7話
朝。
「……は?」
教室に入った瞬間、空気が変だった。
ざわついてる。でも、うるさいわけじゃない。
静かに距離を取られてる感じ。
「……なんだこれ」
自分の席に向かう。途中、視線が刺さる。
露骨に逸らされる。
「あー……」
理解した。
「広まってるやつか」
昨日の事件。
黒い影だのなんだの。
たぶん、誰かが見たんだろ。で、そこにたまたまいた俺。
「最悪だな」
椅子に座る。前の席――佐藤が振り向く。
でも、いつもと違う。少しだけ、距離がある。
「……黒瀬」
「んー?」
「昨日さ」
「うん」
「……大丈夫だったのか」
探るような声。
「何が」
「いや、その……」
言い淀む。
あー、これ。
「見たのか」
「……ちょっとだけ」
ビンゴ。
「何を」
「……黒いのと、お前が」
「へぇ」
思ったより近くにいたな。
「で?」
「……お前、なんなんだよ」
直球。
「高校生」
「それは知ってる」
「じゃあそれ」
「違うだろ」
だろうな。
「……」
少しだけ沈黙。
「……関わらない方がいいか?」
ぽつりと。
「あー……」
どう答えるか考える。
正解は多分、
「そうした方がいい」
これ。
「……だよな」
佐藤が小さく笑う。でも、その目はちょっとだけ寂しそうだ。
「悪いな」
「いや、いいって」
軽く手を振る。
「元から普通じゃなかったし」
「ひどくね?」
少しだけ空気が軽くなる。
でも、
「……気をつけろよ」
最後の一言。それだけで十分だった。
授業中。
「……」
集中できない。
というか、
「……見すぎだろ」
横。
一ノ瀬 雫。今日も変わらず、いや昨日以上に見てくる。
「……監視って言った」
「やりすぎ」
「……必要」
「どの辺が」
少し考えて、
「全部」
「やめろ」
怖いわ。
「……黒瀬」
「なに」
「昨日、逃げた」
「逃げたな」
「……なんで」
「捕まりたくないから」
当たり前。
「……危険なのは事実」
「知ってる」
「でも」
一ノ瀬が少しだけ声を落とす。
「……あなた、違う」
「何が」
「……敵じゃない」
「……」
それは、ちょっとだけ意外だった。
「……じゃあ助けてくれよ」
軽く言ってみる。冗談半分。
「……できない」
即答。
「……立場がある」
「だろうな」
知ってる。
「……でも」
少しだけ、間。
「……見ることはできる」
「監視じゃねぇか」
「……うん」
少しだけ、困った顔。
珍しい。
放課後。
帰ろうとしたら、
「……黒瀬」
また来た。
「なんだよ」
「夜」
「うん」
「……行くでしょ」
「行くなって言っても来るだろ」
「来る」
「だろうな」
ため息。
「……死ぬな」
またそれ。
「善処する」
無理だけど。
夜。
「……さて」
人気のない路地。
刀を持つ。黒い鞘。
静かに抜く。
「……軽いな」
不思議な感覚。
金属の重さじゃない。
でも、ちゃんと切れる感じがある。
「……来いよ」
小さく呟く。
応えるみたいに、空気が歪む。
影が現れる。
昨日とは違う。細い。速そうだ。
「……初戦闘か」
軽く構える。正直、剣道とかやってない。
完全に素人。
でも、
「……どうせ死ぬしな」
試すにはちょうどいい。
影が動く。
速い。
「っ!」
振る。当たる。
「……お?」
切れた。
浅いけど、確かに削れてる。
「マジか」
ちょっとテンション上がる。
でも次の瞬間、腹を貫かれる。
「……あー、はい」
知ってた。
「……1回目」
戻る。
「……いいな、これ」
刀を見る。ちゃんと効く。
それだけで十分。
「……なら」
何回かやれば、勝てる。
2回目。
3回目。
「……見えた」
動きが単純だ。速いだけ。
「……なら」
対処できる。
再戦。
影が突っ込んでくる。
横にずれる。振る。
今度は深く入る。
「……いけるな」
連撃。雑だけど、当たる。
影が歪む。最後に、
「……終わり」
一閃。完全に断つ。
静かに消える。
「……はぁ」
息を吐く。
「……初めてかもな」
ちゃんと、戦って勝ったの。
死なずに。
「……黒瀬」
声。振り向く。
一ノ瀬がいた。
「……見てたのか」
「……うん」
刀を見てる。
それから、
「……やっぱり」
小さく呟く。
「……危険」
「勝ったのに?」
「……そこじゃない」
一歩近づく。
「……あなた」
じっと見てくる。
「……強くなってる」
「気のせい」
「違う」
即否定。
「……慣れてる」
「まあな」
死ぬのには。
「……それ」
刀を指す。
「……どこで」
「拾った」
「……嘘」
「だろうな」
「……どんどん」
一ノ瀬の声が少し低くなる。
「……分からなくなる」
「何が」
「あなたが」
「……」
それは、
少しだけ、分かる。
「……人間のまま、いられるの?」
「……さあな」
正直、分からない。
でも、
「……別にいいだろ」
軽く言う。
「生きてりゃ」
「……」
一ノ瀬が黙る。
その目は、少しだけ、怖がってる。
俺を。
「……黒瀬」
「なに」
「……やめて」
小さな声。
「それ以上、進むの」
「……無理だな」
即答。
「……なんで」
「止まったら死ぬから」
シンプルな理由。
「……」
一ノ瀬が言葉を失う。
「……じゃあな」
刀をしまう。背を向ける。
「また夜にな」
軽く手を振る。
そのまま歩き出す。
――夜は終わらない。
そして多分、俺も止まらない。




