や子供も含めた総勢20名ほどの人影である。
アモン神殿の追っ手から逃れ、闇夜に隠れるようにして命からがら都へとたどり着いた者たちだ。
彼らを密かに迎えたファラオは、あらかじめ用意させておいた一画へと一同を案内させた。
かつて大規模な建設事業で使われ、現在は空き家となっていた「旧労働者地区」だ。
そこには住居として十分に使える頑丈な石造りの家屋が立ち並んでいた。
ファラオは、不安そうに身を寄せ合う一族の前に進み出ると、優しく温かい声をかけた。
「みんな、よく来てくれたな。移動で疲れただろう」
ファラオは広大な地区を見渡し、フランクに手を広げてみせた。
「今日からここを、お前たちの村として好きに使ってくれ。井戸も食料も用意してある。もう追っ手を恐れて怯える必要はないぞ」
その言葉に、息をひそめていた女子供たちの瞳に安堵の涙が浮かんだ。
すると、バキが8人ほどの精鋭部下を従えて前に出ると、ファラオの前に一斉に片膝をついた。全員が引き締まった表情で、地に着くほど低く頭を垂れる。
「ファラオ……。我らアモン神殿の暗殺部隊、これよりは『王直轄の暗躍部隊』として、ファラオのお足元にお仕えいたします。
闇より賜るいかなる命も、この命に代えて遂行いたす所存!」
バキの力強い言葉に呼応し、一族全員がファラオへ向けて深く頭を下げた。刺客としての己の存在価値を、死を覚悟した「裏の工作員」として捧げようとしたのだ。
だが、ファラオは困ったように苦笑いすると、ポンとバキの肩を叩いた。
「バキ、楽にいこう」
「……は?」
固い決意を固めていたバキが、思わず拍子抜けしたように顔を上げた。
ファラオは屈み込み、バキの目を見つめてニッと笑ってみせた。
「お前たちはもう、使い捨ての『闇の殺し屋』なんかじゃない。
これからはお天道様(太陽)の下で、俺と一緒にこの国をより良くしていく仲間だ。
……協力してくれるか?」
「お、お天道様の下で……!?」
バキは息をのんだ。
自分たちは代々、日陰を歩み、血に汚れた裏仕事でしか生きていけない存在だと思い知らされてきた。
それなのに、この若きファラオは自分たちを暗闇から引っ張り出し、太陽の光が差す「表の世」で共に歩もうと言っているのだ。
胸の奥から湧き上がる激しい突き上げに、バキは唇を噛み締め、再び深く平伏した。
「……ファラオ! この命、この一族の絆すべてを忠誠の証とし……必ずや、あなた様のご期待に沿ってみせます……!」
バキの言葉に引っ張られるように、一族の全員が、今度は義務感からではなく、心からの感謝と感動を込めて膝をついた。
「だからバキ、楽にいこうぜ」
固くなっているバキの背中をバシッと叩き、ファラオは声を上げて笑った。
「固苦しい挨拶はナシだ。
まずは温かいメシを食って、ゆっくり寝ろ。明日からは忙しくなるぞ!」
月光に照らされる旧労働者地区で、ファラオの笑顔と一族の涙が交差し、真の忠誠という絆が深く結ばれたのだった。




