第14話:ファラオのデートと極秘のオーダーメイド
翌日。陽光が降り注ぐ都の市場は、人々の熱気と活気に満ちあふれていた。
「見てください、ファラオ! あっちに珍しい果物がたくさん売っていますよ!」
「お、本当だ。後で買って食べてみようか」
色鮮やかな布をまとった正妃アンは、まるで少女のように目を輝かせてファラオの手を引いている。
病床から奇跡の復活を遂げて以来、二人がこうして街へ出るのは初めてのことだった。命がけで自分を献身的に看病し続けてくれたアンへの、ささやかな恩返しでもある。
(……不思議だな。アンの前だと『絶対の君主』じゃなくて、前世の一真だった頃みたいに肩の力が抜ける)
そんな二人の少し後ろで、顔を強張らせてハラハラと周囲を警戒している男が一人。巨漢カメスだ。
「フ、ファラオ……! いくらなんでも、刺客に狙われた翌日に堂々と街を出歩くのは危険すぎます! 宮殿にお戻りを……!」
冷や汗をダラダラ流すカメスに、ファラオはフッとフランクな笑みを向けた。
「大丈夫だって。お前がこうしてピッタリ守ってくれてるんだから、何の心配もないさ。
……な、アン?」
そう言って、ファラオは親しみを込めてカメスの分厚い胸板をポカッと拳で叩いた。
アンもクスッと微笑み、可愛らしく頷く。
「はい、ファラオ。カメスがいてくれれば、どんな悪者も一コロですものね」
「~~~っ!!」
主君からの全幅の信頼、そして可憐な王妃からの言葉に、カメスは一瞬で顔をタコのように真っ赤にした。
巨大な体をシャキッと直立させ、胸を叩いて叫ぶ。
「こ、このカメス! 命に代えましても、お二人をお守りいたしますぞっ!!」
ちなみに、彼らの後方には変装した護衛兵たちがズラリとついてきていたが、彼らも「今は野暮な真似をするな」と空気を読み、気を使ってかなり遠めの距離を保っていた。
二人が向かったデートの目的地は、都一番と名高い鍛冶屋であった。
昨夜のバキとの死闘。ファラオが得た最大の反省点は「エジプトの曲刀は重くて重心が独特で、めちゃくちゃ使いづらい」ということだった。
現代武道(剣道・見切り)のキレを最大限に活かすには、しなやかで扱いやすい自分専用の「刀」がどうしても必要だったのだ。
「ひえぇぇっ!? フ、ファラオ陛下にアン妃殿下っ!?」
鍛冶場にファラオが姿を現すと、汗と煤にまみれた職人たちが腰を抜かし、一斉に地面へひれ伏した。
「おいおい、頭を上げてくれ。今日は客として来たんだ。
……親方、俺の注文通りに『新しい武器』を作ってほしい」
「は、ははーッ! 何なりとお申し付けを!
スフィンクスの像でもピラミッドの模型でも叩き上げます!」
「いや、作るものは剣だ。
ただ、普通のエジプト曲刀じゃない」
ファラオは腕まくりをすると、目を爛々と輝かせて熱弁を始めた。
「いいか? 全体的に長く、細く、そしてしなやかに研ぎ澄ますんだ。
刃は片刃で、こう……ゆるやかな反りをつける! 重心は柄の手元寄りに持ってきて、ひと振りで鋭く風を斬るようにだね!」
「へ……? な、長く細く……? そんな薄い刃じゃ、叩きつけた瞬間に折れてしまいますぞ!?」
職人たちが困惑すると、ファラオは待ちきれない様子で地面に屈み込み、その辺に落ちていた枝を拾い上げた。
「折れないように『焼き入れ』と鍛錬の工程を工夫するんだよ! ほら、形状はこんな感じ!」
ガリガリガリッ! と地面の土に必死で「日本刀」の絵を描き始めるファラオ。
「柄は両手で握れる長さに!
ここに『鍔』をつけて手を保護して、刀身には美しい刃文が浮かび上がるように――」
と、身振り手振りを交えてまるで少年のように熱中している。
「ふふっ……」
その姿を横で見つめていたアンは、思わず口元を押さえてクスクスと笑い出した。
「アン? なんで笑ってるんだ?」
「いえ……申し訳ありません、ファラオ。普段はあんなに威厳があって頼もしいのに、なんだか新しいおもちゃをおねだりする子供みたいで、とても可愛らしいなと思って」
「こ、子供って……俺は大真面目だよ! これがあれば、俺の剣術のキレが三倍は上がるんだから!」
ファラオが少し照れくさそうに反論すると、職人たちもそのフランクな雰囲気にほっと胸を撫でおろし、ファラオが描いた地面の図面を真剣覗き込み始めた。
「なるほど……片刃で反りがあり、両手で扱う細身の刃……。見たこともない形状ですが、ファラオのお言葉通りなら、空前絶後のキレ味を持つ『至高の剣』になるかもしれませぬ!」
「そうだろ!? 頼んだぞ親方! 完成を楽しみにしているからな!」
職人たちの職人魂にも火がつき、鍛冶場にはカーン、カーンと心地よい槌の音が響き始めた。
アンと腕を組み、満足そうに鍛冶屋を後にするファラオ。
現代の知恵「日本刀」が、古代エジプトの地で産声を上げようとしていた。




